第54話

 振動と共にアラームが小さく鳴り、意識を覚醒させる。アラームを止め、ベッドの上で上半身を伸ばす。

 今の時刻は午前5時半を過ぎた所。いつも大体この時間に起きているけど、どうも早すぎる気がしてらない。学生寮に入ってる都合上、早起きの利点はさほど無いはずだけれど……まぁ、睡眠不足ということも無いから、朝にゆとりを持てると思っておけばいいだろう。

 口をゆすいで、朝食の準備をしようとした所で気付く。

「あー……またやっちゃった」

 は冷蔵庫を開けたまま1人ボヤく。

 昨晩の私は無意識で2人分の弁当を用意していたらしく、ひとり暮らしの小さめの冷蔵庫がそれなりに圧迫されている。というか、何故2人分の弁当箱を私は持っているのだろうか。手に取るとわかるが、予備というには使われ過ぎている。

 ここ1ヶ月半、私が学祭で倒れてからというものの、最低限1週間に1度は不可解な行動をしている。

 2人分の弁当箱に始まり、徒歩20分にも関わらずHRホームルーム開始の2時間前に家を出たりと、悪霊にでも取り憑かれたのかとかんぐってしまう程度には自分の行動が分からない。

「んー……夜に食べるしか無いか」

 軽く溜息ためいきをつき、扉を閉めて立ち上がる。アカネちゃん用に持っていっても良いけれど、急に弁当を用意されても迷惑だろう。たまに信楽しがらきさんがアカネちゃん用に作っているから本人は喜びそうなものだが、夕食分に残しておいた方が賢明に思える。忘れない内にメッセージアプリのメモ機能を使い、私は朝食の準備に取り掛かる。

 早起きとはいえ、のんびりと朝を過ごしていたら、スマホの時刻は登校時間の7時半を刺している。

「もう行かなきゃ」

 ローファーを履いて、登校する為に寮の玄関ホールへと降りていく。階段の途中で学生の喧騒けんそうが聴こえてくる。

 月曜日だからなのか、それとも3月だからなのか、人がいつもより多い。珍しい光景に私の様な帰宅部でも少しだけ感動を覚える。

「おはようございますモモカさん」

 ホールを抜けるとアカネちゃんが手を振りながら待っていてくれる。学際で倒れたことがあってから、心配だからと毎朝こうして待っていてくれる。

「おはようアカネちゃん~」

「今日は体調大丈夫ですか?」

「うん~今日も元気だよ~」

 前髪の隙間から心配そうに私を見つめてくる。この行動も、最近は恒例こうれいになりつつある。最初は申し訳無さが勝っていたけれど、今は嬉しさが勝っている。

 ふと脳裏をよぎる。私は誰かを待たせるのではなく、迎えに行って無かったかと。でもアカネちゃんとは同じ寮だし、迎えに行くより待っている方が普通に思える。

 なら、私は誰を迎えに行っていたのだろうか……?

「えっと……どうかしましたか? モモカさん」

「あ......ううん、なんでもないよ〜」

「うちに出来ることがあれば言ってくださいね!」

 アカネちゃんが声を掛けてくれたおかげで、変な思考が私の中から消えていく。更なる心配はかけるものじゃ無い。

「う〜ん......そしたらちょっとだけ考えておこうかな〜?」

 考えても思い付かないが、何故か懐かしい感覚を覚えて口元が緩む。



「信楽さん、小津おづさんおはよ〜」

 自分の席でカバンを降ろし、窓側の席で喋っている信楽さん達に声をかける。

「津名さんおっはー」

「おはよう津名さん」

「......あれ? 天城あまぎさんは今日も休み?」

 いつものメンツである、天城さんの姿をもう2週間以上見ていない。

「まーだ家の用事で学校来れないんだってさー。絶対アッキーずる休みだよ」

「秋葉はそんなことしない」

 信楽さんのボヤキに小津さんが冷たい視線を送る。

「知ってますぅー。言ってみただけですぅー」

 互いの態度に慣れているのか、それ以上干渉はせず、また別の話題に切り替えている。そういった存在が居ることを、少しうらやましいと思ってしまう。

「これが幼なじみかぁ......」

 つぶいた瞬間、2人の会話がピタリと止まった。何処どこか空気が重い。

「あの......モモカさん?」

「あ、おかえりアカネちゃん」

 トイレに行くと別れたアカネちゃんが教室にやってくる。一瞬、焦った顔をしていたのは気のせいだろうか。

「アカネちんおはよぉー」

「おはよあかね

「おはようございます」

 何事も無かった様に2人の空気は戻っていく。さっきのは何だったんだろうか。

 その後は特に変わったことも無く、いつもの様に授業を受け、いつもの様に皆で昼食を取り、午後の授業とHRを終えて放課後になる。

 クラスメイト達がまばらになっていく中、私は椅子に座ったままボンヤリと窓際の空席を眺めている。

「津名さん今日バイトじゃなかった?」

 帰ろうとしている小津さんに声を掛けられハッとなる。

「ごめんごめん、ボーッとしてた。ありがと~」

 バイトの時間まであまり余裕はない。何故だか少し名残惜なごりおしさを感じながら、私は自分の席から立ち上がった。





【後書き】

今日で連載を始めて1年経過したらしいです。休んでた期間もあるので実感は薄いですが、感慨深いですね。

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