第48話

 体育館傍にある部室棟の一室で、小津おづさんからアリスの衣装を着たボクの写真を見せられる。

「はー……案外似合うもんなんだな」

 自分の姿だというのに思わず感心してしまう。マリンブルーのエプロンドレスは、銀色の髪が違和感なく噛み合っている。髪色の心配は杞憂きゆうだった様だ。

「小津さんってすごいねぇ」

「そんなことないよ。昨日まで細かい所を手直ししてたし、いばらさんの素材がいいんだよ」

 なんだか照れ臭いが、小津さんがすごいことは否定のしようが無い。本番の今日まで1回も袖を通していなかったけど、丈や袖の長さ、体格までもがピッタリに作られていた。……いやちょっと怖いな。

「それにほら、荊さんもノリノリだったじゃん」

 アルバムをフリックして何枚もの画像を流していく。何枚撮ったんだこれ。

「ち、ちょっと恥ずかしいから勘弁して」

 決めポーズをした写真を見せられて、感動を羞恥心が上回っていく。載せられたとはいえ、何やってんだボク……。

「あー……1個思ったんだけどさ、良く髪色に合わせられたね」

 ウィッグを被って誤魔化していたのは1日だけだったし、小津さんに銀髪を見られたのも一瞬だったはず。それだけで服の色を合わせるなんて難しいなんてもんじゃないと思うんだけど。

「甘いよ荊さん!」

「んぇ?」

 小津さんの目がクワッと開く。

「ほんの一瞬とはいえ私の記憶に焼き付いたからね。それに黒髪のままだったとしても一般認識から外すことでインパクトを見た側に与えることもできてより心をつかむことができるはず。あの時見たのは幻覚かと思ってたけど幻覚じゃなかったし自分のイメージ通りに衣装を作れたのはコスプレが好きで良かったからなおのこと嬉しい。やっぱり荊さんの地毛が銀髪だったのって理事長の遺伝だったりする関係でもあるのかな。私としては是非とも染めずに登校してほしいんだけどやっぱり難しいとかはある? 校則的にもある程度は許容されてるけど本人の意思は尊重したいし目立つのも迷惑かなと考えてるから無理に強要は難しいよね。それに今日限りだったとしても私は悔い無く諦めるから荊さんは気にしないで欲しいかなって。それと衣装について私なりの拘りがあってここのフリルの形状と質感が」

「待って待って!?」

 普段と違う余りにも勢いのある小津さんのトークについていけない。後なんか趣味がコスプレとかれてたけど聴かなかったフリした方が良いやつ?

「あーごめん……。ついテンション上がっちゃって」

「いや良いよ。誰だって、好きなものにはそういうもんだろうし」

 ばつが悪そうにする小津さんだったが、ボクだって好きな物にはつい早口になってしまう。誰だってそうだろう。

 互いに何とも言えない空気が流れ始める。それを断ち切る様に、部屋のドアが勢い良く開け放たれた。立っていたのは長い焦げ茶の髪をポニーテールでまとめた女子。

 着崩した制服の学年章で、辛うじて同級生だとわかる。同学年にしては身長が高く、ボクからしたら巨人の様。いやまぁボクが小さいんだけど。

「やっほー、調子どう?」

「馬鹿!!!」

 小津さんが声を荒げ、女子の手を掴むと、有無を言わさずを引き込んだ。

「やーごめんごめん」

「更衣室代わりに使うって言った! あー、もー、モラル考えてよ……」

 申し訳なさそうに手を合わせる女子と、深く溜息ためいきをつく小津さん。

「知り合い?」

「うん、この子から鍵借りたの」

「どもー」

 いぇーいとピースサインを向けてくる女子を見て、小津さんは更に溜息を吐いた。そっか、ここは更衣室じゃなくて部室だった。

「みんな着替え終わってたからいいけど、まだ着替えてる人いたらどうするつもりだったの!」

 この部室内に居るのは、もちろんボクと小津さんだけではない。何も考えず入ってきた人物に対して、冷めたい視線が送られるのは当然な気がする。

「あっ、それは……えっとー……」

 何も考えてなかった女子は明後日の方向を向いた後、困った顔をボクへ向けてくる。なんでこっち見んのさ。

「えっとぉ……ごめんなさい」

 空気感に堪えられなかったのか、先程とは違い深々と頭を下げる。それを見たクラスメイト達は、準備の続きへ取り掛かる。

「みんないいってさ。ボクはいばら はく。よろs「あんたが荊!?」

 自己紹介の空気かと思ったんだけど、勢いによってさえぎられてしまう。

「そ、そうだけど……」

「あ-しは宗像むなかた もみ。あにぃがいつもお世話になってます」

 え、マジ? 宗像アイツに妹居たの? なんかキャラ濃いな。

「それにしても、あにぃの友達が女の子だなんて思わなかったなー」

「宗かt…あー、アイツってボッチかなんかなの?」

「え? 知らーん、興味ないし。あ、あーしのことは樅でいいよ」

 自分から話し振っといてなんだコイツ……。

「樅はこういう奴だから、あんま深く考えなくていいよ」

「えー、酷くない? あーしらの仲じゃん!」

「知り合って一年も満たないでしょ」

 息の合い方が1年内に思えないのはボクだけだろうか。

「あ、そうそう。珀って凄いね! 今日の為に色抜いて来たんでしょ!?」

 チョーカッコイイじゃん、と興奮した顔を樅は近づけてくる。てかいきなり呼び捨てって。

「いや、これは地げ「マジ!? チョーすごいじゃん!!」」

「勝手に触んないの! これからセットするんだから」

 子供の様な勢いでボクの髪を触りだした樅を小津さんが引き剥がそうとしてるんだけど、どうも動く気配がない。

「あんま目立ちたくないから普段染めてるけどね。ほら、ボク小さいから嫌でも目立つし」

 ついつい、自虐じぎゃくをしてしまい空気を悪くする。小津さんは申し訳なさそうにするし、樅は下を向き震えている。ボクなんかやっちゃったかな……。

「わかるっ! わかるよ!! あーしにもわかる!」

「わばっ!?」

 ガシリと樅に覆いかぶさる様に抱き付かれ、髪をクシャクシャにされる。

「だー! 樅はいい加減どっか行って! 自分のクラスあるんだからそっち行きなよ!」

 小津さんが声を荒げるのは今日何度目だろうか。渋々といった感じでボクから離れると、部室内に着替え中の人が居ないかを確認してドアを開ける。

「んじゃ! あーしもあとで見に行くね!」

 そういうとそのまま行ってしまった。樅が居た時間は5分と満たないのに、どっと疲労感が押し寄せてくる。

「……私も樅もさ、荊さんと同じで目立つんだ」

「へ?」

 小津さんはボクを椅子に座らせると、ヘアブラシで髪をかしながら話始める。

「周りのみんなは気にしてないけど、私は肌が褐色で目立つでしょ。樅も昔から身長が高いらしくて、目立ってたんだって」

「あ、そっか……」

 どっちも珍しいなーくらいにしか思って無かったけど、確かに目立つかも。そういう所は人間も吸血鬼も同じだ。

「だからきっと、荊さんに共感したんじゃないかな」

「共感、か……」

 なんだか少し、樅に親近感が湧いてきた。いい関係性を築けるかもしれないな。

「はい、できたよ」

「おー……」

 さっきまでクシャクシャになっていた髪が綺麗に梳かされている。部室に差し込む光と相まって、自分の髪じゃないみたいに綺麗だ。

「ありがとう小津さん」

「お礼を貰うにはまだちょっと早いかな。これから仕上げするし」

 小津さんは鏡越しで満面の笑み向けてくる。背筋にゾワリと何かを感じる。

「し、仕上げって?」

「化粧とか細かい髪の調整。本気でやるから覚悟してね」

「そっ、かぁ……」

 劇の本番まであとわずか、ちゃくちゃくと主にボクの準備が進んでいく。






【後書き】

友人達とRRRを観ました。エンタメとしての完成度が尋常じゃなく高かったので、是非観てください。

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