第53話

「ふぅ……良かった」

 ゆっくりと寝息をたてるモモカのほおを指でなぞり、ボクは安堵あんどの溜息をつく。生命を感じなくなる程冷えきっていた様子を思い出し、胸がキュッと締め付けられる。

 天城さんがバケモノの首を消した後、クマ姉とお母さんがやって来て、冷えきって意識のない3人を担架で保健室へと運んだ。

 暑いくらい暖房の効いた部屋で介抱された信楽しがらきもみは、前後の記憶に多少の混濁こんだくはあったけど意識が戻った。2人とも身体への問題は無いらしい。

 それから3時間、モモカはまだ目覚めない。クマ姉曰く、どうなるかは分からないとのこと。最悪、入院が必要になるとも言われた。

「大丈夫だといいな……」

 弱きなつぶやきをかき消すように、保健室の扉がガラリと開く。

「失礼します。モモカさんの容態はどうですか?」

 丸椅子をきしませながら、アカネがボクの隣へ座る。信楽を送って戻ってきたみたいだ。

「まだ眠ってる。無事を祈るしか無いってクマ姉が」

「そう……ですか。うちに出来ることがあったら言ってくださいハクさん」

 何でもします、と言うアカネの顔は今にも泣き出しそうだ。きっとボクも同じ表情なんだろう。なんか情けないやボク。

「えっと……お茶か珈琲でも飲みますか? 先生から許可も貰ってますし」

 5分程沈黙が続き、重い空気を払う為かアカネがそう切り出してくれる。

「そしたら今日はお茶にしとこうかな、3人分お願いしてもいい?」

「3人分ですか? モモカさんの分……?」

「じゃなくて、天城あまぎさんの分。居るんでしょ?」

「ありゃ、バレてたかー」

 開かれたままの扉からヒョッコリとニコニコした顔を天城さんはのぞかせる。彼女からはとっくに耳と尻尾が消えている。



「んで、そろそろ説明して貰ってもいいかな、天城さん」

「いいよー、どこから話そっか」

「天城さんの正体が知りたい」

「正体? そんな対したもんじゃないよー」

 そう言いながら、天城さんはれたてのお茶を息で冷まし続けている。猫舌なんだろうか。

「えっと……少なくとも、うちらと同じで人間では無いんですよね?」

「うん、そうだよー。アマキツネって種族」

「「アマキツネ……?」」

 アカネと2人してハテナが頭に浮かぶ。聞いたことはある様な気もするけど、思い出せない。

「分かりやすく言うなら……テングかなー。漢字の読みが違うだけだし」

「あー……でも、鼻長くない様な……?」

 アカネが言う通りテングのイメージは、鼻が長くて顔が赤い翼の生えた妖怪。

「あはははは! そりゃそうだよ! 勝手なイメージだもんアレ!」

 天城さんはお腹を抱えながら大声で笑う。保健室のドアを閉めておいてよかった。

「2人だって別にニンニクは食べるし、十字架とか効かないでしょー」

「それはまぁそうだけど......」

 少なくともボク達は、ニンニクや十字架がダメージになることは無い。

「それと同じだよー。イメージ通りの事実なんて無い」

「テングとの違いはわかったけど、結局あの耳はなんだったの?」

 天城さんは満足気な表情をしていたが、まだ足りないのでボクは気になっていたことを聴く。

「あー、えっとねー。アマキツネは修験者しゅげんしゃの一族なの」

「しゅげんしゃ......ってなんですか?」

「凄いパワーを手に入れる為に修行する人って言えばいいかなー。出版社じゃないよ?」

 山伏やまぶしが修験者に当たるんだったかな? 前にTVで見た記憶がある。

「それでまぁ、山にこもって修行するんだけどねー。アマキツネは人から離れる為に、獣の霊を憑かせて人格を作るんだー。それで人格が出てくると、耳とか尻尾が生えてくる感じなんだー。ニホンオオカミの霊が元になってるんだよ」

 ニホンオオカミも霊になったりするんだ……。それにしても、わざと2重人格になることで人じゃなくなるか。意外と人外ってボクの周りに多かったりするのかな。

「じゃーいばらさん。解答に満足貰えたなら、こっちからの質問いいかなー?」

「うん、いいよ」

「あの餓鬼がき……バケモノはどっから出てきた?」

 ギロリと天城さんが眼を見開き、獣の瞳で怒気どきを飛ばしてくる。

「確証は持てないけど……多分うちの父親が原因」

「またあの人ですか……」

 アカネがとても嫌そうな顔をする。ボクだって嫌だよ。あんなドブカスを父親だとは思いたくない。

「ほう……それでソイツは今どこに?」

「こっちでも調べてる。吸血鬼としても、かばう気は微塵みじんも無いよ」

 そういう訳だから殺気をボクに飛ばさないで欲しい。耳と尻尾がちょっと漏れてるから。

「見つけ次第、何かしらの処分をする予定なんだけどさ、天城さんもどう?」

「いいよー。そしたら……どの程度殺していい?」

 発言が怖い。どのくらい食べるか、みたいに聴いてくるのが余計に怖い。



「ハクさん急いでください!!」

 トイレから帰りに自販機でカフェインを吟味ぎんみしていた所、血相を変えたアカネがやってくる。

「え、どうしたのアカネ」

「モモカさんの目が覚めました!」

「っ!!」

 カフェインのことを脳からかなぐり捨てボクは走り出す。

「モモカ!!」

 飛び込む勢いで保健室に入ると、ボンヤリとした表情のモモカがベッドかで体を起こしている。

「大丈夫!? どっか怪我したりしてない!? ちゃんと手足は動く!?」

「え、えっと何の話? それになんで保健室に?」

 まだ状況が飲み込めてないのか困惑した様子のモモカ。そのタイミングでアカネが戻ってくる。

「ダメですよハクさん! モモカさん驚いてるじゃないですか」

「あ……そうかごめんモモカ」

 意識が戻ったばっかなんだから、ゆっくりと対応するべきなのに。

「えっと……その、アカネちゃん。この子は……誰?」

 震える指でモモカがボクを刺してくる。

「モモカさん何を……?」

 ボクは衝撃で声を出せなかった。

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