陸人の場合

 耕介には嫌いな食物がない。とにかくなにを作っても『美味い』って食ってくれるから可愛いんだよ。


 ただひとつ、気をつけなければならないものがある。それは海老なんだ。


 三年前、突然アレルギーを発症した。それ以降、甲殻類を使った料理はエキスが混ざると危険だから作らないようにしてたんだ。


 だけどみんな海老やイカって好きだろ。俺も海老天、イカ天って大好物。揚げたて熱々「さっくさく」に抹茶塩で食すなんて最高じゃん。


 当初は耕介に気を遣って作らなかったんだけど、ある日不意に厨房にやって来て言ったんだ。


『海老を使った料理とか気にせずメニューに入れたらいい、その代わり俺にはバナナで何か作って出してくれ』って、さりげなくそう言った。


 『バナナ……ですか?夕飯にバナナ……』子供みたいな事を言うなって思って、それで思い出したんだ。


 園児達がめちゃくちゃ喜んだものって、

『フルーツポンチじゃん!』って、


 バナナ多めのフルーツポンチ、それ出したら耕介、めちゃ喜んで、三杯もおかわりしたんだ。なのにメロンよりバナナが好物って親しみやすくねえ。


 みんなも相当喜んだ。フルーツポンチを嫌う奴っているんだろうか、うちの奴らはみんな大好きさ、


 休日の朝食ってわりとのんびり時間をかけて食う。ゆうに一時間はダイニングにいる。もちろん全員だよ。


 食後には美味しい珈琲を飲む、これはもっぱら陸人りくとの役目、陸人は元喫茶店経営者だったんだけど三年前に店を閉めた。


 陸人の茶店さてんは大手進出によって客を奪われ閉店に追い込まれたんだ。そのあおりを真っ向から受けてしまった。


 陸人の店は耕介の行きつけの店だったから

金を持ってる耕介は店を残して欲しいと懇願して援助を申し出たんだけどあっけなく陸人に断られた。


『経営していく自信がない』と弱音を吐いて頭を下げた。


 耕介に助けて貰えば良いのにって……俺はあの時思った。だって……。


 バリスタチャンピオンシップっていう競技大会があるみたいで、その大会でチャンピオンになってるんだもん。


 表彰状が誇らしげに店内に飾ってあった。辞めるなんて勿体無いよね。


とはいうものの……。あの時の陸人はすごく疲れていたようだった。


 その頃、色々あったみたいで精神的に追い詰められてた。


 だから閉店は致し方なかったのかも知れない。踏ん張る事ができない。人にはそういう時があるもんね。


 耕介はそんな陸人を見かねて会社に引っ張り込んだんだ。


 一重にお人好しの耕介、それに加えて金持ちの道楽に手を出した的な……。


 つまり珈琲好きの耕介はお抱えバリスタを雇ったって事、すごいだろ。


 店を閉める時にはコーヒーマシーンっていうのかな、コーヒーメーカーとかドリップ用とか、その他店にあった物全部持ってきたんだ。

 

 カップとかもめちゃ良いものが揃ってるんだぜ。


 そんでもって、このダイニングルームは二十六畳もある広々とした空間だった。


そこにあたかも喫茶店……っていう空間を造ったんだ。

 喫茶店とダイニングの非日常と日常のコントラストはなんとも不思議な空間だ。


 お金があるっていいよね。理想の想いがげられるつうか、耕介は本当に優しい奴なんだ。


 さりげなく自分の為のようにして陸人の為の居場所を作ってやった。


 そうそうダイニングとカウンターキッチンの出入り口に取り付けてある半扉スイングドアも喫茶店で使ってた物を持ってきて付けたんだ。


 まさにリサイクル。何でもかんでもリサイクル。金持ちだからって、やたらめったら新品を買ったりしない。

 耕介ってそういう人なんだ。無駄遣いはしない人。誇らしいね。


 いい匂いがしてきたな。で、ふと思う。


 どうして俺には訊かないんだろか?


 俺の!俺様の今日の予定、頬をぽりぽりっと掻いて耕介を見ると目が合った。


「どうして俺にはなにも訊かないのかな」


「なにを」


「俺の予定」


「お前に予定なんてあるのか?」


「一応あるかもしれないじゃん」


「じゃあ言ってみろ」


 何故か梧平がにやけた顔して俺のことを、ちらちら見ている。


「ねぇ、なに!ちら見してんのよ」


 梧平は知らん顔して残飯整理している。


「ねぇまだ食うの?にやけた顔して」


「にやけた顔してっか?そうか、美味えからだろ」


「なぁ梧平君ちょっと食い過ぎじゃねえ、糖尿病になったらどうすんの!」


「なるか!糖尿病なんか!おめえに予定なんかねえだろ。料理本見てるか、3分クッキング見てるか、寝てるか、はははははぁーあ、無趣味ヤロー」


「無趣味じゃあないし!料理が趣味なの!そんな美味いもん食えるの誰のおかげだと思ってんだ。もう作ってやんねえからな」


「なあ!おめえらよ。毎度毎度!それはテメェらの土曜のルーティンなのか!何度も同じこと聞かせんじゃねえ!」


 さをりが捲し立てるように暴言を吐く、


「ばーか、お前、怒られてやんの」


 梧平が目を細めて睨んできた。


「フン!俺じゃないし、梧平君が悪いの!梧平君が怒られたの!」


 外方そっぽを向く瞬間に耕介と目があった。俺のことじっと見ている。


「なにか予定はあるのか」


「別にない」


「ほれみろや、予定なんてないつうんだよ。無趣味やろーには」


 俺と梧平は睨み合って「フン!」と互いに外方そっぽを向いた。


「予定がないなら、ぶんき書店が新装開店したらしい。乗せて行ってくれないか」


 いつもの調子平常心、どんなに場が荒れていても平常心なんだ。


「はい!本屋行きましょう」


 こうして俺様の本日の予定ができた。


 梧平を見ると梧平はまるで的場浩司の如くおっかねえ顔して俺を見ている。


 俺は満面の笑みでVサインで仕返ししてやる。


 陸人はみんなに其々の好みの珈琲を淹れてテーブルに置いてくれる。


 耕介は幸せそうに湯気とともに立ち上がる香りを嗅ぎ、京仁も全く同じことする。


 何故なら耕介の真似をしていれば何もかもパーフェクトだからだ。


 社交の場で恥をかく事はない。


 だから利喜りきかけるも真似をする。


 勿論、俺もしっかり行儀作法は真似しのになる。


 しかし梧平は全く我関せずで自己流を崩さない。元ヤーさんはそんなもんなんだろう。陸人が自分の席に座って、


「社長、自分は珈琲を仕入れに行きたいので社用車使用します」


「別に毎回許可なんて取らなくていいから、必要な時は好きに使ったらいいんだぞ」


「おい、珈琲の買い出しは、何時に出るんだ。あたしを駅まで乗せていけ!」


「何時に待ち合わせしてるんです」


「あんた次第」


 俺はこのやり取りを聞いていると、陸人が可哀想に思う。


 折角の休日なのに、自由に行動したいだろうに、さをりに歩調を合わせなくてはならない、別に彼女でもなんでもないのにね。


「あたい」のいう事には従えみたいな暗示にかけられているからだ。


「何時でもいい、お前が出かける時に合わせる。気にするな」


 陸人が困っている。めちゃくちゃ眉間に皺を寄せて悩んでいる。


 この女サディストだ。拷問だ。男を甚振いたぶって楽しんでる。

 

 快感に満ちた目が怖い〜。さをりの頬がピクリと動く、笑いを堪えているんだ。

 陸人負けるなよ。


「待ち合わせの時間ってものがあるだろうよ」


 助っ人、利喜りきの登場だ。


「あん?おめえに聞いてねえだろ。陸人の出かける時間でいいって言ってんだからよ」


「友達と待ち合わせなんだろ。待ち合わせ時間ってのは決めるてるもんだろ。陸人さんの時間に合わせるって……お前は馬鹿か!」


 隣同士の席、睨み合う顔が近過ぎるじゃん!喧嘩勃発、一瞬先は闇だ。


「お前に馬鹿呼ばわりされる筋合いねえんだよ!」


 さをりと利喜りきは共に経理部なんだけど、どうにも馬が合わないというか……。水と油というか……。マジで反りが合わない。


 なのに耕介は気にも留めず二人を離さず、同じ仕事をさせている。

 そして知らん顔で珈琲を味わっている。


 まあ、これも恒例行事みたいなものだから誰も気にせず、喧嘩も止めもせず。


 案外、さをりと利喜りきのやり取りは夜の酒の肴になるようなそんな感じです。


 これが一本島家の休日土曜の始まりです。

 




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