翔の場合 2

『どっかのお坊ちゃまなんか知らんけど常識的じゃあねえよな』


 社長室から梧平が顔を覗かせ言った。


『募集してねえって言ってんのによ』


『募集していないのなら募集してください。僕を募集してください』


 梧平は頭を振りながら『今時の若ぇもんは理解できへん』とぼやきながら事務所を出て行った。喫煙タイムだ。


『君、頭おかしんじゃないの、意味がわからないんどけど』


 利喜りきが椅子から立ち上がりローテーブルの上の履歴書を袋から出してさっと見通すと、さをりに渡し、さをりからそれを渡され、最終学歴を見た俺は『めちゃ賢いやん』と思わず口から漏れ出てしまった。


 なんとなく針のような、突き刺さる視線を感じて、そっちを見ると利喜とさをりがすっごい目付きで睨んでた。


 だって最終学歴は海鳳かいおう大学法学部なんて、めちゃくちゃ頭の良い奴が行く大学だよ。


 だけど……卿堂きょうどう大学経済学部を出た利喜と教養学部のさをり……偏差値の相当高い大学を出た二人には海鳳は屁みたいなんだろうな。高卒の俺とは別世界だ。


『はい、社長、履歴書です』


 社長の前に封を開けるのは利喜りきの役目なんだ。


 変なものが入ってる可能性あるからね。


 どうして京仁が開かないのかって?だって潔癖症だから仕方ない。


『それで君はなぜうちに来たのかな』


 耕介は履歴書片手に言った。


『社長様は僕のこと覚えていませんか』


 首を傾げ、初々しい顔を見つめているけど思い出せない感じだった。


 俺はその後ろ姿をなんとなく見ていると、そいつは頭のてっぺんの髪の毛を少し摘んでピューっと引っ張った。


 それを繰り返しやっている。ピューっと引っ張る。それは癖か?


 癖なのか?と思いながら、面接でそんな事するなよな。


 なんて思ってたらなんとなく記憶が蘇ってきた。そして思い出した。


『あれぇ、もしかして……』


『どうした、千緒』


『社長、公園でほら、噴水公園の百合型のライトの前でセーラー服着せられた奴に似てるような』


『セーラー服の……』


『あぁ、あの時の子ですか』


 京仁はまじまじと顔を見ながら、


『君、珈琲は飲めるの』と訊くと


『はい、ミルクと砂糖多めでお願いします』


『珈琲』と口パクで伝えると陸人は頷きながら給湯室に入って行った。


 耕介も同時に思い出し『あの時の子か』と呟いて、


『確かにあの時、困った事があったら相談に来なさいと名刺を渡した気がする』


 六年前くらいの事だった思う。

 出張先の福井から戻って来て間なくだったかな。京仁がうちで働くようになった頃だ。


 かけるはセーラー服を着せられ化粧をして公園に立たされていた。


 オッサンを引っ掛ける役を指示されていたんだったよな。いわゆるイジメにあってたんだ。


 オッサンが引っ掛かったら悪ガキ共が出てきて金を奪うっていう祖業だ。


 耕介はまんまと罠にかかった振りをして悪ガキ共を捕まえた。


『警察に突き出しても構わないがどうする』


 三人のガキ共は京仁と俺に押さえ付けられ不貞腐れている。


『二度とこんな事をしないでくれ、大人を騙して金を取ろうなんて馬鹿げた遊びはしないで欲しい。そしてこの子にもこんな事をさせないでくれ、万が一この子に対してこの様なことをさせたら、次は容赦はしないぞ』


 耕介は頭ごなしに叱りつけたりせず、優しく言ってたようだったけど、かなり怖いオーラを出していた。


 耕介って、黙っていればとてもおおらかな紳士だけど眼球に力を入れると二重の目は鋭くなって目の色が変わるんだ。


 超厳つい感じの男に変貌するんだけど、本人はそれに気づいていない。


 あの時、ガキ共は結構びびってた。

 思い出すとめちゃ笑える。


 京仁も俺もそれなりの体格だから育ち盛りの高校生パワーなんて屁のカッパ。


 親父狩りされる様な俺たちじゃない。


『あの時の少女か』


『はい、少女にさせられていた僕です。困ったことがあったら相談に来いって言ってくれたでしょ。あの時もらった名刺です』


 小型のクリアケースに収めている名刺をテーブルの上に置いた。


 結局、破約を好まない耕介の痛い所を突いてきた感じ、

 こいつは何気に人を見る目を持っているのか、京仁は直ぐに契約書類を用意して手続きを始めた。


 翌日だよ。翔は一本島邸に身の回りの物を両親と共に持参し、親は挨拶を済ませ安心しきって帰って行った。


 俺はあの時、翔の両親が見せた安堵の顔、『貴方、良かったわね。あの子の居場所ができて』って母親が残したその言葉を今でも忘れることができない。


「千緒ちゃん、今度から苺のヨーグルト絶対に買ってきて」


 翔の声で我に帰る俺、


「自分で買ってきてもいいんだぞ」


 耕介は栞を挟み本を閉じサイドテーブルの上に置いた。


「耕介さん、買い物は千緒ちゃん担当だから」


「そんなの!てめぇの欲しいもんくらい図書館の帰りに買ってくればいいだろう。どうしていちいち俺が買って来ないとだめなんだよ。馬鹿か!」


「だから、何度もいう様だけど、千緒ちゃんより僕の方が頭はいいからね」


 クソガキ!声を大にして叫びたい!


 耕介がいなければ、殴ってやるのに!っていつも梧平に愚痴ってる。 


「法学部をさぁ、出てんだからさぁ、そっちに進めばいいんじゃないの〜。勿体無いよね〜。せっかく勉強頑張ってきたのに無駄になるじゃん、今からそっちに行けば〜」


 と二年経っても成長しないこいつに嫌味をかましてやる。


「別に頑張って勉強なんかしてないし、なんとなく勉強していただけだもん。なんとなく勉強してたら大学に受かったんだもん。それに僕はそっち系の仕事は無理だから、無理だとわかっていてその仕事に就くわけないでしょ。無理な事はしない主義」


「最近の若ぇもんは理解できん」


 と入ってきた梧平は手にタバコと百円ライターを持っていた。


「あれ梧平くん一階にいたの」


「おお、千緒、リビングにタバコ忘れたから取りに行ってきたんや、俺も千緒の言う通りやと思うで、せっかく勉強してきたんやから、法律の方やったか?そっちに進んだ方がええとちゃうんか、ほんまにそう思うわ」


「嫌です。梧平さんが逮捕されたら考えます」


「はあ?」


「梧平さん逮捕されないでくださいね」


「お前!逮捕される様な事するわけねえやろが!ほんまにムカつくやっちゃな。耕介はん!こいつ、親に突っ返せや」


「つっ返す?僕をあの家に返すって事?無理ですよ。梧平君、両親はきっとまた、ここに僕を連れて来ますよ。僕がここに住み込みで働かせてもらえるって言った時、すっごく喜んだんですから、だって、僕はいらない子だから、引き取ってくれたと大喜びなんです。兄さん二人とも検事と弁護士ですから、出来損ないの僕は厄介者なんですよ」


 時々こんな事を言う翔を見てると、あの母親の言葉を思い出して虚しくなる。


 多分、耕介は翔のそう言う境涯きょうがいをわかってんだろうなと思う。


「このひねくれもんが、こんなガキはいらんぜよ」


「はい!はい!賛成、反対意見なし!梧平君に一票」


 俺と梧平は、にたにたしながら翔を指差して笑ってやると、翔は今にも泣きそうな顔して唇を振るわせた。


「二人ともかけるをいじめるな」


 見兼ねた耕介が言った。途端に、


「耕介さぁぁん」


 シングルソファに座る耕介の膝に顔を埋めるかける、その姿にイラついた梧平は舌打ちして、膝に顔を埋めて泣くかけるの襟首を掴んで二人かけ用のソファに投げ飛ばした。


「気持ち悪りぃ!男のくせしてメソメソすんなや」


 スパルタ梧平は気持ちがいい、俺の顔はきっと、すこぶるにやけている。


「梧平さんなんて……嫌いだ!」


「嫌いで結構毛だらけ猫灰だらけ、だっちゃうの!なっ、千緒!」


「はいはい!梧平君に一票!」


 ソファに丸まって泣くかけるの背中をポンポンと優しく叩いて慰める耕介が不意に耳を澄ませる様な仕草でドアを見つめた。


「どうしたんや耕介はん」


 俺と梧平もドアの方を見ていると耕介の部屋の階段を下りてくる足音がしたと思ったら四人が怪訝な顔つきで耕介を見た。


「ノックしたんですけど返事がないので勝手に寝室通って来ました」


 京仁がそう言いながら耕介に近づいた。


「耕介、下から物音が聞こえて来た。間違いなく侵入者がいる」


 気のせいだろうか、さをりの顔がなんだか嬉しそうな表情かおしてる。


「ホンジはセットしたのか」


 耕介が背筋を伸ばして言った。


「もち、俺しっかりホンジしました」


 利喜りきは書斎の方に行き監視カメラのモニターのスイッチを入れるとみんなして画面を凝視する。


 ちなみにホンジとはうちの会社の警備保障会社の名前である。


「どうやって侵入して来たんや」


「もしかして、日中に侵入して隠れてたのかも知らねえな。クソやろー、おい!かけるお前、そこの木刀持っとけ」


 さをりが両手を組み合わせ、ぼきぼきと指を鳴らすと、みんな、なにやら楽しそうにウォーミングアップを始めた。


 俺も一応、

 

 手首、足首、柔らかくしとこかな。




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