SCENE-007 >> ワルプルギスの夕べ

 その後、何事もなかったかのようはじまった退場アナウンスに従い、イベントが行われていた会場の外へ出ると。今日のイベントのために突貫で幻世の街並みが再現された空き地――AWO開発運営公式イユンクスの母体であるが保有する人工島の新造区画――は、なかなか愉快なことになっていた。


「誰よ、ワイバーンなんて召喚したのは」

 怪獣映画さながらに頭上を飛び回っているワイバーン――前脚に皮膜が張っているタイプの――は、地上にいる誰かを獲物と定めてタゲっているらしく、ギャーギャーとけたたましく鳴きながら降下してきては魔法や矢弾を射かけられ、たまらず上空へ逃げていく……という、先の見えた行動を繰り返している。

 ……プレイヤーと敵対してるなら、誰かの使い魔ってことはないだろうし……召喚石でも使った?

「アイテムが使えるか試してみるにしたって、もうちょっと手頃なのがあったでしょ」

 うっかり火の粉が飛んで来やしないかと、自衛のために否応なく意識を向けざるを得ない交戦風景を遠巻きに眺めながら。傍迷惑な連中だとぼやいた私に、隣に立たせて人避けに使っていたユージンが、ちらりと物言いたげな目を向けてくる。


 お前が言えた義理か? とでも言いたげなユージンの視線を、ワイバーンの下にいる連中ほど傍迷惑な振る舞いをしたつもりのない私が思いっきりシカトしていると。私が羽織ったローブのフードにすっぽり収まって、今の今まで大人しくしていたカガリがもぞもぞと動き出し、フードの中から出てきて、一般的なスライムより気持ちとしたアンバースライムのボディを、蜂蜜が垂れ落ちるような動きでとろーっと地面に垂らした。


 その他大勢の観客に揉まれながら会場を出るまでの間、フードの中で大人しくしているように言った私の言葉の有効範囲は既に脱したと、そういう判断を自分で下したらしい。

 〔増殖〕スキルの力も借りながら、みるみる質量を増していったアンバースライムが、うっすらと靄がかかったように見えるほど濃密な魔力の気配を纏わり付かせながら金髪エルフの姿へ〔擬態〕する。

「ミリー」

 ユージンが立っている反対側からするっ、と私の腰に腕を回して抱きついてきたカガリは、その服装を、周囲から浮かない程度にラフなものへと着替えていた。

「あいつらが目障りなら、僕が片付けてきてあげようか?」

 冗談めかせた軽い口振りだろうと、カガリに二言はない。


 そろそろ死に体のワイバーンが一体と、現世でのスキル解放にはしゃぐプレイヤーが何十人か。

 それくらいなら、カガリは簡単に平らげてしまえる。


 あの中にカガリを投入しようものなら、ワイバーンを嬲るプレイヤーの比ではない、一方的な虐殺になるとわかっているから。

 暴れたくてうずうずしているらしいカガリの頭を引き寄せて。その尖り耳に、私は努めて甘く囁いた。

「余所見しないで、ちゃんと私の傍にいて」

 そうじゃないと送り返しちゃうわよ、と。結局のところ、言っていることはさっきまでと変わらない。

 それでも、カガリはがらりと表情を変えて。無邪気な子供のよう喜色満面の顔を、ぎゅうぎゅうと抱きしめた私にすり寄せた。

「はぁい」

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