第45話

「ボク自販機寄ってくるわ」

「ならわたし、先に教室行ってるね」

 始業式が終わり、各々が教室に戻る途中のこと。吸血衝動を抑えるため、カフェインを補給しようとモモカに声を掛けたんだけど、いつもと雰囲気が違った。

 いつもなら「わたしも一緒に行く」と付いて来るのだけれど、何故だか今日は優しく微笑んで、人の流れに消えていった。

「冬休み中なんかあったん?」

「ナイショー。てか背中をつつくなし」

 いつの間にか近づき、ボクの背中をつつく設楽しがらきの手を振り払う。

「んで、どしたん設楽? 1人って珍しいね」

「あたしも自販機寄りたくてさー」

 水筒忘れちゃって、とそのまま2人で話しながら自販機へ向かう。

 設楽と2人だけで話すのなんて、まだ学校が始まったばかりだった調理実習以来だろうか。もう3か月もすればクラス替えでバラバラになってしまうことを思うと、なんだか感慨深い。

 そんな想いにひたりながら、購入したエナドリを取り出しプルタブを開ける。カシュッと小気味のいい音と小さく炭酸の弾ける音が、ボクに満足感を与えてくれる。

「あー、やっぱ美味い!」

「まーたいばらはエナドリ飲んでんの? 飽きないねー」

「そりゃーボクにとってガソリンみたいなもんだし。年明けてからまだ飲んでなかったからね」

 飲むと飲まないとじゃ、その日のQOLクオリティ オブ ライフが変わる……様な気がする。多分恐らくメイビー。

「そーいうもん? あたしにはわかんないや」

「人によるんじゃね? ボクがそうってだけだし」

 缶を傾け、コクリとのどを潤す。

「あーそうそう、荊に1個聴きたいことあるんだけどさー」

「んー? なんだよ」

 設楽は真剣な眼差しでボクを見つめ、周囲を確認するとささやくように聴いてくる。

「その……津名さんと……えっちしたの?」

「ぶっ!? げっほえっほ!」

 盛大にむせる。突拍子が無さ過ぎて驚いた。エナドリを飲んでたら吹き出す所だった。

「え、えっと大丈夫?」

「大丈夫だけど、なんてこと聴いてくんだお前!?」

 人通りが少ないとはいえ、自販機の前で聴いてくることではない。

「えー……いやー……好奇心?」

「なんでお前から聴いてきたのに疑問形なんだよ」

 設楽は恥ずかしさをごまかすためか、右手を首に当てて視線を地面に落とす。

「えー……いやー……そのー……だって……ねぇ?」

 いや知らんが? そんなわかってるよねみたいな雰囲気出されても全く分から……あぁ。

「お前、さては好きな人が同性なんだな?」

「そ、そんなこと、あたし言って無い……よ?」

 顔を赤らめてそっぽを向く設楽。流石にわかるよ。

「それは設楽の自由だからいいんだけどさ、なんでボクに聴くんだよ。そういう空気になったから?」

「いや、まだその……告白すらしてない」

 それは流石に気が早くないか? せめて付き合ってから聴こうぜ。

「まず告白する所から考えようぜ……じゃないと妄想で終わるぞ」

「う”っ……」

 髪をピンクに染める勇気があるなら、告白する勇気も持てばいいと思うんだボクは。

「とりあえずさー、学際の時に告白してみたら? 目標決めたらキッカケくらいは作れるだろうし」

 中身が空っぽのゴミ箱に空き缶を入れ、追加で珈琲缶と紅茶のボトルを購入する。

「……うん、頑張ってみる。ありがとうね荊、あたし勇気持ってみるよ」

「じゃあこれ選別にやるよ」

 紅茶を設楽に投げ渡す。何度か飲んでるのを見たことがある商品だ。

「わっとっと、さんきゅー」

 さっきまとは違い、どこか決意に満ちた瞳をしている。共に自販機コーナーから出ると、他愛もない話をしながら教室へと向かう。



 忙しい時に経つ時間というのは早いもので、あっという間に学際当日になってしまった。

 よくあるイメージなら、最後の練習をしたりクラスメイト全員で意気込むのだろうが、ボクは現在理事長室へと呼び出されている。

「ごめんね珀、急に呼び出したりしちゃって」

「大丈夫だよお母さん。うちのクラス練習とか無かったし」

 実際やることはやったのスタンスなのか、当日は本番時以外何もしない方針をボクのクラスは取った。案外こういう方がリラックスとかしやすいのかもしれない。

「それならいいんだけれど。呼び出したのには理由があってね。今日は校外の人も来るから、八雲さんが何かを仕掛けてもおかしく無いと思ってる」

 お母さんは深いため息をつき項垂うなだれる。正直ボクもなんかしてくると思ってる。

「それで、ボクはなにすればいいの?」

「話が早くて助かるわ。ほんの少しで良いから珀の血が欲しいんだけど……大丈夫?」

 自分の血を見るのすら嫌だったボクが心配なんだろう。まだ少し怖いけど、大丈夫。

「うん」

「ならちょっとだけ採取させてね」

 そういってお母さんはボクの手を取ると、指先に小さな針の様なものを刺し、少量だけ採血をする。その後、脱脂綿をあてがって指先を強く抑えると、血はすぐに止まった。

 お母さんは自分にも全く同じことをした後、ボクの血と混ぜ合わせる。

「これで結界を作るのよ、吸血鬼避けの結界を。私や珀に敵意を持っていたら入れないのよ」

 お母さんは優しく微笑みながら教えてくれる。どうもボクの頭上にはハテナが浮かんでいたらしい。

「これで一先ひとまずは問題無さそうかな?」

「そうねぇ、他にも予防策はお母さんが用意するけど、珀は気にせず学際をたのし……」

「?」

 ボクの方へ向き直ったお母さんが、数秒固まった後、困った顔を作り出す。え、なんか問題起きたの?






【後書き】

パートナー制度が出来た頃、友人と電気屋でデカイTVを冷やかしてたら「一緒にご購入ですか?」と声をかけられたことを思い出しました。

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