第46話
なるべく音を立てない様、職員室近くのトイレへと入る。メッセージアプリに送られた個室の戸を軽くノックする。
「……ハクちゃん大丈夫?」
応答として戸が開かれる。学校内でも着用している、パーカーのフードを目深に被り、わたしを個室へと招き入れる。
「モモカが来てくれて良かった」
「わたしなんで呼ばれたの?」
小声で安堵するハクちゃんにつられ、わたしも小声で話してしまう。
「んー……見ればわかる」
そう言うとフードを脱ぎ、黒に銀のメッシュが入った髪を見せてくる。
「!? ど、どうしちゃったのそれ……」
「ボクにもよくわかんないんだよコレ。自分じゃどうしようもできないし」
色が抜けてしまった様に見える銀髪部分を指先でいじりながらため息をつく。
「お母さんが言うには、結界を作った影響らしい」
「け、結界?」
日常生活において聴くことのない単語のおかげで、わたしの脳内が疑問で満たされる。思った以上に吸血鬼はファンタジーな種族だったらしい。血を吸う時点でファンタジーではあるのだけど。
「どうも敵意があれば、範囲内に入れなくなるらしい。ボクとお母さんの血を使ってるからできるみたい」
「そっ、かぁ……」
驚きと困惑がわたしの口から洩れる。吸血されたりしている身ではあるが、そういったものの
「えー……それでわたしは何をすればいいのかな?」
吸血させて欲しい。ハクちゃんはそう願うのだろう。スパン的にも、今日の学際が終わったらクマ姉に許可を貰おうと思っていた。事後承諾になってしまっても多少は許してくれるだろう。
「銀髪で教室行っても変に思われないかな!?」
「……ぷっ、アハハ!」
「笑うなし!」
「えへへ、ごめんね~」
想定外の解答に思わず笑ってしまう。年末のこともあり、てっきり吸血したいのだととばかり考えていた。
「……ねぇハクちゃん。銀髪で教室戻ろっか」
「質問の解答になってないんだけど!?」
解答なら随分前からわたしの心の中にあるし、何度も言っている。綺麗な銀髪を
ハクちゃんの手を取り個室の戸を開ける。
「ちょっとモモカ!?」
「行くよ~」
「あぁもう!」
わたしの有無を言わせない強引さに諦めがついたのか、目を瞑ると剥がれる様に黒から銀一色へと変化していく。
「やっぱりハクちゃんはこうじゃないと~」
「正直、目立つから嫌なんだよなぁ」
「学際だしそうでも無いんじゃない~? コスプレ喫茶のクラスもあるみたいだし」
「そうかなぁ」
トイレのドアを開け廊下に出ると、ちょうど目の前を誰か通り過ぎる所だった。
「お、
「ん? その声は荊k……なんだその髪!?」
ハクちゃんが宗像くんに声を掛け、振り向いたと同時に大声で驚かれる。ただでさえ腰まで髪が長いのに、それが銀色になっている。普段の印象とはかなり違って見えることだろう。
「あー……いやほら、今日って学際だろ? だからこう……ね?」
「そうそう、そういう感じ~……」
「津名さんも一緒だったか、おはよう。……うん、学際だもんな、お前に気合が入ってるのはわかったけど、度が過ぎると思うんだが」
いくら髪色が校則で自由とはいえ、銀髪というのは中々見ることは無い。
「クラスの劇で主役やるんだよボク。これくらい気合は見せないとな」
「まぁそれならわからなくもないか。何の劇やるんだ? 折角だから見に行こう」
「お、サンキュー。不思議の国のアリスやるから、楽しみにしててくれ」
ハクちゃんがそう言った後、チャイムが鳴る。
「やっべ、教室もどらにゃ。んじゃなー」
ハクちゃんはわたしを急かす様に教室の方へと歩きだす。
「おうじゃあな。津名さんもさようなら」
宗像くんは軽く手を上げ職員室の方へ向き直る。何かしらの用事があったのだろう。ただ、わたしの耳は聞き逃さなかった。不思議の国のアリスって金髪じゃなかったか? というぼやきを。
教室へ戻りハクちゃんの髪色をクラスメイトが見たとたんざわめきだつ。教室に戻る途中、すれ違った校内の人間からは感嘆の声が漏れていたが、クラスメイトはどうだろうか。
「荊なにそれ!? すごいじゃん! どうやってそこまで綺麗に抜いたの!?」
入り口付近に座っていた設楽さんが眼をキラキラと輝かせながらハクちゃんに詰め寄る。非常に顔が近くて少しイラっとした。
「顔が近い! 説明はしてやるから前髪じゃない方を見ろ!」
毛を持ち上げ、毛先で軽く設楽さんをはたいている。わたしも後でやってもらおう。
机に突っ伏した状態で両手を突き上げている
「良かった……! 本当に銀髪だった! 幻覚じゃなかったっ!!」
「うわ……」
無意識の内に後ずさりしてしまう。服の色が、とかも言っていて怖い。前にハクちゃんが小津さんに見られたとも言っていたし、それを踏まえての衣装作成していたのかもしれない。
「荊さんの髪綺麗でいい香りだね」
「ボクの髪を嗅ぐな!」
「あたしにも嗅がせて~」
「便乗するんじゃねぇ!!」
ハクちゃんの方へ視線を移すと、クラスメイトと騒いでいるが、銀髪なことは受け入れられているようだ。このまま自信を持ってくれればいいのに。
いやでも、これでハクちゃが人気出てわたしの前から居なくなったりしたら嫌だな。無いと確信はしているが、学際で外部の人も来るだろうし油断はできない。
ただ、小道具係のわたしでは何もできることが無い。それに少しだけ寂しさを感じた。
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