第35話

「痛み引いてきた。せんせーありがとー」

 捻挫ねんざをしたというのに、ニコニコと脚をぶらつかせる天城あまぎさん。ハメたとはいえ、さっきまで脱臼もしてたはずだよな……?

「治った訳じゃねぇんだから変に動かすなよ天城」

「大丈夫ー。今日は部活休むもん」

「今日と言わず治るまで休め。お前の行動はいろいろとおかしい」

 クマ姉の言う通りだと思う。天城さんの逸脱いつだつ具合は吸血鬼のボクら以上に感じる。

「えー。体動かせないのつまんなーい」

「ちょっとは我慢しとけ。症状は軽いし来週にゃ動けるだろうしな」

 珈琲を飲もうとしたのか机の上を探すクマ姉。さっき落として割ったじゃんか。

「あー……。天城も珈琲飲むか? もっかいれるつもりなんだが」

 年期の入ったサイフォンの準備をしながら、電動のコーヒーミルで豆を挽き始める。モーター音と共に、ゴリゴリと珈琲豆の削れる音が心地よい。

「飲めないからいらなーい。お腹壊すし」

「そりゃ残念。……いやまて、なんで飲めないのに普段と違うとわかる?」

 確かに。常飲してるようなボクでもわかんないのに、どれだけ鼻が良いんだ。

「んっとねー、珈琲みたいな匂いがせんせーといばらさんからいつもするんだけど、さっきの珈琲はいつもの匂いと違ったんだー」

 え、なに、ボクらの体臭が珈琲臭いってこと? それとも単純に天城さんの鼻が良過ぎるだけ?

「……天城、豆の種類は分かるか?」

 いや流石にそれはわかんないでしょ。鼻が良いとかそういう次元じゃない。

「んー、ブラジルとコロンビアにマンデリン? 炒り方は多分フレンチロースト!」

「「……」」

 思わずアカネと無言で顔を向かい合わせてしまう。天城さん怖いんだけど。てかなんで珈琲飲めないのに豆の品種とか分かるんだ。

「はぁ……頭痛くなんぜホント」

 額を手でおおい深く溜息ためいきをつくと、タイミングを見計らった様にコーヒーミルが豆を挽き終わる。

 天城さんは口をぽかんと開けたまま天井を数秒見つめると、ベッドから立ち上がり保健室の扉へ向かう。

「んじゃー授業戻るね、歩けるから。せんせーありがとー」

「おう、見学だけにしとけよ……」

 自由奔放ほんぽうに動く天城さんに参ったのか、クマ姉の声が疲れ果てている。

「そうだ、そうだ。脱臼は愛莉あいり弥子みこに内緒でね。心配かけたくないんだー」

「あいよー」

「わ、わかりました」

 ボクとアカネはお昼に話さないようにしないとな。まぁ大丈夫だろ。

「あ、それとね……」

 津名つなさんのことなんだけどーと続ける天城さん。モモカがどうかしたのだろうか。病み上がりだから体育は見学の筈だけど。

「週末辺りにまた体調崩すと思うから、何かしら準備すると良いんじゃないかな」

 濃い血の匂いがするから。そう言ってボクに軽く視線を送り、天城さんは保健室からいなくなった。

「天城さんって凄いですね、血の匂いまでわかるなんて……実は吸血鬼だったり!」

「そりゃねぇな。どいつも出生の時点でわかってんだ。椰織やしおりが特殊なんだよ」

「えー夢見たっていいじゃないですかー!」

 なんだかんだクマ姉とアカネもイチャついてるよなこう見ると。そのうち付き合ったりするんだろうか。それにしても、なんで天城さんは最後にボクのこと見てきたんだろうか。

 そしてその週末、天城さんの言った通りにモモカは体調をくずした。



 雨が降りそうな曇り空。冬という季節がより寒さに拍車はくしゃをかける。

「んー、焼き芋買ってったらモモカ食べるかな」

 スーパーの店頭で売られている、少し季節の外れた商品をつぶいてしまう。食欲のない人間に対して、焼き芋はどうなのだろうか。生憎あいにくとボクはそういった知識を持ち合わせていない。

「まぁ最悪ボクが食べればいいか」

 覚えていたら会計前に取りに来ようと決め、買い物かご片手にレトルト食品コーナーへ向かう。今回もおかゆを作ろうとしたのだが、台所の惨状さんじょうを見てNGを出されてしまった。

 深い傷だらけの厚い木のまな板、刃が欠けてしまった包丁が数本、置き場に困っているラクレットチーズが、現在ボクん家の台所を占拠せんきょしている。前回の看病で道具を持ってきたのは良かったんだけど、面倒で処分していなかったのがあだとなった。

 おかげで近所のスーパーで買い物中である。外が寒いったらありゃしない。

「お、あったあった。……まぁ全種類でいいか」

 5種類もあるスーパー専用ブランドのお粥、それらを全て2個づつ買い物かごへ放り込む。どうせたいした値段じゃないし問題ない。

「他に何買うんだっけな……」

 スマホのメモ帳で確認しながら、必要な物を探して店内をうろつき廻る。

買い物かごの限界ギリギリの状態になって所でレジへと向かうと、同じ列に並ぶの人間から驚きの視線を送られる。重くはなくても買い物カートを使うべきだったか。

 会計を済ませてスーパーを出ると、両手にあるビニール袋の持ち手がミチミチと鳴り始めた。急がないと爆発するやつだこれ。

「……っ! なぁ君!!」

「んぉおう!?」

 全身黒づくめでキャップを目深に被った男性が小走りで近づいてきたかと思うと、ボクの両肩をつかむ。

「……すまない。気のせいだった……」

 悲痛な表情でこの場を離れ様とする黒い男。いやちょっと待てい、こっちだって状況がわかんねぇよ。

「おい、何が違うんだよ!」

「……ぁ、いや、その、知人を探しているんだ」

 立ち止り申し訳なさそうな顔になる黒い男。そんな顔すんならもうちょい謝ろうぜ。

「んで? ボクが知人に似てたの?」

「えっと、君から知ってる匂いがして。ずっと昔に別れた切りだから顔を覚えていなくて……」

「だからボクがその知人かもって思った訳ね。別にいいけどさ、急に肩掴むのはダメだろ」

 みるみると黒い男の表情がシュンとなっていく。なんかこっちが申し訳なくなるんだけど。

「本当に申し訳ない……」

「怪我とかないからいいって。見つかるといいな探し人」

「あぁ、ありがとう。それじゃあ」

 そういうと黒い男は去っていく。何だったんだろうなアイツ。それにしても匂いか、体臭なんて日常生活で変わると思うんだけどなぁ。

 少し歩くとポツリと雨粒が落ちる。れる前にと、速足になった所で思い出す。

「焼き芋買い忘れた」






【後書き】

展開に悩んでつまってました。カフェオレにバニラエッセンス入れるのオススメです。

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