第34話

 自習開始から数分でプリントが終わり、残っていた珈琲をすする。れてからそれ程時間が経ってないこともあり、一息つける暖かさを残している。

 授業終了のチャイムまで、暇を持て余すには充分過ぎる時間。今日のデイリーミッションが未消化だったことを思い出し、制服からスマホを取り出してゲームを起動する。

「一応授業中だボケ」

「ぐぇ!?」

 ゲームタイトルに到達した所で、勢いよく頭を殴られる。その弾みで床へスマホが落ちていく。慌てて拾い、スマホの状態を確認する。

「画面割れたらどうすんだよクマ姉!」

「久間先生な。抗議すんなら授業中にスマホいじってんじゃねぇ。ほら、没収するから貸せ」

「へーい……」

 渋々しぶしぶと渡すも、手は差し出されたまま。

「全部寄越しな、どうせまだあんだろ」

「ちぇ、バレてら」

 各種ポッケに持っていた3台を渡すと、ようやく手が引っ込む。

「はぁ……暇すぎる」

 背もたれに体重を乗せ、天井を仰ぐ。この空虚な時間をどう過ごせというのか。

「うちも気持ちは分かりますけど、もう少し頑張りましょうよハクさん」

「つってもなぁ、もうやり飽きたんだよ自習」

 吸血鬼の身体能力の都合で、人生で1度も体育に参加したことがない。おかげで自習にも喜べなくなっている。頑張って力を抑え込めば参加できるらしいけど、ボクには無理だな。

「アカネってさー、参加したことあんの? 体育」

「小学校の頃1回だけありますけど……すぐ転校することになりました」

「あー……」

 どういう経緯があったのかは容易に想像がつく。人に触れる分には問題ないのに、運動となるとイマイチ加減がわからない。困ったもんだ。

「1回でいいから、体育参加してみたいよなぁ」

「ですねぇ……」

 2人して窓から体育の様子をながめる。ボール目掛けてサッカーコートを駆ける男子がうらやましい。

「そんなに羨ましいんなら、運動場でも借りゃいいだろ。そういう吸血鬼も多いぞ」

 違うんだよクマ姉、そうじゃないんだ。

「ボクらは授業に参加したいだけであって、運動したい訳じゃない」

「そーです、体育がしたいんです!」

「そういうもんかねぇ。気持ちがわからん」

 やることが終わったのか、クマ姉は空いてるソファに腰を降ろし、手に持った珈琲を口へ運ぶ。

「久間先生は体育参加したことあるんですか?」

「そりゃな。お前らと違って身体能力はそんな高くねぇし、制御も出来たからな」

 いいなー、ボクも身体能力下げたい。この前みたいな瀕死じゃない状態に限るけど。

 お代わり用のポットから珈琲を注ぐと、思い出した様にクマ姉が切り出す。

「そういや今日の珈琲なんだが、ちょっと変えてみたんだ。何かわかるか?」

 ありゃ、気づかなかった。目をつむり、舌へ意識を集中させる。苦みの中に酸味が現れ、そこにコクも感じる。なるほどね。

「うん、わからん。でもカフェインは相変わらず良い感じだと思う」

お前カフェインバカに聞いたのが馬鹿だったわ。椰織やしおりは普段飲まんしなぁ」

 クマ姉からジトーっとにらまれるけど、わかんないのはどうしようもないだろ。別に味音痴って訳じゃないけど、そこまで珈琲に精通してないんだよ。

「とわせんせー! 足ひねった!!」

 怪我したとは思えない声量と共に、前触れなく保健室の扉が開かれる。危うく噴き出す所だった。

「お、珍しいな天城あまぎ。診てやるからベッドに座れ」

「はーい」

 天城さんはヒョコヒョコと跳ねる感じでベッドまで歩く。へー捻挫ってあんな歩き方になるんだ。

「おい天城、その歩き方は捻挫だけじゃねぇだろ。何した?」

「あーこれ? 股関節が外れてるんだよねー」

「おまっ!?」

 動揺にカップの割れる音が続き、ちょっとビックリする。暢気のんきな天城さんとは対照的に、クマ姉の顔から血の気が引いている。めっちゃ焦ってるけど、結構ヤバイ?

「暢気にしてないで病院だ病院! 捻挫以上の痛みだろうが!? だー、ご丁寧に歩てきやがって!!」

「「へ?」」

 リアクションがアカネと被る。ちょっとまって、股関節外れるのってそんなヤバイの!? 天城さんがケロっとしてるから全然伝わってこないんだけど。

「せんせーちょっと待って。すぐ治すから」

「は!? 何言ってんだ!?」

 天城さんは怪我しているであろう脚を座りながら持ち上げると、そのまま腰へ押し込む様に力を込める。隙間で落とし物を探る様に上を見上げている。

「よっ……うん、ハマった。せんせー見てみて」

 先程まで持ち上げていた足をパタパタと動かし無事をアピールしているが、脱臼ってそうやって治すもんなの?

「しん、じらんねぇ……い、意味が分からん」

 頭を抱えながら床に座り込むクマ姉。吸血鬼に意味わからんって言わせるなんて、そうそうないと思う。

「昔から外れやすいだけだよー」

「あぁ……そう、か。んで……捻挫だったな。保冷剤出すから大人しくしてろよ。あー悪いがいばら、珈琲拭いといてくれ」

 うへー拭くのボクかよ。暇だったからいいけどさ。天城さんはクンクンと匂いを嗅ぐと、おーと感心したような表情をする。

「せんせー、今日の珈琲いつもと違うんだね。変わった香りがする」

 天城さんの発言に、クマ姉の顔が引きつったのが背中を見てもわかる。

 すっげー気持ちはわかるよ。天城さんのこと尚更苦手になりそうだもん。






【後書き】

脱臼は救急外来を受診してください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る