第23話

 アカネが来襲らいしゅうする少し前のこと。

「へー、アカネから誘われたんだ」

「うん、先々週くらいに。それで愛莉あいりが気に入っちゃって」

「へー、アカネちゃんも積極的だねぇ~」

 だからお昼一緒じゃなかったんだ、と言うが何してたんだよモモカは。

「あたしそれでアカネちん好きになっちゃったんだよね~」

 楽しそうに信楽しがらきは言うが、それはどっちの意味なんだろうか。

「ねーねー、2人のこと下の名前で呼んでいい? もういつメンでしょ? あたしら」

 閃いたと言わんばかりに信楽が提案してくる。こういうノリちょっと苦手なんだよなボクとモモカ。

「愛莉、距離感間違えてる。普通はお昼一緒にしただけじゃならない」

 すぐさまツッコミを入れてくれる小津おづさん、助かるわー。

「むー、ミコっちだって仲良くなりたいんじゃないの?」

「否定はしない。でも区別は付けるべき」

 チラリと小津さんの視線がボクに飛んでくる。なんだろう、髪色で既視感とかあるのかな。こういう時は話をらすに限る。

「にしても意外だな。アカネが信楽みたいなタイプと仲良くなるなんて」

「え~だってアカネちん可愛いじゃん?」

 マスコットみたいでと続く信楽。いやまぁわかるけどさ。

「確かに否定はしないけど~、アカネちゃんはそれでよかったのかな~?」

「なんだか受け入れていたよ。愛莉の勢いに押されたのはあるだろうけど」

 容易に想像がつくなその光景。まぁでも、アカネの交流が広まるのはいいことだと思う。ついでにモモカのも広げらんないかな。

「大変だなアカネも。信楽みたいなタイプに振り回されて」

「そんなことないよ~アカネちんだって「うちがどうかしましたか?」」

 同時に、屋上の扉からパキンと音が鳴る。会話をさえられたのもあるだろうが、破壊するような音が場をこおらせるには充分だった。

「みなさんご一緒で丁度いいです」

 目の笑っていない顔でボクらをながめると、ニタリと歯を見せてくる。

「うちも食事に混ぜてください」

 瞳を宝石の様な薄ピンクへ染めたアカネ。

 あれは魅了の瞳。吸血の際、痛覚や記憶を麻痺させることで、軽度の催眠状態にするもの。つまりアカネは、ボクらから血を吸おうとしている。だが、催眠にも弱点はある。

 魅了の瞳は対象との距離や、複数人に使うことで効果が薄まる。何より吸血鬼のボクには効かない。吸血なんてさせるかよ。

「わかった、アカネも食事しよう」

 意思と反する言葉が発せられる。なんでだ、催眠はボクに効かないのに……あ。

 気付いてしまう、ボクとアカネの力の差に。瀕死のラインに立つボクと、絶大な力を得ているアカネ。

 今のボクに催眠による支配からあらがうことが出来ない。

「アカネちん、重役出勤じゃん。もしかして、あたし達とお昼食べたかった?」

「はい、間に合わせるために頑張って急ぎました」

「なら私の食べる?」

「いいんですか? いただきます小津さん」

 そのやり取りにゾッとする。いつも通りと言わんばかりの会話と行動、アカネは何回2人の血を吸った?

 小さな嬌声きょうせいと共に、小津さんの首元が紅く染まっていく様子を見て、全身から血の気が引いていく。

「アカネちゃん、よく食べるね~。ハクちゃんも見習わなきゃ~」

「あぁ、そうだn……それは違う」

 手放しそうになる意識とかじかむ指先、それらを無理矢理押さえつけて、ボクは抗う。足に力が入らない、呼吸がうまく行えない。それでも、止めなきゃならない。

「ハクさん……美味しいですよ? 一緒にどうですか?」

「止めろアカネ! 今のお前は正気じゃない!」

 出会って日が浅いとはいえ、そんな節操せっそう無しに吸血するとは思えない。

「正気も何も、吸血鬼として普通のことじゃないですか。うちは食事をしてるだけですよ」

 この行動がアカネの意思でないことを確信する。昔、全く同じことを言っていた奴を知っているからだ。クソ親父ドブカスが……!

「……お前を止める!」

 血をめぐらせアカネを止めようと動く。弱っているにしても、引きがすだけなら問題ない。その後は知らん。

「ダメですよハクさん」

 ゆっくりと人差し指が突き出される。そしてそのままボクの腹部に触れる。瞬間、1つ下の踊り場の壁へ体を打ち付ける。

「がっ……!」

 腹部からえぐられたような痛みが襲う。後頭部にはぬるりとした液体を感じる。あー結構ヤバイなこれ、この間と違って余裕がないから尚更。

「ハクちゃん!?」

「ちょっと荊!?」

 モモカと信楽が正気に戻ったっぽい。小津さんは……まだもう少しかかるか。

「あーあ……うち、帰りますね? 次は邪魔しないでください」

 屋上の扉が閉まると同時に、アカネの姿も消えていく。一先ひとまずは良かった……。

「しっかりして荊、ちょっと! 津名さんは先生呼んで!」

「う、うん」

 また入院になりそうだなこりゃ、折角学校来たのに。あーダメだ、眠い。

 重くなるまぶたに意識ごとゆだね、ゆっくり眠りにつく。



「んぁ……」

 ボンヤリ覚醒した意識で天井を見る。知ってる天井……というかボクの部屋かここ。

「病院じゃないんだな……」

 頭はフラフラとするが、意外と起き上がれるもんだな。丈夫な吸血鬼でよかった。

「ハクちゃん!!!」

「ごふぅ!?」

 抱き着かれた勢いでベッドに倒れこむ。丈夫とは言え、弱った体にタックルは効くんだわ。

「ハクちゃん大丈夫!?」

「今のが無きゃもっと平気だったよ……」

 突撃してきた不安そうなモモカの頭を撫でる。可愛いなボクの恋人は。

「そんだけ元気があるってことは、生活する分にゃ問題はなさそうだな」

「それってどういう意味クマ姉?」

 あきれたのか盛大な溜息ためいきをつくクマ姉。ちょっと失礼じゃないか?

「そのまんまだよ。今のテメェは何もすんなってことだ」

 うん、そのまんま……なるほどな。

「いやアカネはどうするんだよ!?」

「無理だな。どうせクソ当主様が裏でなんかしてんだろ? だったら、手出せないんだよこっちは」

 クソ親父が関わってることはほぼ確定な上、学校というしがらみから抜け出せないクマ姉は動くことが出来ない。

「ならボクがどうにかするしk「できねぇのにでしゃばんじゃねぇ!」」

 普段聞かない声量でクマ姉がボクをしかる。

「……わりぃ、怒鳴っちまって。ただな、こっちだってお前が心配なんだよ珀」

「ううん、ありがとうクマ姉。ボクが無謀むぼうだった」

「おう、ちと外で頭冷やしてくるわ」

 申し訳なさそうな顔で部屋から出ていくクマ姉。

「……ねぇハクちゃん」

「うん? どしたのモモカ」

 少し赤くなった目尻でボクを見つめると、決心した様に深呼吸をする。

「わたしの血、吸ってよ」

 恐ろしい提案に、心臓がドキリと跳ねる。

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