第45話 高速のスター

 翌日の朝、ラコール伯爵邸では慌ただしく使用人が動いていた。

 私とコパリュスに、ムーンとムーンの背中にいるスターは、玄関近くでシストメアちゃんを見かけたので声をかけた。


「みんな忙しそうだけれど、今日は伯爵邸で何かあるの?」

 シストメアちゃんの表情がきびしい顔つきに変わった。


「近くの森で魔物の氾濫、スタンピードの予兆があったらしいです。進行方向がこのまま変わらなければ、3日後くらいにはアーバンに到着するみたいです」

 コパリュスやムーンと一緒にいると感覚が麻痺するけれど、魔物は危険な生きものだった。その魔物が氾濫するほど大量に押し寄せてくれば、ただでは済まないことは容易に想像できる。


「魔物の大群よね。大丈夫なの?」

「今お父様がアーバンの警備隊や冒険者ギルドと連携をとっています」

 シストメアちゃんと話していると、玄関の扉が開いてトクツァイン様が外から戻ってきた。私たちに気づいたみたいで近寄ってくる。


「ゆっくり休めたか」

「はい、ぐっすり眠れました。それよりもスタンピードの予兆があると聞いたけれど大丈夫?」


「問題ないと言いたいが、厳しいかもしれない。警備隊からの情報では徐々に魔物が増えて、このままではアーバンを覆い尽くすほどの数になる」

「ほかの街へ応援を要請しているの?」


「すでに動いているが日程的に厳しい。アーバンにいる警備兵と冒険者で対応するしかない。だが耐えてみせるから安心してほしい」

 それだけ話すと、トクツァイン様は急ぎ足で奥へと消えていった。


「コパリュス、何とかならないの? コパリュスとムーンなら魔物は余裕よね」

 どの程度の強さがある魔物か分からないけれど、ムジェの森にいる魔物を簡単に倒すコパリュスとムーンなら平気だと思った。


「魔物を倒すこと自体は問題ないの。でもあまりにも数が多いからコパとムーちゃんだけでは無理かな」

「コパリュスたちでもむりなのね」


「魔物を殲滅するには、わたくしと同じくらいの冒険者が何名もいて、広範囲の魔法が使える者が何名も必要になると思います」

 ムーンが具体的な戦力を教えてくれた。視線をシストメアちゃんへ移す。


「アーバンにいる警備隊や冒険者でそろえられそう?」

「残念ながらむりだと思います」

 シストメアちゃんは悲しそうな表情を見せた。


 コパリュスが無理と判断しているじてんで、どの程度危険なのか私でも想像ができた。私たちだけならムジェの森へ戻れば済むけれど、シストメアちゃんやアーバンに住んでいる人たちは逃げ切れない。


 頭の中を回転させて広範囲の魔物たちを倒せる方法を考えると、すぐにひとつの可能性が思い浮かんだ。

「トナタイザンさんの能力なら、広範囲の魔物たちを倒せるよね?」

 コパリュスに聞く。


「可能なの。神や神獣さえいなければ、たいてい平気かな」

 スタンピードを押さえられる可能性が見えてきた。

「問題はトナタイザンさんが来てくれるかどうかよね。かりに来てくれることになっても時間的に間に合うかよね」


「ぼくが、むじぇのもりへいく」

 ムーンの背中にいるスターだった。

「スーちゃんなら、ムジェの森へは今日中に着けると思うの。トナタイザンならメイアの気持ちに応えてくれるかな」


「スターに手紙を送ってもらえればいけそうね」

「神獣ドラゴンは驚異の対象ですから、突然現れると混乱する可能性もあります。お父様には報告しますか」

 シストメアちゃんが聞いてくる。たしかに神獣ドラゴンが現れれば、スタンピード以上の脅威にもなりうる。


 トクツァイン様なら私たちの話を信じてもらえると思うけれど、大多数の警備隊や冒険者まで話が伝わるには時間がかかる。

「トクツァイン様に話しても、アーバンの住人全員には情報が行き渡らないと思うのよ。下手に話すと混乱になると思うから、そのほうが問題になりそう」


「お父様は知らないほうがよいのでしょうか」

「突如、神獣ドラゴンが現れて、魔物を倒したらすぐに遠くへ飛んでいく。一瞬でおわれば混乱も最小限になると思う。問題は警備隊や冒険者がトナタイザンさんに攻撃して、トナタイザンさんが怪我をしないかよね」


「相手が神や神獣以外ならたいていは問題ないの。それよりもトナタイザンが地形を変えないかが心配かな」

 やはり神獣は規格外れみたい。でもスタンピードへの対応が見えてきた。トナタイザンさんへ送る手紙には、魔物討伐のお願いと注意事項を書くほうがよさそう。


「時間も限られているから、この作戦でいくね。シストメアちゃんは、何も知らなかったことで通してほしい」

「分かりました。メイアたちには迷惑がかからないようにします」

 シストメアちゃんが理解してくれて助かった。


「すぐに手紙を書くから、スターは大変だけれどお願いね」

「ぼく、とぶのはすきだから、だいじょうぶ」

 部屋に戻って手紙を書いた。スターの足に手紙を取り付けると、スターは窓から大空へ向かって飛び立つ。スターの飛ぶ速度は速くて、すぐに姿が見えなくなった。


 トナタイザンさんの正体を知っているガルナモイトさんとマクアアンリさんのみには、神獣ドラゴンが来ることを伝えておいた。


 翌日の朝焼けがみえる時間帯に、窓を叩く音が聞こえた。窓を開けるとスターが部屋の中へ入ってくる。

「もう行ってきたの? 大丈夫だった?」

「トナタイザンに、つたえた。あとから、きてくれる」


「スター、ありがとう。今日はゆっくり休んでね。あとはトナタイザンさんが頑張ってくれることを祈るしかないわね」

 窓からみえる遠くの空に視線を移して、トナタイザンさんの活躍を祈った。

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