第49話
時計を見ると11時半に届くかといた所。劇が始まる時間まではまだ時間がある。意味もなく人の少なくなった教室をうろついてしまう。クラスメイト達から送られる奇異の視線は気づいているが、どうにも落ち着けない。
「つ~なさん!」
「ひゃっ!?」
背後から両肩に手を載せられ、つい驚いてしまう。大きな音こそ鳴ったが、痛みはない。
動き回るわたしを止めてくれたのは
「ちょっと落ち着こーよ。
「え~、そんなことぉ……ないよ?」
嘘だ。学際とはいえ主役というポジションに注目度はあるだろうし、学外から来る人間も結構いる。それでいて今日は銀髪と来た。様々な条件が揃った中でハクちゃんが目立たない訳はない。
「別に恋人の心配をするのはわかるけどさー、荊が
「……それはそうかも」
実際ハクちゃんがわたし以外に
「おーい津名さーん。聞いてるー?」
「へ? あ、ごめん何~?」
ふとした疑問が脳裏をよぎったが、設楽さんに
「気を紛らわせたいなら、一緒にお昼とかどう? 劇の途中でお腹空いても困るじゃん?」
あたしサンドイッチ持ってきたんだー、と嬉しそうに弁当袋を設楽さんは掲げている。弁当袋は小さめだが、軽食として食べるのには丁度良いサイズに思える。
「いいよ~。そしたら中庭行こっか」
わたしは設楽さんの提案へ乗ることにした。気分転換にはなるだろう。持ってきた昼食はないが、今日は学園祭。食べ物に困ることは無い。
中庭に着くとそれなりに人が居た。私服や制服、クラスで作ったと思わしきTシャツを着ている人達と、かなりバラバラ。服装でグループが出来ているおかげで、わたし達の座れる箇所が見当たらない。
「うーん、教室戻る~?」
「えー折角中庭まで来たのにわざわざ戻るの? めんどくない?」
「それはそうなんだけど~……」
わたしの両手を
「おーい、シガっちゃーん!」
「ん~? あ、モミっちゃんじゃん!」
中庭の反対口から、両手にいくつものビニール袋を提げた長身の女子が声を掛けてくる。制服ではあるが、学園祭の雰囲気に呑まれているのか盛大に着崩されている。
「やほー、何してんの?」
「中庭でご飯にしようと思ってたんだけどさー、どっこも開いてないの。んで困ってた」
設楽さんと親し気な様子を見るからに同学年……だと思う。クラスメイトではないことは確かだ。
「ならいい場所知ってるよ! そん代わり、あーしも混ぜてー!」
「えっマジ? 助かるわ~」
ビニール袋ごと右手を振り回しながら、長身女子は校舎裏の方を示す。袋の中身は不明だが、入ってるものが無事かどうかは気にしないのだろうか。
「シガっちゃんこっちこっちー。津名ちゃんもほら早く早く」
そういって長身女子はくるりと校舎裏へ向き直り歩いていく。……どうしよう、わたしは覚えていないけれど、会ったことがあるのかもしれない。
案内された校舎裏には、古ぼけたベンチとこれまた古い煙草の吸い殻入れが、近くまで寄らないと見えないように並べられていた。
「ここがあーしの秘境スポット!」
長身女子はドヤ顔をわたし達に向けてくる。使って良いのだろうか。
「モミっちゃん、これさ……先生があたしらにバレないようにしてる所じゃない?」
設楽さんの言う通り、どうみても先生が使っているものだ。経年劣化の様子を見るに、それなりの年数は経っている。
「だいじょーぶ。あーしの担任に許可貰ってるから」
笑顔でVサインを見せつけてくるが、貰った許可というのは正当なものなのだろうか。
「へーきへーき、ほら座ってよ。シガっちゃんは右側で、あーしは左側。んで津名ちゃんは真ん中ね!」
とてもフレンドリーに接してくれるのだが、大変申し訳がない。全く見覚えがないのだ。
「モミっちゃんってさー、津名さんと面識あったんだ? 結構意外なんだけど」
「え? 無いよ? あーし今日初めて話した!」
話してすらいないと思うのだけれど、彼女にとってはさっきまでの行動が話したことになるのだろうか。それとも単純に、わたしのコミュニケーション能力が不足しているのか。
同情の視線を向けてくる設楽さんへ、わたしは愛想笑いを向けることしかできない。
【後書き】
高校の頃の学際は、1年生だけ飲食物が禁止でした。提供できても未調理品のみだったんですが、他もそんなもんなんでしょうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます