翔の場合1
二十畳もある広々としたその部屋は、かつて耕介の遊び場であり勉強部屋だった。
現在は部屋の真ん中を本棚で区切って階段側は読書室、もう片方は書斎で立派な机があり高価な革張りのソファが置かれ、京仁や利喜と残務を行なったり、防犯カメラのモニターなんかも設置されている。
二階の寝室と繋がっている階段下は作り付けの小部屋になっていて今では
時々俺も寝転がってるけどね。結構、居心地いいんだよ。
類は友を呼ぶって言葉の通り読書好きがこの会社には集まってしまった。
「なに読もうかな」
「ファンタジーものはないぞ」
「わかってますよ。今夜は絵本の気分かな」
「絵本の気分とかなじゃなくて、それしか読めないんだろ」
冗談めかしに言うんじゃなくて真顔で言うからこっちも思わず
「失礼な事言わないでくださいよ。俺にだって読める漢字くらいあるし、ぼんくらでも読もかな。そうしよう」
「漢字、多いぞ」
「大丈夫ですって、どうせ、そのうち
「少しは辞書片手に読もうとか思わないのか」
「辞書?辞書ね〜。昔は辞書片手に読んでたんですけど、スマホも部屋に置いて来たし、そのうち翔のやつ……ほら来た」
階段の軋む音が聞こえてきたと思ったら俺と同じように腰を屈めて部屋を覗き見る。
「耕介さん、ノックしたんですけど返事なかったんで勝手に寝室通って来ました。やっぱ千緒ちゃん来てたんだ」
「……まあね」
大人の男が十時になったら就寝なんてありえないし、自然とこの一階の書斎に集まってくる。
「冷蔵庫にドリンク入ってるだろ」
「耕介さん、今日はどんな気分かな」
「紅茶の気分」
「ホットorクール」
「クール」
「はい!耕介さんはミルクティーで、千緒ちゃんはコーラー、僕はイチゴの……イチゴの……ヨーグルト……。ねえ千緒ちゃんイチゴのヨーグルト入ってないんだけど、どこにある?」
「あん?今日ね。売り切れてた。レジに行ったらさぁ、おばさんが買い占めてたんだよ。だからブルーベリーとプレーン補充」
この冷蔵庫は常に嗜好に合わせたドリンクを入れてある。
「違う店に行って買って来てくれれば良かったのに」
「はあぁ?ストロベリーヨーグルト買うためだけに店をハシゴするわけないだろ。ヨーグルトごときでよ!」
「ごときってなに!だって僕、イチゴのヨーグルトじゃないと!いやなんだもん」
「じゃあ、飲むな!どうせ、ヨーグルト好き梧平くんが処理してくれっから!」
「僕の飲むのがないじゃん!」
「だったら、どっちか飲めばいいだろう」
まるで駄々をこねる子供の様に、
ヨーグルトはストロベリーが定番で冷蔵庫にストックがないとぐちぐちぐちぐち愚痴りやがる。
俺の中ではヨーグルトはプレーンに決まってんるんだ……もん!
「コーラー飲んどけ!」
「炭酸は苦手なの」
「知るか!二四にもなって炭酸は苦手なの〜って馬鹿か!」
「馬鹿って言った?馬鹿って言った?僕より千緒の方が漢字読めないし!計算出来ないし!千緒の方が馬鹿だと思う!」
「千緒の方が馬鹿だな」
と耕介が鋭い目をして俺を見て言った。
それは、もうこれ以上言い返すな、やり合うなという意味が込められている。
俺は舌打ちして本棚に視線を向け、ぼんくらを手に取った。
成績は優秀で賢いことに間違いなかったんだろうけど、ひ弱なわりに頭が良いぶん物言いが
一度言い出したら、ずっと、ぐちぐちぐちぐち愚痴る癖は人を苛つかせる天才だと思う。
俺でも面倒臭いって思うんだから、同年代の奴らにすれば、虐めたくなるのもわかる気がする。
耕介は
時々、
今のあの目がそれ!
二重の優しげな目が鋭くなるやつね。
だから俺はムカつきながらも引いてやる。
このクソ面倒くさい、イラつかせる天才児子供のまま歳を重ねている
入社したのは二年前。
履歴書を持参していきなりやって来た。
その日は誰も来社予定がなくて、みんなしてダラダラと事務所で過ごしていたんだ。
その時突然、事務所のドアを叩く音がしてみんなドアを見た。
そして、いきなり面接する時みたいに入って来てたと思ったら始まった。
『失礼致します。本日はお時間を取って頂き誠に有難う御座います。私、
と言って前に差し出したものだから思わず手を差し伸ばし履歴書を受け取ってしまった京仁は固まった。
『いや……今日は面接の予定は入っていない……し、その君は誰ですか』
素早く机の上の焦茶色の手帳を開いて一応確認するも、やはり何も書かれていない。
『誰か受けたか?』
全員、頭をふりふり振りさくった。
『電話とか……なにか……というよりも募集はしていないよな』
京仁は黙って社長室に入っていくと暫くして耕介が共にこっちに出てきて
『今年は本社に新入社員を入れる事は考えてないんだ。君は面接する会社を間違えているんじゃないのか、間違えて来てしまったんなら、急がないと本当の面接に遅れてしまうぞ』
『間違ってません。僕はこの会社に入りたくて来たんです。絶対に帰りません!僕のこと覚えていませんか』
耕介は首を傾げて思い出そうとしているが珍しく思い出すことができなかった。
『社長様、僕のこと覚えてくれていないのでしょうか』
耕介は眉をかくと俺を見た。
俺は常に耕介と行動しているから、何処かで会っていたらこいつの顔を覚えていてもおかしくない。
京仁だって覚えているはず。
だけど全然、記憶にない。
『どうするか……帰ってはくれないんだろ』
『はい!』
『だったらとりあえず、そこに座ってくれ』
『はい!』
見た目はひ弱だけれど、返事だけはすこぶる元気だった。
ソファで新聞をよんでいた梧平は立ち上がって新聞を持ったまま社長室に入って行った。
『失礼致します』
深く頭を下げた。耕介が座るとそれに合わせるように座る。
『さっきも言った通り、うちは今、募集をしていないんだ』
『私は他の会社を受けてはいません。貴社だけなんです。採用して貰わないと困るんです。就職浪人にはなりたくありません』
なんつう強引な奴、どんだけ自分に自信を持って売り込みに来たんだ。
ひ弱なくせして……。
俺はただただ
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