ウォット・ユー・ビリーヴド・イン 2

 西暦1996年9月18日――その日、地球史上六回目の大量絶滅が起きた。

 南極の氷が消滅して海面が20メートル上昇し、沿岸部の都市が水没。全世界の平均気温が5℃も上がり、日本からは四季が失われた。

 紛争とテロリズムの嵐が吹き荒れ、いくつかの中小国が崩壊。千万人単位の難民が発生した。

 

 そして、治安が極度に悪化したことで。

 かつては闇の最奥に封じられていた魔法の力が、犯罪者たちに拡散した。


 各国で頻発する魔法犯罪対策のため、国連総会は国際的な対魔法特務機関の設立を決議。

『国際連合直属 魔法研究・規制特務委員会“ANNAアンナ”』がここに産声を上げた。


 ……それから約半世紀後の未来。

 在りし日の東京に代わる海上都市・東京コロニーで。

 新たに魔法の力を手に入れた二人の少女が、ANNAの新米ニュービーとして訓練の日々を送っていた……。




§




 与太者たちが女性を犯そうとしていた時間から、時を少々遡る――7月半ばの土曜、午後6時半ごろのこと。

 とある学校の女子学生寮、その一室にて。


 相部屋同士の二人の少女が、楽しそうに餃子のあんを包む作業をしていた。


 部屋着姿の二人は居室の真ん中のテーブルを挟んで向かい合い、ボウルから餡をすくってはちまちまと白い皮で包み込んでいた。

 少女の一方は艶やかな黒髪に色白の肌という見た目で、包み方にはどこかこなれた雰囲気がある。手際も非常に良い。

 またもう一方の少女は南国風味の容姿をしており、肌は小麦色に焼けていて、瞳は海のように透き通ったアズールであった。包み方のほうはあまり慣れた感じではなく、色白の少女に比べると少々遅い。


 ……いや、遅いというのは適切な物言いではないかもしれない。何故なら小麦色の少女が遅いというより、色白の少女があまりにも速すぎるのだから。


 そんな色白の少女の名はそのでらちかい。ANNAの新米ニュービー魔法使いの片割れにして、よこの中華料理店『ふうえん』の一人娘でもある――両親が中華料理屋だというのだから、餃子を素早く包めるのはある意味当たり前のことであった。

 そして小麦色の少女の方はふなばしという。誓の幼馴染であり、同じくANNAの新米ニュービーだ。実家は特に何も営んでいない。


 今日の二人の夕飯はこの餃子だ。満里奈が「一緒に包むのやろーよ!」と言い出したので餃子になった。

 餡はオーソドックスな豚肉だがちょっとした隠し味が入れてあり、普通の餃子とは一風違う味が楽しめるようになっている。どんな隠し味かは『旗風苑』の企業秘密のため、園寺家の者しか知らない。


 ボウルから鮮やかなピンク色の餡をスプーンで取り、乳白色のまあるい皮の上に乗せる。指先に水をつけて皮のふちを濡らし、餡を包んでひだを作って閉じる。

 そんな単純作業の繰り返し。時々何かおしゃべりしたり、テレビの音声に耳を傾けたりしながら、たくさんこさえた餡を餃子の形にしていく。


『…………はい、それでは最初のコーナー行ってみましょう。本日最初の最新科学はこちら!「地球外生命体って結局見つかりそうなの? 宇宙探査の最前線に迫る!」です。…………』


 テレビの中型ホログラムスクリーンには年一放送のサイエンスバラエティ特番が映し出されていた。

 隠れインテリ芸能人とゲストの科学者たちが向き合うような配置でひな壇に座っており、両者の間に司会を務める大御所お笑いタレントと女性アナウンサーが立っている。

 一通り喋り終わったアナウンサーが合図すると、画面がVTRに切り替わった。渋い男性の声でナレーションが流れ始める。


『今週月曜、わが国の国立天文台は衝撃的な発表をしました。それというのも、長野県やまに保有する電波望遠鏡が、いて座の方向から72秒間にわたり強い電波信号を受け取ったというのです。電波の正確な発信源は現在調査中だそうですが、まさあき国立天文台長は「高度な文明を持つ地球外生命体により送信された可能性も否定はできない」と語りました。同様の信号は西暦1977年8月、アメリカのビッグイヤー電波望遠鏡でも…………』

「地球外生命体、ねえ」


 満里奈が餃子の餡をすくい取りながら呟く。


「誓は“宇宙人なんて生きてる間には会えないよ”派だっけ」

「そう思ってたけど、最近ちょっと考えが変わったよ」

「そうなんだ?」

「だって、魔法使いが実在してるくらいだもん。ただ世間に知らされてないだけで実はとっくに地球に来てまーすって言われたとしても、私はもう驚かないよ」


 誓はそう答えながら自身の持つ電撃の魔力を励起して見せた。身体がわずかに静電気を纏い、前髪から紫色のスパークが散る。

 満里奈はそれを見ると、「なるほどね」と返しながら同じく魔力を励起した。冷気の魔力が放出され、部屋の温度がかすかに下がる。

 そして、鎮める。部屋の温度が元に戻り、前髪の火花が消えていく……誓はふと、消えていったスパークの余韻を見ながら思った。


「あ、そういえばさ」

「んー?」

「魔法を使って超光速航行とかってできないのかな」

「あーそれね、わたし前に教官に聞いたよ」

「そうなんだ。で、どうだって?」

「『理論ならいくつかあるけど、実現できたものは一つもない。仮にできても実用性が一ミリもない』ってさ」

「実用性がない……どうして?」

「外部と通信できないから。光より速く飛んでる最中に光の速さで伝わる電波信号を送られても、永遠に届いてこないじゃない?」

「じゃあ信号も光より速く飛ばすのは?」

「そっちはまだ理論すら出来上がってない。……って、教官は言ってた」

「そうなんだ……。魔法を使っても無理とすると、やっぱり地球に宇宙人は来てないのかな。宇宙人だって孤立無援の航海なんてイヤだろうし」

「いやーそれはどうかわかんないよー? なんせ宇宙は広いんだもん!『通信なんて惰弱なもん必要ねえぜー!』っていうロックな連中だっているかもだし、あるいはわたしたちの想像もつかないような手段で安全に星のおおうみを行き来してる文明だってあるかもしれないよ」


 そう楽しげに語る満里奈。彼女は幼い頃から星や宇宙のことが好きだった。家に天体望遠鏡もあったし、毎週のようにプラネタリウムに通っていた。

 だからことこの分野に限って言えば、その知識量も捧げている情熱も、誓のそれを遥かに上回っている。


「それにしても、地球外生命体かあ――」


 そんな満里奈は、餃子の餡の最後の一つ分をスプーンで取ると。


「――ロマンあるよね……!!」


 うっとりしているようなで、そう言った。


「ふふふっ」

「さ、これでラーストっ! 餃子焼いちゃおっ!」

「うんっ」


 空になったボウルを脇へ退かし、テーブルの中央に場所を作ってカセットコンロを置く。

 そして餃子をフライパンの上で円形に並べ、きゅっと軽く押し付けてから加熱を始めて、少し色が変わったら蒸し焼きにしてやる。このとき加えるのは水ではなく熱湯だ。そうするとフライパンの温度が一定に保たれるため、より短い時間で水分を沸騰させられる。食感をより良くするためのテクニックだ。

 蒸し焼きにできたら水分を飛ばし、ごま油を引いて焼き目をつける……カリッとなったら完成だ!

 かくしてお手製焼き餃子が出来上がり、二人の餃子パーティが幕を上げたのだった。

 いっぱい焼いていっぱい食べて、いっぱい幸せな気持ちになった。


 そうやって。

 非日常と非日常のはざまにある、束の間の日常を謳歌した。

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