第8話

 少し話は脱線してしまったが、僕の人生が大きく変わる事件?があった。

 その日は、雪が積もっている寒い夜だった。今日も夫婦喧嘩が始まった。どんなに日常的に夫婦喧嘩を見ていても、慣れるということは一切ない。もしかしたら、もう少し中学年くらい大きくなっていれば無関心でいられたのかもしれない。けれども、小学校中学年だった当時の僕には、小さい頃から感じる感情や恐怖と全く同じだった。

 激しい喧嘩のときなんかは、トイレにこもって、神様なんて信じてもいないのに、こんな時だけ「神様、助けてください。」なんてトイレの中でお祈りなんてのもしていた。

 ただ、この日の喧嘩はいつもとは違っていた。子どもたちを連れて出て行こうと母親が必死になっていたが、父親に押し戻されたり、誰か子どもが捕まったりして外に出れなかった。頻繁ではないが、ここまではよくあることだった。

 決定的に違ったのは、母親が父親に「殺してやる。」と言い放って、叫んで取り乱した。

 父親もいつもと違う雰囲気を感じたのか、ベランダに包丁等の凶器になりそうなものを投げていた。

 母親が何か叫びながら父親に掴みかかっていた。

 もう限界だった。あの時、本当にどうかなってしまうんじゃないかって僕自身もパニックになっていたと思う。

 「僕たちは出ていかないから、お母さん一人で出て行ってよ。」と僕は何度も何度も叫んだ。本当は、母親と一緒に居たい。でも、こうでもしないと二人を引き剥がせないと思ったから心にもないことをたくさん叫んだ。母親がその時どんな反応をしていたのかは記憶がない。けど、喧嘩は収まらなかった。

 次の瞬間、僕はベランダから外に飛び出し、ベランダの柵を越えて、裸足のまま走った。運動神経には自信があったので、とにかく全速力で走った。いわゆる団地の一階に住んでいたので、そのまま坂を転げながらも走りきり、10分位走った先にある交番へと向かった。どうしてそんな行動をとったのか覚えていないが、とにかく必死だったんだと思う。本能的に行動をしていた。そして、初めて他人に頼ろうとしていた。

 だけど、着いた先の交番には誰もいなかった。でも諦めなかった。僕は、少し先にある消防署へと向かった。

 消防署を尋ねると、たぶん消防士だったと思う人が出てきて対応してくれた。どうやら、夜遅くに交番をウロウロしていたのを見ていたらしい。

 消防士の人がたぶん警察に連絡してくれたようで、消防署の中で少し待たせてもらった。必死過ぎて気がつかなかったが、肘も擦りむけて、服もびしょびしょ、足も血だらけで応急処置をしてもらったのを覚えている。

 その後、パトカーに乗って家へと向かった。きっと警察の人がなんとかしてくれると思ったが、少し話して警察の人は帰っていった。本当に絶望したのを覚えている。

 警察が帰ると父親は、僕の耳を引っ張って持ち上げた。そして、ゲンコツを頭にくらった。持ち上げれた僕の左耳の耳たぶ裏が千切れて出血した。

 その後、どうだったのか全く思い出せないけど、僕の心の何かが壊れたのを今でも覚えている。他人に頼ってもどうにもならないし、ただただ、もう限界だった。自分でなんとかしないととこの日固く誓った。

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