SCENE-002

 不思議な緊張感を孕む静けさの中。壇上の『魔女』が捧げ持つよう頭上へ掲げた杖からぐわんっ、と『何か』が放たれて。

 その、目には見えない『何か』が波のよう押し寄せてくる不思議な感覚に、それまでなんともなかった頭がくらりとした。

「っ……」

 自力でなんとか踏み留まろうとはしたものの、私一人の力ではどうにもならなくて。

 押し寄せてくる『何か』の圧にぐらっ、とよろけ、崩れ落ちそうになった体を、隣のスペースから伸ばされた男の腕にがしっ、と掴まれて。力強く支えられる。

「大丈夫か?」

「うん……」

 無遠慮に触れてくる手の主は知っている相手だ。

 私にとっては警戒する理由も意味もない、義理の兄。

 イベント会場へ一緒に来ていた――正確には、私のひきこもりっぷりを知っているので無事に家まで帰りつけるか心配のあまりついてきた――ユージンの声に頷きながらも、地面がぐらぐらと揺れているような感覚は一向に収まる気配がなくて。

 私の様子がおかしいことをユージンもわかっているように、気を抜けば座り込みそうになる私の体を抱き寄せた。

「パニックになった観客に踏み潰されたくなかったら、堪えろよ」

「怖いこと言わないで……」

 を感じているのは、私だけではなかったようで。周囲からは人が倒れたぞ、と叫ぶ声や悲鳴がちらほらと聞こえてくる。


 目眩に続いてずきずきと頭痛までしてきた頭に手をやりながら、顔を上げると。壇上から『杖を持つ魔女』の姿は忽然と消えてなくなっていた。

 人の身の丈よりも長大な杖だけが、支える手もないのに直立した状態でその場に残されている。

「うっ……」

 思わず膝を折ってしまいそうになるような、見えない圧力を伴った『何かちから』は、残された杖から継続的に放たれているよう、私には感じられた。


 見つめていると、まるで警鐘のような頭痛が酷くなるのに。一度視界に捉えてしまうと、その杖から目を離すことも出来なくて。

 ……苦しい……っ。

 割れそうなほど痛む頭にくらっ、と遠退きそうになった意識は、すんでの所で目の前に翳された手の平と、耳から吹き込まれる落ち着き払った男の声によって引き止められた。

「目を閉じろ。感覚を閉ざして、自分のことに集中するんだ」

 ……いっそ、気絶させてほしい。

 本音はだけど。この状況で弱音を吐くのも、平静を保っている――もしかすると、義妹わたしの手前、そう装っているだけなのかもしれない――ユージンに悪い気がして。

 言われたとおりにすると。杖を見つめている間に酷くなっていた頭痛や地面がぐらぐらと揺れているような感覚は、なんとか我慢できるほどにまで、徐々に収まっていった。


「いったい、何が起きてるの……?」

 私と同じ立場の、今日のイベントに関しては単なる観客でしかないユージンから何かしらの『回答こたえ』が得られることを期待していたわけではない。

 ただ、黙っていることもできなくて。独り言に近いものがあった私の言葉へ、まるで応えるよう、はどこからともなく聞こえてきた。

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