第27話

 貫手ぬきていばら はくの髪をかすめると、幾本いくほんかの毛髪が刈り取られ、カウンターで放たれた爪が、椰折やしおり あかねの頬に傷をつけます。

 蒐の動揺どうようを珀は見逃さず、放った回し蹴りが腹部へと突き刺さります。受身を取れずに数mメートル吹き飛ばされ、蒐はそのまま地面を転がります。

 腹部を抑えながらうずくまる蒐は、息を切らしながら珀に問いかけます。

「ハクさんって、血を見るのも苦手じゃありませんでしたっけ……」

「ちゃんと苦手だよ。でも、今みたいな状況でそんな余裕は無いかな」

 まばたきの合間に距離を詰めてきた珀が、蒐の眼前でそう答えました。昼間とは違う、圧倒的な珀のフィジカルに蒐はついていくことが出来無い様です。

「気絶したら元に戻るとかない? ボクとしてはその方が楽なんだけど」

 呑気のんきに言い放ちますが、振り上げられた拳にはかなりの力が込もっており、恐怖を覚えたのか蒐は動くこともままなりません。

「ハ、ハクさん……」

「うん、おやすみ」

 拳が放たれようとしたその時、何かに気付いた珀が後退しました。

 先程まで珀の居た場所に穴が開き、大きく乾いた音が遅れてやってきました。

「……無粋って知ってる?」

「それはこちらのセリフだとも。計画の邪魔をしないでもらえるかな?」

 嘘くさい笑みを浮かべながら、拳銃をたずさえた鑪場たたらば 八雲やくもが現れます。

「これをお食べ蒐ちゃん。血が活発になる」

「あ、ありがとうございます……」

 蒐にカプセル錠を渡すと、八雲は珀の方へ体を向き直します。

「君なら蒐ちゃんが居ても、飛びかかって来ると思ったんだがな」

 あごに指を当て、何故と言った表情を浮かべる八雲に、珀の頬が引き吊ります。

「アカネに汚い血を見せる訳にはいかないからな。つーかボクの友人をちゃん付けすんな、キショイ」

「別に? 娘の友人には付けてもおかしくないだろう」

「お前に娘扱いされても嬉しく無いんだ……よ!」

 言い終わると同時に、珀は八雲の顔面目掛けて飛び出します。

「んなっ!?」

 瞬間の肉迫は、八雲をとらえたかに思えましたが、珀の拳は空振り、代わりに八雲の蹴りを食らって後退します。

「お前……昔はボクより弱かったろ」

「今もまだ弱いさ。しかし、瞬間的ならば話は別だ。コイツのおかげでね」

 先程、蒐に渡したカプセル錠を見せびらかすと、珀は何かに気が付きました。

「だから葉瀬はせさらったんだな!」

「あぁ、研究は有効利用させて貰ったよ」

 そう言って八雲は見せびらかしていたカプセル錠を飲み込みます。

「テメェ!!」

 全力で八雲へ飛び掛かるも、珀の攻撃は片腕でなんなくいなされてしまいます。何手先でも見えてるかの如く、ことごとく通用しません。

「っ!?」

「吸血による身体能力の向上を、カフェインで再現した技術とアイデアは素晴らしい。だが、まだ足りないんじゃないかな」

 蚊を払うような腕の動きでは吹き飛ばされ、今度は珀が地面を転がります。

「ぐっ……人のもんパクっといて高説垂れてんじゃねーよ、クズ」

「クズか……くっくっく」

 八雲は嬉しそうに笑いだし、ゆっくりと珀との距離を詰めます。

「……何がおかしい」

「私とて、その理論へ辿たどり着いてはいたさ。実行こそしなかったが」

 珀の首をつかむと、気道を圧迫しながら持ち上げます。

「がっ、くっ……」

「君という、より効率的な存在が現れたからね」

 笑顔は絶やさぬまま、珀の腹部へ拳銃を押し当てると、引き金を引きます。

「う”っ”……ぐぅっ」

「あぁ、心配しないでくれ。貫通性が高いだけで、吸血鬼なら死ぬことは無い」

 撃たれた箇所からYシャツを真っ赤に染まっていきます。そのまま珀を地面へ落とすと、両脚に狙いを定めて弾倉が空になるまで撃ち尽くします。

「がぁあああああっ!?」

「どうも私には効きが悪くてね、効果のある内に君を動けなくする必要があるんだ」

 用済みになった拳銃を投げ捨てると、流れ出る珀の血液を指ですくい上げ舐め取ります。

「ふむ、精製せずとも効力はありそうかな」

「き、きっも……」

 痛みにもだえながら、八雲から離れようと珀は地面をいます。

「貴重な血なんだ、傷口を汚されては困る。蒐ちゃん、もうそろそろ動けるかい?」

「はい、八雲様」

 すっかり怪我の治った蒐は、珀を地面に押さえつけます。

「ぐっ! なんの……話だ」

「察しが悪いね。君の血だよ。君の血で我々は始祖様へと近づけるんだ」

 にこりと笑う八雲と対照的に、珀の表情は蒼白で痛々しい表情です。

「ボクの血を……吸血鬼としての純度があがる?」

「あぁ、そうだ。君の血は濃く始祖様に近い。血とカフェインを融和させれば、一時的とは言え君を上回る程の力を得ることだって可能だ」

「……」

 珀は無言ですが、それを肯定こうていと受け取ったのか話を続けます。

「素体の純度を上げれば上げる程、始祖様へと近づく。そうは思わないかい?」

「どういう意味だ?」

「まだわからないのか。蒐ちゃんのことだよ」

「!? お前っ!」

 殺意を八雲へ向けた瞬間、珀を押さえつける蒐の力が強くなります。

「ありがとう蒐ちゃん。それで、何か質問はあるかい?」

「あるに決まってんだろ! アカネが素体とかどういうことだ!」

 える珀を見て、八雲は嬉々ききとして語り始めます。

「蒐ちゃんは素体として産まれたんだ。部下が成した唯一の成功例なんだよ彼女は」

「お前ぇえええええええええ!!!!」

 地面を叩き割り、拘束を逃れた珀が殺意を持って八雲に飛び掛かります。

「ぐがっ!?」

 しかし、蒐は珀の腕を掴んでを背負い投げた後、胸部を押さえて再び拘束してきました。

「私で見誤った様だね。蒐ちゃんはカプセルの効きが長いんだ」

「あのぅ……八雲様、うちお腹が空きました。いいですか?」

 頬を少し染めながら、恥ずかしそうにする蒐ですが、表情は捕食者のそれです。

「あぁ、折角だし体験させてあげてくれ。ただし、痛みは減らす様に」

「はい! 八雲様」

 元気よく返事をすると、蒐は瞳の色を紅から宝石様な薄ピンクへ変えていきます。

「止めろアカネ! お前はそn……」

 抗議をしますが、珀の血で強化された魅了の瞳に抵抗することは叶いません。

「うちね、お腹空いちゃったんです。だから……ごめんねハクさん」

 忘れずに両手を合わせてから、蒐は珀の首元へと顔を近づけ、鋭い犬歯をあらわにします。

「いただきます」

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