第29話a

 冷え切った夜風を全身で受けながら、人通りの減った街をける。

「~~っ!!」

 冬の寒さが肌に突き刺さる。叫びたくはあるけれど、アカネを背負っている現状では混乱を招きかねねない。

 こごえる吐息を出し続けていると、住んでいるマンションが見えてきた。喜びで宙を駆る速度を上げると、受ける寒さで全身が縮み上がる。なにしてんだボクは。

 周囲に人がいないことを確認すると、髪を黒く染め上げゆっくり着地する。物音を立てない様慎重しんちょうに自分の部屋へ向かうと、玄関前にクマ姉が立っていた。

「おう、おかえり。連れて帰っからアカネよこしな」

「ありがとうクマ姉。モモカはどんな感じ?」

 クマ姉に背を向けアカネを預ける。軽くなったのを感じ振り返ると、アカネをお姫様抱っこするクマ姉。まさか過ぎる。

「ちょうどさっき起きたな、貧血の心配もないと思う。……んだよ、これが一番楽なんだから仕方ねぇだろうが」

「別にぃ~。不純同性交友と言っておきながら、自分はそういう行動するんだなって思っただけだよ」

「あぁ、アレな。出まかせだ、校則で定められるわけねぇだろ馬鹿が」

 クマ姉の発言に思わずつんのめる。出まかせだったのアレ!?

「おっと、アカネが寝てんだから叫ぶなよ。そもそも、デートとか言ってる時点で気づいとけ」

 さっさとくっ付けって思ってたからなと、ニヤニヤとした表情でからかわれる。ちくしょう、トラブルが終わったはずなのにくやしさが湧いて来るんだけど。

「アカネに手だすなよ!」

「んなことするわきゃねーだろ、アホか。んじゃ戸締りはシッカリな」

 ひねり出した嫌味は呆気あっけなく受け流されてしまう。もう風呂入って寝よう、ボクの負けだ。

「悪いな、1つだけ言い忘れたことがある」

 ドアノブに手を掛けた所で呼び止められる。なんだよー、敗者へのなぐさみか?

しばらくモモカから吸血すんなよ。安定取るなら最低2か月ってとこか」

「……マジ?」

「おう。フリじゃねぇからな。シッカリ守れよ」

 それだけ言うと、クマ姉はそそくさと居なくなる。えー……もうちょいなんかあると思うじゃん。

「2か月となると、1月の中盤くらいか。来年って考える時が重いな……いやむしろ少し遅めのお年玉と思えば?」

 ぶつくさつぶきながら玄関の鍵を閉める。下手に来年のことを考えてると鬼に笑われそうだな……いや鬼はボクだわ。

「ハクちゃんおかえり~」

「わっ!?」

 くだらないことを考えていると、靴を脱ぐ間もなく抱きしめられる。寝起きの体温が冷え切った体に熱をくれる。

「……ただいまモモカ」

「うんおかえり~。ハクちゃんちべたい」

 如何いかにも寝起きなテンションのモモカ。部屋の時計を確認すると、日をまたぐのにそう時間はかからない。

「ずっと外だったからね。ほら、パーカー貸すから着替えて寝ようよ」

 モモカに抱きしめるのをやめさせ靴を脱ぐ。オーバーサイズのパーカーならモモカも着れるだろうし、制服よりは多少マシのはずだ。

「一緒に寝よ~?」

 甘えた表情で手をにぎられる。そういう行動は卑怯ひきょうだと思います。

「う~ん……シャワー浴びてから寝たいかな。流石に寒いし」

 本当なら今すぐ一緒に寝たい。でも、今日の疲労感と冷えの解消にシャワーは外せない。

「ならわたしも一緒に入る」

「え”っ」



「ん~♪」

 浴室からご機嫌な鼻歌が聞こえてくる。今でも何度か一緒に入ることはあったはずなのに、謎にはばかられてしまう。

「ハクちゃんまだ~?」

 素足で感じる床の冷たさが、呼びかけと共に風呂に入ることを後押してくる。腹をくくるか。

 最後の抵抗代わりに身に着けていた下着を洗濯機に放り込み、乾燥も選択して回す。一呼吸し風呂扉を開けた。

 肩までつかかった滑らかな肢体したいれそぼった髪からのぞく白い肌、湯船につかるモモカは綺麗で、とても……美味しそうだ。

「ハクちゃんどうかした?」

 ……あっぶねぇ!? 何考えてるんだボクは。嫌悪していた筈の吸血衝動本能に飲まれかけてたぞ。

「だいっ……じょうぶ、なんでもないよ」

 ゴクリと喉を鳴らし、思想と本能を飲み込む。下手に長居すると不味いかもしれない、程々にしてさっさと出よう。

「ハクちゃんもおいでよ」

「へっ?」

 シャワーを軽く流し、シャンプー容器に手を掛けた所で提案される。今この状況で一緒に湯船とか何するかわからんぞボク。

「ほれほれ~」

「……っ!」

 モモカの手招きにはあらがえず、湯船に足を入れてしまう。

「ぅえええええ……あったまる……」

 シャワーだけでは足りなかったのか、足先に感じる温もりだけでもボクの疲労が抜けていく。

「こっちおいでよ」

 モモカが太ももの間を指さしてくる。そこに座れと申すか。

「えー……それは恥ずかしいんだけど」

「今更だよ~」

 あまり釈然しゃくぜんとしない。でも、うちの浴槽は詰めないと2人は無理……しゃーない。

 腰を降ろして湯船に全身をつけるのと同時に、モモカの双丘へと頭を預ける。相乗効果で疲労が取れていく気がしないでもない。

「お疲れ様ハクちゃん」

「うん……モモカのおかげだよ」

 それを聴いて安心したのか、抱えるように腕をまわしてくる。痛みはないけれど、指先に力が入っているのがわかる。

「ごめんね、モモカ」

 申し訳なさを感じ、押し付ける様に体重を預ける。つられてモモカの抱きしめる力を強くなる。

 心配から来たであろうその行為に、ボクは愛を感じた。



「それじゃあおやすみ~」

「お、おやすみ」

 いつも通りモモカをベッドで寝かそうとしたのだが、今日はダメらしい。

「一緒に寝る!」

 の一点張り。モモカが良いなら構わないんだけど、2人で寝るにはボクのベッドは狭すぎるし、緊張して寝れない気がする。

「やっぱ狭いな……」

「たまにはいいと思うよ~」

 体を横向きにし、抱く様にして体を寄せてくる。モモカから香るシャンプーが、自分と同じ物の筈なのに、どこか心地よく感じ、意識が断続的になる。

 モモカの匂いに包まれながら、ボクは眠りにつく。

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