第25話

 椰織やしおりあかねが学校から去り、空を跳んでいる時のことです。急な頭痛で視界が揺らぎ、呼吸することも難しくなり、ビルの屋上へ着地すると同時に倒れこみました。

「はぁ……はぁ……」

 脳が酸素を要求し、肺がめいいっぱい動いています。それでも、起き上がる力は蒐にはありません。

「う、うちは、なんでハクさんを……」

 酸欠で思考がボンヤリとかすむ中、自分が起こした行動がフラッシュバックし始め、余裕の無い蒐は意識を手放そうとしました。

「んぐっぃ……!?」

 突如とつじょ、先程よりも大きな痛みが蒐をおそい、コンクリートの地面をのたうち回ります。そのまま、パタンと力尽きたように動かなくなりました。

 30分程経過したころ、うつろな目の蒐が意識を取り戻し、辺りを見回します。

「ここ……どこ? うち何してたんだっけ……え、恰好どうして」

 記憶が混濁こんだくしているのか、今日の行動を忘れてしまった様です。また、汚れ切った自分を見てとても嫌そうな表情を浮かべます。

「どうしよう……中に入れたりとかしないよね」

 恐る恐るドアノブをひねると、パキリという音と共に扉が開きます。明らかな異音ですが、蒐は気付かなかったようです。

「良かった……失礼します」

 階段を少し降りていくと、オフィスのあるフロアに出た様で、目的のトイレを見つけることが出来ました。

 蒐はホッとした表情を一瞬浮かべた後、辺りをきょろきょろと見回し、トイレへ入ります。

「うぅ……服の汚れどうしよう」

 綺麗になった手と、汚れたままの服を鏡越しにながめていて気付きました。自分の髪色に。

 黒と茜がまだらに混ざり合い、キャンパスに絵の具をぶちまけたような模様を作り出しています。

「えっと、イメージして……えい。……どうして」

 髪色を黒にしようとしましたが、斑模様が形を変えるだけで、染め上げることは叶いません。

「ならこっちの……っ!!」

 今度は茜色に変化させようとしましたが、学校で自身のした行為を思い出してしまいます。

「え……嘘……なんで……おえっ」

 はくを傷つけたこと、新しい友人をだまし血を吸っていたことを思い出し、吐き気が込み上がりました。

 何とか踏みとどまりましたが、八雲との食事が浮かび上がり、理解してしまいます。自分の犯した罪を。

 口内に吐瀉物としゃぶつを貯めながら個室に向かい、便器に向かって吐き出します。

「う”……え”ろ”ろぇろごっ……けほっ、けほっ! けっ……うおぇっ……え”ろ”ろ”ろ”ろ”……」

 胃が空になるまで嘔吐おうとし続け、胃液が蒐の喉を通った所で、一旦吐き気は収まりました。便器から酸っぱい匂いがあふれ、余計に気分を悪くさせます。

「うちは……なんであんなことを……」

「吸血鬼だから仕方ないんじゃないですか」

 洗面所で口をゆすいでいると、目の前から声がしました。

「どこから!? う、うち……?」

「当り前じゃないですか。うちはおかしなことを言いますね」

 鏡の中の自分はそう答えほほ笑んだと、蒐は錯覚さっかくします。

「勝手に人から血を吸うのはダメです。友人なら尚更なおさら……」

「昔からずっとやってたのに、今更そんなこと言っても説得力なんてありませんよ?」

「う、うちは変わったんです! ハクさんとモモカさんみたいに、一緒に暮らせる様にって」

「どこまで本当なんでしょうか? もしかしたらハクさんはモモカさんの血を吸ってるかもしれませんよ? 普段はうちより強いじゃないですか」

 必死に反論しますが、前々からいだいていた疑問が否定しにかかります。

「違う……うちはそんなこと思ってない! 消えてよ偽物!」

 頭を抱えその場にしゃがみ込みますが、声は消えてくれません。

「違わないですよ。うちは蒐」

「うちが蒐……椰織蒐! 偽物はどこかいって!!」

 大きく叫ぶと、洗面所のガラスが砕け、蒐に降り注ぎますが、身体には傷一切つきません。

「うちは吸血鬼。人間みたく振舞ふるまっても意味はない。だって……人間は餌ですよね」

「ああああああああ!」

 結局、もう一人の自分が消えることはありませんでした。頭を抱えうずくまると、そのまま意識を手放してしまいます。



「ふむ……もう少し血の濃度は薄めた方がいいな。人格に影響が出るのは想定していなかった」

 ベッドに寝かされる蒐を見ながら、鑪場たたらば八雲やくもつぶやきます。

「それにしても良いデータが取れた。これで君は更に始祖様へと近づく」

 不敵な笑みを浮かべ、八雲は茜色に染まりきった髪を手に取ります。

「……ん、ここは……」

「おはよう、調子はどうだい?」

 上半身を起こし体を伸ばすと、蒐は元気よく答えます。

「はい! 問題ないです八雲様!」

「それじゃあ……君は一体誰だい?」

「うちは椰織蒐、吸血鬼ですよ、八雲様」

 嬉しそうに紅い瞳を輝かせながら、蒐は言い切りました。






【後書き】

少し早いですが、年末年始は更新を休みます。休憩とインプット期間にさせてください(FGO7章とか……)

次回更新は三が日以降の予定です。

prime videoで見れるオススメのアニメがあったら、コメントかTwitterで教えていただけるとありがたいです。

https://twitter.com/rex96takeshi

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