さをりの場合

 闘う前にはウォーミングアップは必要だ。いきなり暴れると足も攣るし筋も違えたら困るしね。


 こんな時、一番はじめにスイッチが入るのは元ヤーさんの梧平と言いたいところだけど、実はさをりなんだよな。


 言葉の使い方、口の聞き方が悪いだけかと思っていたら、昔は不良だったというから信じられない。


 昔取った杵柄、こういう時には血が騒ぐみたいだ。


 今からさかのぼること、


 二十三年前。



※※※


 午後四時半ごろ、予定より早く帰宅することになったこの男、


 大学の校門を出て帰宅の途につく彼の三メートル後方を歩いているのは、同校の女子大生と思われる三人組。電柱に隠れてなにらやそわそわとしている様子だ。


 その二メートル後方に校門前で出待ちをしていた二人組の女子高校生が女子大生とまったく同じ動きをしている。


「どうしたのかしら、お迎えが来られないみたいね。今日こそ、彼の自宅を突き止めるのよ」


 メガネの縁を押し上げてインテリ女子が言った。


「わかってるわ」


「今日は絶好のチャンス日和ね」


「そうよ。お近づきにならなくちゃ」


 尾行されている事さえ気づかない。

我らが誇る若きし頃の一本島耕介である。


 真っ直ぐ前を向いて歩く姿は、通りすがりの子連れ女子、買い物帰りの中年女子、背中の曲がった女子でさえも必ず振り向かせるくらいの身姿みすがたをしている。


「ねぇ、あの男、イケメンじゃん」


 コンビニの前でうんこ座りして、じゃがりこを食べ、あとちょっとスカート丈が短けりゃパンツが見えそうな、セーラー服を着ている女子中学生が生意気な口調で言った。


「あぁ、確かにイケてんな」


 そんな周囲の反応にうとい耕介だから自分に近づいてくる怪しげな男達にも気づいていない。


 靴の底を地面に擦りつけながら歩くガラの悪い男はわざと耕介の肩にぶつかった。


「すみません」


 相手が勝手にぶつかってきても謝るような大人しい真面目な耕介、


「痛っ!わっ、肩、脱臼したわ」


 さも肩を下に下げてぶらんぶらんさせながら、


「おい、おめえ、何ぶつかってんだよ」


 ひとりの男が詰め寄った。


「脱臼?そんなに強く強打しましたか」


 自分の肩を触りながら男達を見下ろす。


「はあ?おめえがぶつかって来といてよ!偉そうに上から見下ろすんじゃねえよ。落とし前つけてもらおうじゃねえか」


 耕介は偉そうに上から見下しているわけでは無い。


 ガラの悪い脱臼男、その身長差、約三十センチ。


「落とし前って?」


 暢気に応える耕介を、脱臼した男よりは少し背の高い二人の男が腕を荒々しく掴み、歩道脇に停車してある黒いワンボックスカーに押し入れようとする。


「あの、何処に行くんですか」


 耕介は賢い青年だけれども、多少反応が鈍かった。抵抗するとか反撃するとかそう言った事は無縁の人生、


「待ってください、僕は貴方達の事を知りません」


「だからなんだつうんだよ。黙って大人しく車に乗りゃあいいんだよ!」


 無理やり車に押し込められる耕介は、なんとなく抵抗している。


「なぁ、さをり、あれヤバくねえ」


 じゃがりこを口に咥えて美穂が言う。


「そうだな。何しようとしてんだろう」


「あれ、光ってるのってナイフじゃぁねえ。私、ああいう武器をさぁ、持って脅す奴って大っ嫌いなんだけど、チッ!」


 美留久みるくが顔を歪めて舌打ちした。


「さをり!あいつらかましてやろうよ」


 八重やえがポキポキと指を鳴らす。


「さをり!やるぞ」


 晴香はるかは立ち上がり叫んだ。


「そうだな。なんかむしゃくしゃしてるからやってやろうじゃないか」


 さをりが立ち上がると晴香が最初に走りだす。


 コンビニの前でたむろっていた少女達はチンピラ相手に大立ち回り、それを見ていたコンビニ店員はすぐに110番通報、


 警察官が駆けつけた時には少女五人がチンピラをコテンパンにやっつけていた。


 

 警察署での事情聴取を終えた六人、


「君たちね、親が迎えに来ないからって、寄り道なんかするんじゃないよ。真っ直ぐ帰るんだよ。わかった。約束だからね」


 送りに出て来た二人のうち一人の警察官がそう言って手を上げて署に戻って行った。


 この少女達の保護者はひとりとして連絡がつかなかった。とはいえ拉致されそうな市民を救ったという事でおとがめなしの無罪放免。


「うるせぇんだよ。お巡り!べぇーだ」と舌を出す「ねぇ、兄ちゃんさあ、うちら、あんたを助けたわけじゃん」

 

 美穂が耕介の真下から顔を見上げる、


「どうもありがとうございました」


 耕介は女子中学生に深々と頭を下げた。


「あのさあ、頭下げて欲しいなんて言ってないし〜」


 美留久が耕介の肩をポンと突っついて顔を上げさせた。


「クソ刑事に色々聞かれて、なんか小腹空いたんだよね」


 八重が踵を伸ばして高い位置にある耕介の肩に手をかけた。


「そうそう、頭を使ったから糖分取りた〜い」


 晴香はニヤリと笑った。


「糖分ですか」


 耕介は女子の顔を見渡して空を見上げる。


「……あんた、どこ見てんだよ」


 さをりが空を見上げると、全員揃って空を見上げた。


「そうですね。皆さん先ほど警察官に真っ直ぐ家に帰る様にと言われましたから今日はおかえりください。明日は祝日ですね。皆さんも学校はおやすみでしょ。明日のお昼ご飯をご馳走しますので、あのコンビニで十一時に待ち合わせと致しましょう。お迎えに行きますので、必ず来てくださいね」


 五人の女子中学生は顔を見合わせて、


「マジ!それ約束だよ。その約束忘れんなよ。もち、さをりも行くよね」


 美留久がさをりを見上げて言った。


「ああ、別にいいけど」


「じゃあ決まり!全員に奢ってくれよな」


 そこに高級車がゆっくりと横付けし停車すると、素早く運転手が降りてきて、


「遅くなってすんまへんな」


 と、後部座席のドアを開けた。

 車に乗り込む耕介は、


「ごめんね。梧平くん、講義が終わる時間、間違えてたんだ」


 と言ってシートに座った。


「いえいえ、ご無事で何よりでしたわ」


 ドアを閉めると耕介は窓を開けて、


「では明日、迎えに行くので待っていてください」


 車が去った後、見送る女子中学生は呆然とした。


 翌日、梧平は集合場所のコンビニへと向かい、五人を乗せてこの屋敷に連れて来た。


 車から降りた全員がぼかんと口を開けたまま屋敷を見上げたとか、

 

 豪華昼食を振る舞ってもらった少女達はひたすら舌鼓をうち、美味しい料理をたらふく食べて、糖分多めのデザートも味わった。


 その後、さをりは度々この一本島家を訪れるようになり今に至っている。



※※※


「ここに入ってくるのを待ってる方がおもろいで」


 梧平の身体が活き活きとしている。


「あたしもそう思う。千緒!電気消せ!」


「はい」


 俺は入り口のドアの横のスイッチをオフにしそのまま待機、


 もちろん守るべき耕介は一番奥のソファに座っている。


 そしてドアのそばには梧平とさをり、そして木刀を持ったかけるの三人が待ち伏せる。


 利喜と陸とは部屋の真ん中のソファ辺り、そして京仁は耕介の前に立っている。


 息をひそめて闇の中、なぜかワクワクする。こんな事って滅多に無いから胸が騒ぐ。久々の戦闘モードだ!


 俺だって喧嘩をした事ぐらいあるし、それなりに強いんだぜ。


 利喜は勉強だけの人生だったから、格闘技に対して非才である。


 京仁も銀行員から秘書に転身した真面目な青年で喧嘩をした事が一度もない。


 陸人は子供の頃から少林寺拳法をやってて結構強いらしい。


 かける祖父じいさんが殺陣たて師で幼い頃から殺陣を学んでたという事で刀を持つと人が変わる。


 さあ、侵入者よ。やってこい!


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