第29話b

 湯船に腰を降ろす。暖房が点いていても冷えた全身が暖まる。先程まで何処どこ夢現ゆめうつつだった思考がハッキリとしてくる。

「(なんで一緒にお風呂入るとか言ってのわたしはー!)」

 過去に何度かあったとは言え、最後に入ったのなんて小学校の修学旅行のはずだ。ましてや、恋人関係になってからというのは余計に緊張する。

 世間一般の恋人は一緒に入浴とかするものなのだろうか。それ以前に、同性同士はまだ世間一般とは言い難い。

「(はぁ……気が重い)」

 こういう時は気持ちを切り替えた方が良いかもしれない。SNSで流行りの曲を思い浮かべる。街中やコンビニ、動画サイトで聴いたフレーズが頭に浮かんでくる。

「ん~♪」

 耳に残るリズムが思考をポジティブに切り替えてくれた。流行ってるだけはある。次カラオケに行く時、歌えるようになってるといいのかもしれない。

 それにしても……遅い。

「ハクちゃんまだ~?」

 気持ちが切り替わる前にと、つい催促さいそくしてしまった。返事の代わりに、洗濯機の電子音が聞こえてくる。ハクちゃんも悩んでいたのだろうか。

 無言で扉が開けられると、ハクちゃんに凝視ぎょうしされる。見られるにつれ紅くなりつつある瞳は、吸血された時を想起そうきさせ少し怖い。

「ハクちゃんどうかした?」

 声を掛けるとハッとしたのか瞳から紅が引いてゆく。

「だいっ……じょうぶ、なんでもないよ」

 ゴクリとつばを飲み込む音が聞こえる。大丈夫ではない気がする。

 吸血後のボンヤリとした意識の中で、クマ姉から2か月は吸血させるなと言われていたし、恐らくハクちゃんも注意を受けたはず。わたしとしてはハクちゃんが2か月も我慢できるか少し心配ではならないけれど、どうなんだろうか。

 わたしから視線をらし、全身を濡らしていく。淡々たんたんとした業務的なその姿勢になんだかくやしさを覚える。むぅ……仕方ない。

「ハクちゃんもおいでよ」

「へっ?」

 シャンプーボトルへ手が伸びた所で声を掛ける。上手く不意をつけた様で、こちらを振り向いた顔は目を白黒させている。

「ほれほれ~」

「……っ!」

 浴槽へ入る様に手招きする。一瞬表情がもだえ、何か悩んだ後に足先を湯船に付ける。わたしの恋人チョロくないか。

「ぅえええええ……あったまる……」

 表情と共に弛緩しかんするのが見て取れる。今日はとても大変だったに違いない。折角だしねぎらってみよう。

「こっちおいでよ」

 股を軽く開き、太ももの間を指さす。ハクちゃんの体躯たいくであれば座れるだろう。

「えー……それは恥ずかしいんだけど」

 それはわたしもだけれど。

「今更だよ~」

 恋人とは言え、女同士の肌の密着に恥ずかしさは無いはず。常日頃いつもを考えれば尚更だ。

「よいしょっと」

 ハクちゃんが腰を降ろし、全身を湯船につける。そしてそのままわたしの胸に頭を預けてくる。どうしようこれ、ものすごく恥ずかしい。その場のノリで行動するんじゃなかった。

 胸を通じて全身にかかるハクちゃんの体重の重さが、今日の疲労具合を語っている。

「お疲れ様ハクちゃん」

「うん……モモカのおかげだよ」

 その言葉を聞いて、腕を回し全身を使って抱きしめる。自分で思っている以上に不安だったのだ。思わず指先に力が入る。

「ごめんね、モモカ」

 そう言って、ハクちゃんから感じる体重が増えた。わたしにはその行為がたまらなく愛しく感じた。



「んじゃ、ボクは椅子で寝るからベッド使っていいよ」

 借りたパーカーのチャックも閉めずに静止する。

「絶対ダメ!!」

 ハクちゃんの両肩をつかみ、視線の高さをそろえる。いつも通りとはいえ、今日だけはそんなことさせてはいけない。

「ハクちゃんはきょ……昨日一日の行動を振り返って」

「んぇー……まずモモカと付き合うこt「それははぶいていいから!」」

 朝の行動を振り返り、頬が熱くなる。今はちょっと置いておいて欲しい。

「えっと……体力不足で学校に遅刻しかけて、昼休みにアカネに襲われて……」

 一日を思い出しながら、ハクちゃんの表情が「あれ?」といった物に変わっていく。

「気絶した後モモカから吸血して、アカネ救いに街けて、3回程戦って……だいぶ無理しました」

「うん、だから一緒に寝るの」

 入浴中に、何があったか聴いていたわたしの感情を考えて欲しい。ベッドで体を休めるべきだ。

「いやでもさ、2人で寝るには狭いと思うんだよこのベッド」

 確かにシングルベッドでは無理があると思う。でも客人用の布団も無いハクちゃんの家で寝るにはこの方法しかない。

「お互いにハグする感じで寝れば大丈夫だよ~」

「えー……」

 恥ずかしさの混じった困惑の表情を浮かべるハクちゃんだが、恥ずかしいのはわたしも同じ。明日が休日なら兎も角、学校があることを考えると、この手法しかちょっと思いつかない。

「はい、一緒に寝るよ!」

 先にベッドへ入り、隣へ来る様に布団をまくる。

「……わかったよ」

 ノロノロとわたしの横に寝そべると、ベッドの幅はちょうどになった。ハクちゃんが寒くならない様に布団をかける。

「それじゃあおやすみ~」

「お、おやすみ」

 どこか緊張した言い方に、わたしも少し緊張してきた。

「やっぱ狭いな……」

「たまにはいいと思うよ~」

 体を横向きにし、抱く様に体を寄せる。ハクちゃんの体温は暖かく、狭くともグッスリ寝れそうだ。

 抱き着いて30秒程でハクちゃんはスヤスヤと寝息を立て始める。

「……おやすみハクちゃん」

 ハクちゃんの温もりに安心しながら、私も眠りについた。



 ハッと意識が目覚める。いつもなら鳴るはずのアラームが聞こえない。それにふところから暖かさを感じる。あぁそうか、ハクちゃん家に泊まって一緒に寝たんだっけ。

 ハクちゃんを起こさぬ様にスマホを確認し驚愕きょうがくする。

「やばっ!?」

 HRホームルーム開始まで残り30分。確実に遅刻する時間だ。

「ハクちゃん! 起きて! 遅刻しちゃう!」

 珍しくグッスリと眠る幼馴染を、申し訳なく思いながらも叩き起こす。ハクちゃんの睡眠も大事だけど、学生の身としては授業のが大切だ。

 期末テストまで1週間を切っているのだから。






【後書き】

 お久しぶりです。ちょっとメンタルブレイクしており更新が出来ませんでした。

近況ノートにも書きましたが暫くは不定期更新になります。

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