第41話

 昼のピークをとうに過ぎた時刻だというのに、人の途絶える様子は無さそうに思える。理由はとてもシンプルで、今日がクリスマスだからだ。

 街中にはクリスマスツリーや装飾がほどこされ、いろいろな場所でクリスマスソングが流れている。クリスマス一色に相応ふさわしい光景だ。まぁボクには関係ないんだけど。

はく様ー。その荷物はこっちにお願いします。あ、それはこっちの資料棚の方で。それとこれも運んじゃってください」

 残念なことに、ビルの一室から眺める景色を堪能たんのうする暇はボクに与えられていない様だ。引っ越しの労働力とはかくも悲しきかな。

「なー、ちょっと人使い荒くないか葉瀬はせ

 椅子に座ってボクへ指示を飛ばす人間へ口を尖らせる。

「仕方無いじゃないですか。私は大きな荷物運べないですし、部下も非力なんですから」

 確かに葉瀬の部下は、ヒィヒィ言いながらボクが片手で持ち上げる段ボールを2人がかりで運んでいる。いくら人間と吸血鬼でパワーの差があるとはいえ、葉瀬の部下は非力過ぎないか?

「……なぁ、もしかして全部ボクが持ってきてからの方が効率良い?」

 ビルの一室とはいえ、先に実験資料や器具の搬入をしても作業スペースは十分に確保できる。

「お気づきになりましたか……その通りなんですよ珀様。今日に限って人出が少ないもんで」

 葉瀬はどこか遠くを見るような目になり、溜息ためいきをつく。なるほどね……チクショウ!



「ご苦労様です珀様。やっぱ頼りになりますねー」

「葉瀬……お前ボクを良いように使ってないか? シュレッダー持ってくる時、変な目で見られたからな!?」

 業務用の大きなシュレッダーを、苦も無く台車に乗せる場面をジロジロとみられて、かなり恥ずかしかった。というか、葉瀬の雇用主はボクのはずなんだけど。

「まぁまぁ、クリスマスを過ごす内にみんな忘れますよ」

「そうかなぁ……?」

 葉瀬はニコニコと笑顔をボクに向けてくる。ボクはそれを横目にシュレッダーやキャビネット等を部屋に仮置きしていく。

「どうかした? それともボクの顔なんかついてる?」

「あー違います。以前よりも顔色が良くなられたなと」

「みんな、嬉しそうに言うんだよなそれ」

 吸血してから1ヵ月間、いろんな人から「顔色が別人」と言われるようになった。

「そりゃ嬉しいですよ、珀様が健康な証ですから」

「そーんなもんかね。……ボクもお前が健康そうで良かったよ」

 ある程度の仮置きが終わり、休憩もかねて壁によりかかる。

「あぁ、これですか。こく様のおかげで杖さえあれば問題無くなりました」

 葉瀬はそういうと杖を使って、右脚を支える様に立ち上がる。

「立ちながらの作業は少し厳しいですけど、歩行はバッチリです!」

 笑顔で突き出すサムズアップを、あまりボクは受け入れられない。

「……ごめんな、ボクのせいで脚無くなっちゃって」

 今の葉瀬は、右の太腿から先が無い。以前捕まった際に、実験として右脚を取られてしまったのだ。

「前も言ったじゃないですか。大人として覚悟はしてましたし、珀様を恨んだりしません」

 恨むなら当主様ですよ、と葉瀬は言う。マジで絶対許さねぇからなクソ親父ドブカス

「でもさ……」

「でもじゃありません。珀様はまだ子供なんですから、変に責任を負わないでください。責任を取るのが大人の仕事なんですよ?」

「むぅ……」

 悲しいことにボクは何も言い返せない。自分が子供だからこその無力さを痛感してるからだ。

「だからしょげないでくださいよ。琥様に良い義足を作って頂きましたし、資金援助も頂きました。さらにはより良い研究施設まで! 脚1本でいたれり尽くせりです!」

 テンションが高ぶったのか、葉瀬はクルリと1回転しようとして姿勢を崩す。慌ててボクは支えに回る。

「アハハハ、つい昔の癖で」

「見ててこっちがハラハラするよホント」

「いやー申し訳ありません。起こして貰ってもいいですか?」

「はいはい」

 葉瀬を持ち上げ椅子に座らせる。ちょっとだけサービス。

「やっぱり珀様は優しいですねぇ。萌々果さんが惚れ込むのもわかりますよ」

「んぶっ!? モモカは関係ないだろ!?」

「ふふふ、冗談ですよ冗談」

 悪戯な笑みを浮かべて、葉瀬はクルクルと椅子で回る。

「ったく……んで、次はどうする?」

 大きな荷物の搬入と仮置きを終えてしまい、手持ち無沙汰になってしまった。実験器具や装置は、下手に触ると壊しそうで嫌だからノータッチで。

「そ-ですねぇ……そしたらお使い頼んでいいですか?」

「いいけど、何買ってくりゃ良いの? 消耗品とかか?」

 そうじゃないとしたら来客用の珈琲とかだろうか。いやでもウォーターサーバー来てからのがいいのか?

「いえいえ、今日が何の日かはわかりますよね」

「一応クリスマスだな」

 引っ越しで散々たる今日ではあるが、年末の大きなイベント当日だ。

「はい。という訳で珀様には買い出しをお願いします。引っ越し中とはいえ、チキンとかケーキは食べたいじゃないですか」

 それは確かにそうかも。口内がクリスマス気分になっていく。

「なのでお願いしますね。あ、請求書は琥様宛にしておいてください、許可は貰ってるんで」

 チャッカリしてんなおい。てかお母さんも甘過ぎる。

「そしたら……人数分でいいよな? それとも多めのがいい?」

「助っ人に来てくれる可能性もあるんで、多めでお願いします。夕方前の今がチャンスなんで、お願いしますよ珀様」

「はいはい、あんまり期待すんなよー」

「待ってますねー」

 良い様に使われてる気がするけど、まぁ別にいいか。葉瀬もボクに気遣ってくれたんだろうし。息抜きに買い物ってのも嫌いじゃない。

「さて……どこから行くか」

 先にケーキ屋寄ってくのがいいんだろうか。それともチキンだろうか。






【後書き】

葉瀬ちゃんの脚は誰が食べたんでしょうかね。

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