第42話

 ボクは今、これまでの人生で最大の危機に直面していた。世界的に有名なフライドチキンチェーン店の前で絶望に打ちひしがれている。

 店舗の入り口には本格的なクリスマスリースが飾られており、店内もクリスマス用の各種装飾が施されて、ボクの購買意欲を刺激してくる。

 客足も今は少なく、頼まれたチキンを購入すにはピッタリなんだけど……。

「クッ……これ以上近づけない」

 店へ近づこうとすると、脚がこれ以上動かせない。本能がこれ以上近づいてはならないと警告してきて、恐怖という感情がボクを支配してしまう。

「この店もダメなのか……!」

 拳を固く握ると、一筋の涙が頬を伝っていく。店に背を向けてボクは駆け出した。ボクはなんて無力なんだ……!

 各所に飾られるクリスマス飾りのせいで、デパートの地下へ進むことも叶わず、ケーキ屋にも入れない。ボクに残された手段は1つしか無い。

「使うしかない……コンビニを……っ!」

 仕方ないけど、街を巡って入れそうなコンビニを探すことにした。



「ラッシャマセー」

 何店舗目かのコンビニでようやく入店することができた。どこの店も装飾に力入れやがって、おかげでもうすぐ夕方だよ。

 駅前から外れているものの、帰宅中の人間がチラホラと見え始める時間帯。レジ前の何人かがクリスマスチキン等のホットスナックを物色しているのが見える。

「どーすっかな……」

 チキンだけ購入するでもいいんだけど、ケーキも買っていった方が楽なんだよな。一旦、ケーキコーナーを覗いてみて決めるか。

「なんだ、結構あるじゃん」

 クリスマスだからか、小さめのケース内にはギッシリとケーキが並べられていた。一口大で数が入ってたり、2種類入ってるとか、思ったよりもバリエーションに富んでるんでいる。

「ふむ……」

 少しだけ悩んで、全種類を2個ずつ買うことにした。どーせ領収書切るなら気にしなくていいだろうし。

 って思っていたのが30秒前、めっちゃ見てくるんだけど。客だけならまだしも、店員まで「うわマジか」みたいな視線を向けてくるのはやめて欲しい。

 悪いか!? レジ籠にケーキがアホみたいに入ってることが!

 周囲からの嫌な視線に耐え会計へ進む。

「ラッシャーセー」

「チキン欲しいんですけど」

「オイクツデスカ」

「えーと、このプレミアムフライドチキンとホットチキンを15個ずつください」

「じゅっ……!? 少々お待ちください……」

 死んだ目をした店員は、顔色を青くしてバックヤードに引っ込んでいく。ボクなんかやっちゃった?

「すみません、お待たせしました。今ご用意しますんで、お先にお会計だけお願いします」

「あーわかりました。そしたら領収書ください、未記入で大丈夫です」

「かしこまりました」

 店員の手慣れた操作で会計処理はすぐに終わった。

「お待たせしました。こちらチキンになります。結構重量ありますけど、大丈夫ですか?」

「大丈夫です。んじゃありがとうございましたー」

 ボクが指を使って持ち上げると店員の顔が引きつる。そりゃそうだよな。ケーキとチキンを大量に買って片手で持ってるわけだし。

「ぁ、ありがとうございましたー」

さーて帰るか。思ったよりも時間かかっちゃったけど、引っ越し作業はどうなったかな。



 戻ってる途中で視界の端に何かが映る。そのまま通り過ぎようとして思わず立ち止まる。

「……なんだ今の!?」

 少し戻って路地裏をのぞくと、黒い何かがうずくまっていた。影に覆われたそれは、ゆっくりとうごめき、鎌首かまくびもたげる。

「ぅ……ぁ”……」

 うめきを上げ、まとった黒を伸ばしてくる。

「……っ!」

「な……か……べものを……」

「お前は……!?」

 黒の正体にボクは息を呑んだ。



「ほんっとうにすまない!」

 そういって路地裏で餓死しかけてた男は余分に買ってきておいたチキンを頬張っている。

「別にいいって。数日食べてないのを見逃すとかできるわけ無いだろ」

「この間から申し訳ない限りだ……」

 男は以前であった黒づくめの男性だった。行き倒れ寸前になるとは何があったんだか。

「こっちもやるからゆっくり食えよ」

 2個入りのケーキセットを、フォークと一緒に男へ渡す。

「んじゃ、ボクはいくよ」

「ち、ちょっと待ってくれ!」

 路地裏から去ろうとした所で止められる。

「どうかしたか?」

「その……君の名前を教えてくれないか?」

「あー、そういや名乗ってないか。ボクはいばら はく。んでアンタの名前は?」

 男は何かを考える様に目をつむると一呼吸おいて名乗る。

「……ユウキだ。苗字は捨てた」

「捨てた~? 変な奴。んじゃあなユウキ、人探しで行き倒れんなよ」

 少しだけ量の減ったチキンとケーキを手に、ボクは路地裏を離れる。大丈夫だと思うけど、足りなくなったらどうしようかなこれ。


「戻ったぞーっと」

「ハクちゃん遅いよ~」

 葉瀬はせの所へ戻ると、予想外にモモカが居た。

「え、どうしたのモモカ。バイトじゃなかったっけ?」

「早めに終わったからこっちに寄ったんだ~」

 なーるほどね。

「遅かったですね珀様。なんかありました?」

「いやな、クリスマスリースがあって入れなくて……」

「「あー……」」

 モモカと葉瀬の声が被り、憐れみの視線がボクへ向く。君ら酷くない?

「とりあえず買ってきたもん食べようぜ。葉瀬の部下も疲れてるだろうし」

「そうだね~。わたしも準備手伝うよ」

 クリスマスパーティーだね~、とモモカは続ける。それにボクは強くうなずいた。






【後書き】

風呂場でGに遭遇したせいで、考えてた内容全部吹っ飛んで遅れました……。絶対許せねぇ。

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