SCENE-006
空中に描き出されて、魔力の輝きを放っているマジックサークルからぽよんっ、と飛び下りてきたカガリのスライムボディが、床へと落ちていく途中でぶわっ、と質量を増して。みるみる形を変えていく。
〔擬態〕スキルを使い、その本性であるアンバースライムから、いつか捕食した金髪エルフのそれへ。
姿形だけではなく服や装備まで丸ごと完璧に〔擬態〕したカガリが、認識阻害効果の付与されたローブを被った私に、その蜜色の目を迷うことなく向けてくる。
「ミリー」
ユージンの危惧は、半分だけ当たっていた。
「その男、ミリーの何?」
私のことはわかっても、ユージンがカガリとも面識のあるプレイヤー――その『中の人』――だとはわからなかったらしい。
「チッ」
すぐ傍から盛大な舌打ちの音が聞こえてきたかと思えば。お腹をぐっ、と締めつけられ、突然の浮遊感が体を襲う。
「きゃあっ!」
ユージンに投げ飛ばされたのだと気付いた時には、私の体はカガリの腕に抱き留められていた。
「ミリー、大丈夫?」
ゲームの中ならまだしも、現実で目の当たりにすると目も眩むような美貌の青年が、作り物めいて整ったその容貌に鮮やかな感情の色を浮かべ、心の底から心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
「びっくりした……」
「ミリーに乱暴するなんて、悪い奴だね。僕が来たから、もう大丈夫だよ」
ユージンの動きにまったく反応できなかった私の鈍臭さを笑うどころか、怖い目に遭ったね、と真剣に慰めてくれる声や、私に触れてくる手つきはこれでもかと甘く、優しいのに。
すっ、と顔を上げ、私からユージンへと移ったカガリの視線ときたら。
「いらないのはぜーんぶ片付けちゃうからね」
ツンドラもかくやという冷たさに、それを向けられたわけでもない私の方がぶるりときた。
「
カガリの手綱を握っている私に対して、そう釘を刺しつつ。ユージンはカガリから少しも視線を逸らすことなく、自分のインベントリから引っ張り出した装備品を身に付けはじめている。
周囲にも、同じように武装をはじめている観客――幻世のどこかですれ違ったことがあるかもしれない、アバターの『中の人』たち――がちらほらといて。
カガリはまだ何もしていないのに、まるで凶悪指名手配犯とばったり出会しでもしたかのような周囲の警戒っぷりが、その悪名高さを如実に物語っていた。
ゲームはゲームと割り切って、わりと好き放題やっていた――というか、カガリの好きにさせていた――私にも責任がないとは思わないけど。リアルでも同じようにカガリを放任しておくと思われているのだとしたら、さすがに心外だ。
「カガリ、ここでは誰にも怪我させちゃだめ」
「……どうして?」
「私がそうしてほしくないから」
説得というにはあんまりな感情論を私が振りかざしても、カガリは気にしなかった。
「どうしても、だめ?」
「私の言うことが聞けないなら送還する」
実際、それができるのかはわからないけど。呼び寄せることができるなら、カガリを送り返すこともきっとできるに違いない。
少なくとも私がそのつもりでいることが伝われば、私のことをこんなところに一人で残していけるはずもないカガリは折れるしかない。
そう考えた私の信用と甘えを、カガリが裏切ることはなかった。
「仕方ないなぁ……」
本当に、心底仕方がなさそうに。これみよがしの溜め息まで吐いたカガリが、両手を使ってぎゅうぎゅうに抱きしめた私へ頬をすり寄せてくる。
「ミリーがそこまで言うなら我慢するけど。もしもミリーが攻撃されたりしたら、その時は反撃するからね」
その場合はさすがに正当防衛だろうと、私もカガリの言葉に頷いた。
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