(11)

「おい、面倒だから、まとめてお得意の魔法で何とかしろ」

 黒一色の暗殺者だか忍者だかと、白いジャージの燃えよデブゴンの2人組は、とんでもなく身のこなしが軽い。

 久米に有効打を与えるまでには行ってないが……逆に久米の攻撃も中々当たらない。

 黒一色の方は、時々、刀で久米の爪を受けてるが……何だ、あの刀? ボディアーマーを易々と斬り裂く久米の爪を受けきってやがる。

「けど、そいつら気配を隠す魔法か何かを使ってて……」

「1匹づつ狙う魔法が駄目なら……娑婆に居た時、似たような事が有った……

「待て……何言ってる?」

「やれ。折角、お前の見せ場を作ってやろうってんだ。ありがたくブッはなせ」

「ちくしょう、お前が言い出したんだぞ。どうなっても知らねえぞ」

 俺は丹田に「気」を溜めて……。

「吽ッ‼」

 「気」による攻撃は……一種の呪詛だ。

 単体または少数の特定の敵を狙うには……相手の気配を捉える必要が有る。

 いわば、これは特定の相手への呪詛。

 だが、今回、俺が使ったのは……言うなれば、一定範囲内の「空間」に一時的な呪詛をかける術だ。

 これなら、相手の気配を捉えてなくても、その範囲内に相手が入れば、一応は命中あたる。

 ただ、問題点が2つ。

 その範囲内に味方が入れば巻き込む。

 そして、威力は気配を捉えた相手を狙うのに比べて、格段に落ちる。

 だが……。

 闇の中に浮かび上がったモノが有った。

 もっとも、物理的実体は無いし、本当に何かが光ってる訳でもねえ。

 ある特定の人為的に作られた「気」のパターン……この場合は敵の衣服なり持ってる護符なりにかかってる「防御魔法」を俺の脳が視覚に変換しているだけだ。

 それは……敵1人につき2種類の「呪文」というか「呪紋」。

 もし、俺が全く知らない術なら……俺の脳は「何かよく訳の判らないモノ」に変換しただろう。

 だが……それは見覚えの有る術だ。

 1つは……梵字で描かれた真言に見える……。

 多分、流派は……俺と同じ天台密教系。

 摩利支天を本尊とする隠形……「気」「霊力」「魔力」を隠す呪法だ。

 そして、もう1つは……「田」「九」「⼛」を合せたような……「鬼」を意味する古い漢字。

 日蓮宗で「鬼子母神」を表す文字だ。

 おそらく、この2人は、2種類の防御魔法で護られている。

 気配を隠す摩利支天の呪法と、魔法的・霊的攻撃を純粋に防御する日蓮宗系の鬼子母神の呪法。

 待て……。

 知ってるぞ……両方とも……。

 摩利支天の方は……俺が臭い飯を食う切っ掛けになった事件に関わってた奴の得意な術。

 そして、鬼子母神の方は……「本土」の「正義の味方」が使ってるのを見た事が……正確には、こいつも俺が逮捕された原因の1人だが……。

「おい……効いてねえのかよ?」

 久米の方はピンピンしてる。

 何で気付かなかったんだろ?

 たしかに、そうなるわな……。

 あいつは「気」を操る「技術」こそ身に付けてないが、単純な「気」の量は、下手な達人クラスの同業者魔法使い数人分。

 俺程度の魔法による攻撃なんて……喩えるなら格闘技こそやってないが一〇〇㎏を超える筋肉の塊のアスリートを、ストロー級のボクサーが殴るようなモノ。

 効く訳がねえ。

 だが、効いてねえのは久米だけじゃなかった。

 そこそこ以上の防御魔法で護られてる奴に、通常より威力が小さ目の攻撃をしても……残念ながら、その防御魔法を破るには……。

悪いわりい、同じ攻撃を、あと2〜3発……うわっ?」

 いつの間にか……目の前に黒装束の……ん?

 この体型からして……七三ぐらいで女の可能性が高い。

 それに……よく見ると……手にしてるのは……日本刀ポンとうに似てるが日本刀ポンとうじゃねえ。

 峰の部分がノコギリになってる中二病チックな……。

「うがああああッ‼」

 脳内に守護尊である烏枢沙摩明王の種子しゅじを思い浮かべ……無理矢理、火事場の馬鹿力を引き出し……そして……。

 火事場の馬鹿力を戦略的撤退に全振り。

「おい、何、逃げてる?」

 久米の怒鳴り声。

 うるせえ……。

 似た刀を見た事が有る。

 これまた「本土」の「正義の味方」が使ってたヤツだ。

 日本刀に似てるが……普通の刃とノコギリの諸刃。

 普通の刃の方は……通常の人間用。ノコギリの方は……切れ味の悪い刃物で無理矢理斬ったようなズタボロの傷口になる。

 この傷口だと……高速治癒能力持ちでも、塞がるのに時間がかかる。

 まして、普通の人間は……。

「おい……」

 その時、黒装束の声。

 声からすると……俺の予想通り女みたいだが……。

「お前、いつ脱獄した?」

 へっ?

 俺の知ってる……ん? 待て……もう片方の動けるデブって……たしか……。

「待って下さい」

 その時、姐さんの声。

「寛永寺僧伽・見明院の院主の摩由璃と申します。その2名は、御徒町刑務所の囚人部隊の者で、現在、この船に乗っている、ある人達の護衛の任務に就いています」

 その声には……多少の「言霊」が含まれている。

 精神操作への耐性が低い者なら……それだけで攻撃の手を緩めてくれるだろうが……この2人には……効くだろうか?

「やれやれ……そう言う事か……。でも、連絡ぐらいもらえりゃ、もっと良かったが……」

 白装束のデブがそう言った。

「残念ながら……我々も状況を完全に把握している訳ではありませんし……この船内では、外部との通信に支障が生じています」

「そっか……あ、知ってるかも知れねえが……『渋谷区』の『原宿Heads』と『新宿区』の『四谷百人組』のもんだ……。とりあえず、情報共有といくか……」

「まず、こっちから情報を提供する。この船から7〜8㎞離れた所に……国籍不明の船が居る。上空のヘリは、そこから飛んで来たらしい」

 2人組は……そう説明した。

「どんな船ですか?」

「ああ、そうだね……。、大きさも武装もそれほどじゃない……って感じかな?」

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