第56話

「さて……はくは他にも聴くことあるかしら?」

 安堵していたボクへお母さんが問いかけてくる。んー……モモカの記憶を戻す方法は分かったし、これ以上このクソ親父ドブカスと喋る理由もない。

「特に無いや。お母さんは?」

「無いわね。言い訳は聞き飽きたもの」

 そういってお母さんはカスの方へ車椅子を移動させる。

「ねぇ八雲やくもさん。この間私が言ったことを覚えているかしら?」

「……覚えているとも」

「なら、言いたいことは分かるわよね」

 拘束され身動きの取れないカスの鼻先に、車椅子のタイヤを近づける。表情こそ柔和にゅうわだが、目は笑っていない。

「……一応聴いておこう」

「私はいばらとして、あなたから全ての名を剥奪はくだつします。鑪場たたらばだけでなく、八雲という名さえも」

 冷たく微笑むお母さんに対して、カスは小さくに笑い始める。

「クククッ……本当にできると思っているのか? 例え私が鑪場で無くなっても、吸血鬼は私を必要としている! 全ての名を取り上げることなど、できる訳がないだろう!」

「あら残念。あなたの支持者は、もう誰1人として居ないわ」

「……は?」

 本当のことよ、とお母さんは言い、一息置いて話を続ける。

「もう誰も、あなたを鑪場どころか、1人の吸血鬼として認めていないの。それこそ私でさえ」

「……」

 何も言えなくなったカスに、お母さんは服のポケットからお札の様な物を取り出して乗せる。

「ま、待ってくれ……こく!」

「それじゃあ、さようなら八雲さん」

 お母さんがそう言うと、お札の様な物は光を放って塵になる。なんかボクの知らん世界が広がってる……。

「これであなたからは、全ての名を奪いました。これは吸血鬼の総意です。さて……秋葉あきはちゃん、お願いしていいかしら」

 お母さんに声を掛けられると、天城あまぎさんは嬉しそうに耳と尻尾を動かし始める。

「もう幽世かくりよへ送ってしまっていいのか?」

「えぇ、お願い」

「……幽世?」

 冷や汗を浮かべながらカスが口を開く。

「あら意外、知らなかったのね。そうねぇ……簡単に言うなら、永遠に変わることの無い世界かしら」

「私がそこへ送られて何になる?」

「あなたの聡明そうめいさは、何時から無くなってしまったのかしらね……」

 ヤレヤレと言った感じにお母さんは溜息ためいきをつく。

「諦めの悪いあなたのことだから、何かの手立てを用意してるでしょう? だから、このまま永久不変の世界に送って、生と死の輪廻りんねから外れて貰うわ」

「んなっ!?」

 お母さんの言葉に、カスは顔を青ざめる。

「もう一度考え直してくれないか!? 立場や名はどうでもいい! 頼む!!」

 バランスを崩し、カスは地面へと倒れ込む。そのまま藻掻もがくように必死にお母さんへと抗議をする。あぁ、見苦しいなコイツ。

「残念だけれど……とっくにもうその段階は終わったの。私言ったわよね『子供は親の操り人形じゃない』って」

「ぐっ……」

「親として子供の見本に成れず、吸血鬼としても古い矜持きょうじから変われない。変革について来れない者に居場所は無い……そう言ったのは昔のあなただったわね?」

 お母さんからの投げかけに反応はなく、カスは口を閉ざす。

「2度も待たせてしまってごめんなさいね秋葉ちゃん」

「こっちも準備があったし問題ない。それじゃあ鬼だった者よ、現世うつしよの見納めだな」

「……」

 天城さんに対しても、カスは何も応えない。自分の結末を受け入れたのか、ただうつむいている。

「過去の栄華えいがに固執した哀れな鬼の成れ果てよ、幽世で永劫えいごう彷徨さまよい続けるが良い」

 天城さんの鉤爪かぎづめ状に構えた手は、カスをなぞる様に弧を描く。バチバチと音を立てた後、ボクの瞬きと共にカスの姿は消えていた。

「んーっ! スッキリしたわね〜」

 これようやく安眠できるわ、と背伸びするお母さん。いくら吸血鬼と言っても疲労や病気には抗えない。それこそ睡眠不足にも。

「秋葉ちゃんもありがとうねぇ。私達じゃ、殺す以外の方法が無くて困ってたのよ」

「この程度は朝飯前。アヤツのせいで愛莉あいりが傷ついたからの」

 お母さんの発言が怖いし、それを軽く流す天城さんも怖いんだけど。

「さてと……いいのね珀? これからはあなたが『鑪場』になるわ」

「……うん」

 周りから勝手に言われていて、名前を継ぐ気は微塵みじんも無かった。だけど、これからもモモカを護る為には、手段なんて選んでいられない。

 吸血鬼のことわりに縛られたとしても、これからずっとモモカを護れるなら、ボクは犠牲になってもいい。






【後書き】

先週は急な腰痛でPCでの作業が出来ず、今週は階段から転げ落ちたりしていて更新が少し遅れました。呪われてるんですかね。

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