第2話 4

「一時過ぎか。飯食って帰ろう」


 男子高校生一人、買い物袋を手にぶら下げて、明治通りで手ごろな店を探す。


 正午過ぎ、英郎は原宿の裏原通り、表参道周辺を散歩していた。


 目的は服を買うためで、竹下通りの店でもよかったけれども、せっかくバイト代があるので、大学生が行くような少しオシャレな店で買いたかった。


『Tシャツで五千円?』


 値段が予想より高く、身の丈にあう明治通りの店に入り、セール中のポロシャツと黒デニム、革のブレスレット(ループタイは卒業)にメッシュベルトと、一式を一万円以内で買い揃えた。充実した買い物だった。


「うわ……まだ混んでやがる……」


 アパレルショップの隣、原宿一のラーメン店は長蛇の行列を作っていた。


 いつもは家で昼飯を食べる彼も、小川からもらった千円札があり、ランチも贅沢したかった。本当はシェリとカフェでランチしながら、彼女の母親からの頼みがてらに私生活を聞きたかったが、『用事がある』とシェリは帰っている。


 男子高校生が一人で表参道のカフェランチをするのは少々勇気がいる。


 彼は表参道の路地でぶらり、一人で入れそうなプチリッチな店を探した。


 店前の看板に目が留まる。


《期間限定 スーパーデラックスバーガーセット 九八〇円(税込み)》


 見つけたのはアメリカンなハンバーガー店。期間限定&デラックス&パティから流れる肉汁&フライドポテト&ジャンボコーラという、男子高校生のハートを鷲掴む理想的なランチに、彼も吸い寄せられるよう店内へ入った。


「いらっしゃ――って、長崎!」


「シロタマじゃん! なんで店員の格好を……」


 レジでご対面したのは、同級生の城田玉子しろたたまこだ。モデルのようスラっとしたスタイルとウサギの小顔は、男女から好かれるクラスの人気者で剣道部、英郎とは一二年と同じクラスで仲は良い。ちなみに、台田勇気も同じクラスだ。


「なんでって、ここの店員だもん。このことはみんなには内緒ね」


「じゃあ、サービスして」


「断る。で、何にする? デラックスセット?」


「よくわかるね。それでお願いします」


「男子高校生はそれしか頼まないもの。――では、席でお待ちください。出来上がり次第、お持ちしますので」


 番号札を渡され、彼は窓際の席に座った。店内はそこそこ賑わっている。


 十分ほどで城田が注文の品を持ってきた。「お待ちどーさまです!」


「けっこうかかるんだね」


「そりゃあ、本格的なハンバーガーショップですから。――ところで、長崎はこのあと予定ある?」


「ないけど……なんで?」


「二時でバイト上がるからさ。このあと部活行くし、一緒に帰らない?」


「いいけど、バイト後にタフだな」


「まぁね。では、ごゆっくりおくつろぎください」


 レジに戻る城田が、クラスのときよりも大人っぽく見えた。


 彼はバーガーにがぶりつく。たしかに、スパイシーで本格的な味だった。




 二時前に出た彼は店前で城田を待っていた。


「お待たせ」明るい笑顔に、少し心配する。「いいのか? こんなところを見られたら、彼氏と間違えられるんじゃ――」


「なに、気にしてんのよ。長崎は陰キャのくせに」


「陰キャじゃねぇ、モブ男子だし!」


 ムキになる英郎をよそに、腕を引っ張って原宿駅へと向かう。


「助かったわ! 同僚の大学生がさ、けっこう遊びに誘ってくるんだよね。逆に、彼氏に思ってくれたらラッキーな感じなの」


「俺はレンタル彼氏か」


「彼女と一緒に帰る練習してあげっから」


「どんな練習だ。――いつからあそこでバイトを?」


 二人は学校の廊下を歩くよう、会話のキャッチボールを楽しむ。


 夢インタビューの話題に移ったのは、山手線に乗ったときだった。


「へー、ずいぶん変わったことしてんだね~」


 と、床に剣道道具を置く。「意外と楽しいし、いい暇つぶしだよ」


「長崎は絵がうまいもんね。で、どうなの? 好きなの?」


「ただのバイトと雇い主の関係なので、恋愛はございません」


「つまんないなぁ~――鳥海さんってお金持ちなんだ。長崎に三万円あげるくらいなら、私にくれって思うわ」


 玉子とは一年のときに隣席だったので、雑談から小さな悩みも話せる仲だ。


 でも、シェリの母親のことは言わないことにした。噂話はキャラじゃない。


「そーいうけど、知らないおじさんや変人に話しかけるのは辛いぞ?」


「え~、そう? 私なら、『ちーす! 夢ありまっか?』的な感じでグイグイいっちゃうけどね」  


 と、芸人のようにおどける。


「どーせ、俺は陰キャです」


「あ~、すねちゃって」電車が新宿を出たとき、「――長崎はさ、夢とか目標とかあるの? 台田から小説家目指してるって聞いたけど」


 あのチャラチキ! 台田は一年の春から城田に一目惚れしている。


 二年に上がり、『今年こそは付き合う』と気合を入れていたが、その恋心が発展する気配は今のところ一切なく、代わりに英郎の愚痴を城田に漏らしているようだ。


「『なりたい』と『なる』はイコールじゃない、からなぁ」


「そーかな? 『なりたい』気持ちが進化すると、『なる』だと思うけど」


 反論口調に彼は聞き返す。「じゃあ、シロタマは夢あるの?」


 力強い笑顔で、「私は、ケーキ職人になる!」と返す。


「ああ、パティシエってこと?」


「ちょっと違う。ほら、ケーキをアートっぽくデコる感じ。すっごく、キレーでカワいーんだよね。私もなりたくて、バイトして資金貯めて、大学じゃなく、海外へ留学したいんだよね~。ま、当分先ですけどね~」


 語尾が伸びる。冗談のように話す気持ちは、彼には痛いほどよくわかった。


「ずいぶん具体的に決めてんだね。応援するよ」


「ありがと! どうせ仕事でコキ使われるなら、好きなことにチャレンジした方が子供にいろいろ話せるじゃん。だから、長崎がどう考えているのか知りたかったけど、あんまって感じ?」


 少し寂しげな目で言われると、移ろう街並みに視線を逃がしたくもなる。


 でも、心は逃げていなかった。「うちは母子家庭だし、大学よりも、とっとと働いた方がいいって思うけど……。正直、鳥海さんと夢インタビューしているうちに、色んな人の夢を聞いたら、やっぱ『なりたい』気持ちはあんだなって、アニメ監督に」


「へー、アニメ監督なんだ」


「うーん、アニメ監督というか、絵を描くのが好きでさ。ストーリーを考えるのも好きでさ、その二つってなると――」


「マンガ家はダメなの? 体育祭の絵、マンガに合うと思ったけど」


 英郎は迷いつつも、中学時代にSNSで二次創作のマンガを投稿していた話を語る。


 周囲の視線が気になったものの、城田は真剣な眼差しで受け止めた。


「そんなことあったんだ。でも、すごいよ! うん、すごい!」


「タイトルは言えないけどね。まー、マンガは諦めたんだよね」


「じゃあさ」城田はスマートフォンで動画を見せる。「こんな感じでさ、音楽のMVをアニメで作れば?」と、配信サイトで一億万回再生された作品だ。


「あー、なるほど」と、同調するも、「だって、歌下手だもん」


「知ってる。でも、動画なら関係ないよね。専門でDTM学べば? 音楽作れてアニメも作れば、あとは歌い手を募集すればいいし。両方やっちゃいなよ」


 簡単に言うなぁ、と思いつつ、そういう気持ちが大事なのかなと、心に引っかかる。


「なんか、ストーリーとか考えていないの?」


「あー、今やっていることをノベルノベルで投稿しているかな」


「どーいうこと?」髪が左右に揺れる。「名前とかは変えて、仕事で悩んだ社会人とゴスロリ小説家が街で出会った人たちの歩んできた人生をインタビューしていく話で、『ゴスロリ少女と一期一絵』ってタイトルだよ。『会』ではなく、『絵』ね」


 城田はさっそくスマートフォンで確認する。「本当だ。後で読むわ。てか、作家の名前が『アリスアリス』って、長崎の好きな歌手でしょ?」


「よくご存知で」


「なんかさ」うろ覚えの情報を話す。「タイムラインでAliceのゲリラライブ情報見たんだけど、あれって本当なの?」


「デマでしょ? あーやって、信者をかく乱させて楽しむ愉快犯がいるからさ」


「たちわるぃな~」


「ところでさ」話題を戻す。「ケーキ職人になりたいきっかけって、なに?」


「きっかけ? 美しいモノをぶっ壊したいから」


「なんだ、それ……」期待とは正反対の答えだった。「ちっちゃい頃、お姉ちゃんとケーキを作ったの。カワイイ感じのロールケーキ。でも、私がドジって床に落としちゃったんだよね。めっちゃ怒られたんだけど、なんか快感だったんだよね」


「……ずいぶんサイコな理由ですね」


「90点の答案用紙をビリビリすると気持ちイーじゃん。そんな感じだよ。それからカワイイケーキを作って、ぶっ壊して食べるのが好きになって、どうせなら世界一のケーキをぶっ壊してみたいって思ったのよ」


「破壊の快楽か。一理あるかも」


「そーいう長崎は、どうしてアニメ監督になりたいの? わかった、『たぬきとキツネのお風呂』をちっちゃい頃に見たからだ!」


懐かしい作品だ。たぬきときつねが先に風呂へ入ることをめぐって戦う内容だ。


「それもあっけど……保育園で、母親を待っていたときに、暇つぶしでアニメの絵を描いていたんだよ。そこの保育士が『たぬぽん上手だね!』って、褒めてくれたからだったと思うんだよな。うろ覚えだけどさ」


「めっちゃ、カワイイ理由じゃん。なんだかんだ、夢あんだね!」


 ――勇気が惚れるわけだ、彼女の笑顔と明るさは母に似て、ひまわりのよう元気になる。


 その後、二人は日暮里駅で別れ、英郎は自転車で家へと帰った。




「じゃーね、ヒデちゃん。あ、悪いことしちゃダメよ!」


「とっとと行け!」


 夜勤の母親を見送った後は、あんなことやこんなこともできるが、今晩の英郎は自室の押し入れを物色していた。探し物があるからだ。段ボールを引っ張り出していき、一番奥の《保育園のガラクタ》を見つけ、濡れたタオルで埃を払って開けた。


「たしか、こん中に……あ~、懐っ!」


 戦隊の武器やシール帳などのおもちゃ、保育園時代の洋服と工作で作った凡才あふれるアート作品の数々だ。だが、目的の、一番下に積まれた数冊のお絵描き帳を出し、残り全てを押し入れにしまう。「――しっかし、下手くそだなぁ」


 机に向かいながら、一ページずつゆっくり開いていく。


 クレヨンで殴られた絵には、運動会やピクニックの様子、人間と仲良く笑う恐竜や巨大昆虫と戦うロボ、歪だけれども楽しそうに描かれていた。その下に《よくできました☆》と、キャラクタースタンプが押されている。「コレ! コレだ!」


 一人はしゃぐ彼はペラペラとめくり、好きだったスタンプを懐かしむ。


 このスタンプは、保育士が押してくれたものだ――。


『ヒデ君、上手だね。その絵は、ゴリラかな?』


『違うよ、恐竜だよ!』


『ずいぶん筋肉モリモリマッチョな恐竜さんだね。じゃあ、上手に描けたご褒美に今日はスタンプをあげよう!』


『わーい! これで五個目♪』


 スタンプをもらうたびに、彼はぴょんぴょん飛び跳ねた。


 喜びあまってお友達にローリーグエルボーを浴びせることもあったが、このスタンプが絵を描く喜びを彼に教えた。それまでは悲しみを描いていたから。


 


 二か月前――彼は父を失った。当時は病気と聞かされたが、今思えば自殺だろう。


 母の桃実は涙に暮れるも、息子を連れて埼玉県の母方の実家に引っ越した。


 看護師に再就職し、英郎は幼稚園から市営保育園に転入する。


『ヒデちゃん、ママと頑張って生きていこうね!』


 母からそういわれても、子供は受け止められなかった。昨日まで隣にいた父が突然消え去り、リビングの写真となったのだ。


 街並みの景色や匂いも、制服から私服に変わったことも、夜にいなくなってしまう母親も、自分は別次元の異世界に飛ばされたよう彼の世界観が反転した。


 英郎は自分を守るよう殻に閉じこもる。新しいお友達とは話さず、自由時間は絵を描いていた。その絵にはいつも父がいた。


 剣や魔法杖を持って悪い奴を倒し、この世界の自分を助けにきてくれると信じた。


 だが、一か月経っても来なかった。


 泣きわめいても、悪い奴は『ダメ! お母さんはお仕事なの!』と言い、ひどいときには個室に閉じ込めた。お仕置き部屋だったと彼は思う。


 真っ暗な部屋は魔女の家のよう怖かった。


 ――いつか、僕を食べる気だ。パパ、早く助けに来てよ。


 口数も少なくなり、ひたすら勇者の登場を待った。


 しかし、現れたのは女勇者だった。『そこの君、私と冒険の旅にでないか?』


 新任の保育士だ。ライダーのお面をつけ、新聞紙を丸めた剣を持っている。


 子供はアホだと、さもいいたげに顔を背けた。お面を外し、その保育士は描いている絵を指さす。『なに描いているの?』


 子供は背中を丸めた。見せたくないのだ。


 それでも尋ねた。『ひょっとして、お父さん?』


 ビクッと体を起こして睨む。


『お前なんか、パパがやっつける!』


 潤む瞳に、彼女は笑う。『だったらさー、もっとカッコよく描きなよ。パパがめっちゃ弱く見えるよ。ぜんぜん強そうに見えないよ』


『強いよ! パパは強いんだよ!』


『じゃー、カッコよく描いて。カッコよく描いたら、このスタンプを押してあげる』


 ちっちゃくても男だ。プライドを刺激されれば、なんでもやる。


 英郎は勇者の父を精いっぱい描いた。さきほどと大した違いはなくても、


『おおーっ! カックィ~♪ はい、ご褒美のスタンプ――』


 ポン! 《よくできました☆》


 そのとき、キューっと胸を締めつける気持ちが遠くへ飛んでいった。


 再び絵を見ると、大好きだったパパは笑っていた。


 自分に微笑んでいるようで、なぜか涙があふれ出た。


 


 水玉模様の絵には、天国の父がいた。そして、懐かしいスタンプ。


「これがきっかけだな。きっと……」


 城田と話したこともあるが、夢インタビューを続けるうちに、自分が絵を描く原体験が知りたくなった。体験というより、好きな気持ちかもしれない。


 父の死を受け入れた英郎は、アニメに惹かれていった。特に、両親を救うために温泉宿で神様をもてなす少女の映画や、会いたくて会いたくて震え出す遠距離の少年と少女の映画は、彼の心に一つの夢を描かせた。『俺もこういう世界を作りたい!』


 初めはマンガ家も考えた。でも、やってみて気づいた。当たり前だが、キャラクターが止まっている。彼は自分の考えた物語の中でキャラクターが動いている姿が見たかった。


 最高の音楽が響く最高の物語を、最高の声優が演じる最高のキャラクターが最高の絵で動いていく映像を、この目で一番に見たかった気がする。


 でも、絵が好きになった原体験を振り返ると、自分が喜んでいるよりも、


『パパそっくりだね! きっと天国で喜んでいるよ!』


 と、遺影の父のそばに絵を飾る母の笑顔が一番に見たかったかもしれない。


「――マザコンだな」


 でも、悪い気はしない。自分に素直になれた気がした。


「やっぱ、俺はアニメの映画監督になりたいんかなぁ」


 と、スクールバックからノートを取り出し、物語の続きを考える。


 内容は絵に迷い込んだ少年少女のストーリー、巨大な恐竜が出てくる話だ。


 絵の中の世界で出会った巨人や小人、エルフのトラブルを解決しながら、主人公が恐竜ハンターとなって、連れ去られた幼馴染を助けるために奮闘していく――。


「どんなトラブルがいいか……。序盤はインパクトもほしいし……あ!」


 ふと思い出す。鳥海シェリの母親への報告だ。


 財布から名刺を抜き、スマホでそのアドレスにメールを送った。


 


 ピロン! 女はポケットから届いたメールを確認する。


 会議室、中央に座る恰幅のある男が訊く。「誰からだね?」


「すみません、別件のメールです」


「そうか。――で、ライブの件だが、ネットは混乱しているな。イイ感じだ」


 向かいの男がガッツポーズだ。「Aliceのゲリラライブ、こっちも楽しみです。肝心なのは声ですね。鳥海さん、どうなの? 母親から見て、娘さんできそう?」


「そーですね。まだ本人は感覚が合わないようですけど……」


「覆面歌手だったし、そこまで気にしなくていいよ。いきなり、ゴスロリ衣装でど派手に登場すれば、話題性抜群っしょ! 歌うのは五曲、練習でもいい感じっす、社長」


「ま、説得は大事だ。直前になって、駄々をこねられてもな。以前のようにな」


「すみません、すみません」と、女が頭を何度も下げる。


「いーんだ。歌手だからな、初めて素顔を出す。サポートが大事だ」


 シルクハットの男が手を挙げた。「シェリちゃんはルックスもいいし、アイドル声優路線もいいと思うんすけどね。イベントとか、マジで客入りますよ」


「そうなんだよ、ネカネカくん」と、作曲家の意見に社長が手を叩く。「Aliceは歌手名義、シェリは声優名義で使う方針でいきたい。鳥海さん、どう?」


「それは……娘は歌手だけでやっていきたいと」


「でも、曲が作れないんじゃ、歌手というより、声優向きでしょう。ぶっちゃけ、歌詞は誰でも書けますし、せっかく、サプライズでゲリラライブするんだし、そこで、『私、声優もやります』って言えば、ファンは喜んで課金しまくるっしょ!」


「イエス、プロデューサー! カネを生もうぜ、カネを! ヒーハー!」


 と、ノリノリのクリエイターたちは椅子の上で踊りだす。


「ですが、社長さん、この前の話と違いますよ。シェリだって――」


 女性営業部長が語る。「曲が売れないこのご時勢、我が事務所にとってAliceは貴重な戦力ですし、音楽配信サイトの数字を見ると、Aliceは海外でもすごい人気です。母国のフィリピンでも数字がいいんですよ。復帰後は、声優デビューと主題歌でアニメの話題性を上げ、アジアツアー公演も狙えます。チャンスです、目指しましょう!」


「いや~、素晴らしい戦略だ。海外ライブは他の歌手も宣伝できるチャンスだ。頼みましたよ、お母さん。絶対に娘さんを説得して、声優活動の許可をもらってください。足立区の雇われスナックママはもう嫌でしょ?」


「イエス、CEO! 美味いメシ食って港区住んで、めっちゃクラブで踊る。めっちゃ大切、マイライフ。ラストは必ず、シャブシャブ! イエーイ!」


 ラップ風に刻む男たちを横目に、鳥海マリアは重い嘆息を漏らし、覚悟を決めた。


「……わかりました。頑張ります!」


 母親は気丈に振舞った。五年前の暮らしを考えれば、いつでも好きなステーキが食べられ、好きなブランドを着られ、高級マンションで暮せるほど幸せなのだから――。


「ありがとう。引き続き、報告をお願いします。報酬は必ず。鳥海母」


 ――報酬はいらないんだけどな……


 大人の事情など知らず、少年はまた机と向き合ったのだった。

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