第52話

 小津おづさんに手を引かれながら、停電によって雑踏ざっとうとなった廊下を抜けて中庭に出る。舞台衣装のまま出てきてしまったせいで、すれ違うと「可愛い」や「綺麗」と言った賞賛が飛んできて壇上だんじょう以上に恥ずかしかった。

「おかしい……人が居ない」

 中庭に出た小津さんがボソリと呟く。確かに変だ、中庭のベンチは普段でも席が埋まる程度の人気ひとけはある。にもかかわらず、誰1人見当たらない。停電騒ぎがあったとはいえ妙だ。それに、晴れているのにゴロゴロと雷が鳴っているし、中庭がやけに寒い。

「やっぱり……」

 そう言って黙りこくる小津さんへ、ボクは疑問を飛ばす。

「やっぱりって?」

いばらさん。ちょっと私の動きをなぞってくれる?」

「? 良いけど……」

 小津さんは狐の形を両手で作り、耳が重なる様クロスさせてのぞく様に構える。四角い窓の様な形に指を開いた瞬間、顔を青くして中庭の奥まで走り出した。慌ててボクも同じ様に構えて覗くと、窓の向こうにはこの世の者とは思えない異形が居た。

 ボク2倍以上の体躯に、死体の様に白い肌と異様に伸びた腕、腹部だけが異様に膨らんだガリガリの体、額から生える赤黒い角が、人では無いバケモノことを主張している。

 バケモノから視線を外し、窓越しに小津さんの方を向くと、ボクはすぐさま指を解いて走り出し叫ぶ。

「モモカ!!」

 バケモノから離された場所にモモカが倒れていた。信楽しがらきもみも倒れており、川の字で並べられている。

 肌に触れると異様に冷たく、触れているだけでボクの体温すら奪われていく。辛うじて心臓は動いているのはわかるが、呼吸をしているかすら怪しい。

「どうしよう……!」

 信楽と樅に触れる小津さんは涙目になっている。ボクだってどうしたらいいかなんてわからない。保健室に連れて行こうと肩に触れると、頭上から怒号が飛んでくる。

「動かすでない!! まだ安全とは言えぬ!」

 驚いて声のする方へ向くと、黒い耳に黒い尻尾を生やした人が宙に静止し、毛を逆立てている。え、なにあれ。

弥子みこ! わぬしは久間くまを呼んで来い! 愛莉あいり達は一刻を争う!!」

 宙を浮く人は、背を向けたまま小津さんにクマ姉を呼ぶよう指示する。ボクには浮いてる人が天城あまぎさんに見える。でも口調は普段と違うし、耳と尻尾が生えてる。それにしては似てるけど……別人という可能性もある。

「わかった、先生呼んでくる! ……秋葉あきはも無茶しないで!」

「ハッ! 誰に言うておる!!」

 小津さんはそのまま廊下へと戻っていく。というか…うん、やっぱり天城さんで合ってたのか。きっと、ボクと同じで人間ではないんだろう。

「おい鬼!!」

「えっと……ボクのこと?」

「はん、他に誰が居ようか」

 まぁそれもそうか。吸血鬼も鬼って付いてるし。

「んで、何すりゃいいの天城さ……ん?」

「説明は後でしてやる、手伝え」

「何? あのバケモンぶっ飛ばせばいい?」

「話が早くて助かるな。わぬしの好女いろを傷つけたのはアレd「上等」」

 天城さんの言葉をさえぎり、地面を蹴ってバケモノへと跳ぶ。宙で体をひねってバケモノの頭部を蹴り落とす。体勢を崩し地面へと伏せたバケモノの首へ、そのまま踏み潰す様に着地した。着地の勢いでバケモノは少し地面にめり込んだ。

「レヽナニレヽ! ゃめз!」

 バケモノが何かわめいているが言語として聞き取れない。綺麗に目標へ着地したけど、残念ながら首を離すことはできなかった。

「これが当代の鬼の主か……あなどれんな」

 どこがだよ。とりあえず倒れたバケモノの腕をじ切ろうとしてるけど、どうも千切れない。人体(?)って意外と強靭きょうじんなんだな。

「レヽナニレヽレヽナニレヽゃめτ」

「ちょっと静かにしといてくんない?」

 捩じるのを止め、全力で引っ張り肩関節を外す。その独特な感触が不快で、投げる様に地面へ腕を落とす。力なくダラリとした腕は、不気味にうごめくと正常な位置へと戻る。うわ、キッショ……。

「ゃめτ<れ! ー⊂″ぅιτ≠彡レよξωナょ⊇ー⊂すゑωナニ″!」

 まじでコイツが何言ってるかわからん。腕は元に戻ってるし、だんだんとこっちがいじめてるみたいで怒りよりも困惑がまさってくる。

「鬼よ、コヤツは刀途とうずの者だ。物理的に倒すことはできぬ」

「それ先に言ってよ天城さん……ってか刀途って何?」

「あぁ、簡単に言えば三途の川のことだ。鬼の主だというのに、この程度も知らんのか?」 

 知らないよ。というか、勝手にボクを鬼の主にしないで欲しいんだけど。

「んで、どうするのこのバケモノ」

「才∠レよノヾヶモ丿ι″ゃナょレヽ!」

 天城さんにたずねながら指を刺すと、バケモノが何かを喚きだす。正直会話の邪魔なんだよなぁ。

「ナょωτ″才∠カゞ⊇ωナょめレニぁゎナょレヽー⊂レヽレナナょレヽωナニ″!」

「そのまま取り押さえてくれ。あれこれ喚くだろうが、コヤツの言葉は無視して構わん。所詮は亡者の戯言に過ぎぬ」

 まぁなんて言ってるか聞き取れないもんなぁ。天城さんの指示に従い、首元を踏みながら両腕を軽く引っ張る様にしてバケモノを押さえつける。

「そこまでしろとは言っとらんが……まぁいい、離すなよ」

 軽く呆れながら、天城さんは掌を鉤爪の様に構え、息をするどく吐きながら、頭部をぐようにゆっくりと一線を描く。

 バチバチと、何か弾ける様な音がすると、腐った肉が焼ける様な匂いが濃く漂い始める。先程までの場所に頭部はなく、首元に稲妻状の白い傷跡だけが残っている。

「これでもうコヤツは消える。首から下もちりになろうて、心配はいらん」

 匂いだけはしばらく残るがな、と笑いながら天城さんは言ってくる。天城さんの言動に、何故だかボクはボーッとしていた。

「どうした? ほうけてないではよせんか。3人が助からんぞ」

「あぁうん、そうだった。ごめんごめん」

 声を掛けられてハッとなる。モモカ達は一刻を争うんだった。クマ姉とか来た時に手伝わないと。






【後書き】

全く文章が書けず、2ヵ月程更新が滞っていました。また来週から定期的に更新していこうと思います。

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