SCENE-005

 システムアシストによって一切の苦労なく描き出されたマジックサークル――同じことをマニュアルでやろうとすると、まず基本の『円』を描き出すところから、びっくりするほど難しい――が、私の前に一匹のスライムを引きずり出す。

 琥珀色に透き通ったボディを持つ、幻世ではまだこの一匹しか確認されていない特異個体ユニークモンスターを。


「カガリ――」

「おい、よせ」

 召喚用のマジックサークルから飛び出してきた琥珀色のスライムアンバースライムを受け止めようと伸ばしかけた手は、ほんのついさっきまで、自分一人の力ではまともに立っていることもできないほど調子を崩していた私のことを、半ば抱きかかえるよう支えているユージンによって阻まれて。

 召喚スペースを確保するため、観客の頭上に描き出されたマジックサークルから体ごと顔を背けさせるよう。私のことを、ユージンは自分の胸元へときつく抱き込んだ。

「ちょっと、なに? 具合ならもう大丈夫だから――」

「お前、とは顔が違うだろ」

 目の前でどんなに非現実的なことが起きようと、相変わらず、動揺する素振りも見せず。冷静なまま。

 少なくとも傍目にはそう見えているユージンの言葉に、それもそうだと納得したところで、後の祭りだ。

「今更そんなこと言ったって……」

 カガリは既に召喚されている。カガリ自身に、私がカガリの主人――AWOでは『バーミリオン』と名乗っているプレイヤー――であることを認めさせることができなければ、大変なことになる。

 ……ファミリアとして召喚できたってことは使役の契約が生きてるってことだから、契約のパスを辿れば、たとえ見た目が違ってもカガリには自分の主人が誰か、ちゃんとわかるはずだけど……。

 幻世の常識をそっくりそのまま現世に当てはめていいのかどうか。そこのところに自信はない。

「あと、このままだとお前、顔バレするぞ」

「あっ」

 それは困ると、何気なくインベントリに手を突っ込んで。認識阻害効果が付与されている装備を引っ張り出してから。遅れ馳せ、「インベントリも使えるんだ」と気が付いた。

 ……ゲームなら『あって当然』くらいに考えてたけど、いざリアルで使えるとなると便利すぎる……。




 なんだかんだ、カガリについては「ご主人さまわたしのことがわからないなんてことはないだろう」と悠長に構えている私が、自分の身バレ対策を優先している間にも。カガリが召喚されたことに気付いた周囲の観客は、控えめに言って騒然となっていた。


「【ライラプス】だ!」

 NPCだてらに、過去のイベント絡みで公式から二つ名をもらっているカガリは、AWOの非公式Wikiに個人ページがあるくらいの、ちょっとした有名魔物ゆうめいじんなので。アンバースライムというユニーク個体であることも手伝って、その姿を一目見て正体を言い当てられることにはなんの不思議もない。

 そして。周囲にひしめいている観客の一人が騒ぎ出すと、そのはものすごい勢いで伝播した。

「やばいやばいやばい」

「【ライラプス】が出た!」

「下がれ!! 死にたいのか!」

「なんでこんなところで【ライラプス】なんて召喚しやがった!?」

 怒号や悲鳴じみた声がそこかしこから聞こえはじめて。あっという間に、私たちの周囲から波が引くよう人が捌けていく。

 ……その反応は、さすがにどうかと思うけど。

 とはいえ、元々が満員御礼なイベント会場内でのことだ。

 怪我人でもでるんじゃないかと心配になるほどの勢いで私たちの周囲にぽっかりと生まれたスペースはせいぜいが数メートル四方の、ちょっとしたものでしかない。


 それでも、私に呼び出されたカガリが体勢を整えるには充分だった。

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