第22話

「いただきます」

 椰織蒐やしおり あかねはご馳走ちそうを前にしても、手を合わせることは忘れません。彼女がお母さんとした約束です。

 お肉からは香ばしく、酸味のある独特な匂いが漂ってきて、蒐の食欲を刺激します。

 まだナイフとフォークに慣れないのか、震える手でお肉を口へ運ぶと、口いっぱいに拡がる甘みとあふれ出る肉汁が噛めば噛む程溢れて来て、蒐は泣きそうな顔になっています。

「美味しいかい?」

「はい! 八雲やくも様!」

 八雲様と呼ばれた男性は、赤銅しゃくどう色の髪をオールバックでまとめ、蒐のことをながめていました。

「うち、こんなに美味しいお肉食べれて幸せです」

「それは良かった。君のために用意させた特別な物だからね。存分に味わってくれ」

「ありがとうございます」

 八雲に感謝をしながらも、蒐の手は止まりません。スパイスの効いた付け合せやスープを幼い子供の様に食し、あっという間にお皿は空になりました。

「ごちそうさまでした」

 再び手を合わせ、食への感謝を行う蒐。そしてふと疑問に思います。何故自分はこの人と食事をしてるのだと。

 蒐が八雲に出会ったのは、彼女が転校してきた日でした。



「君が椰織 蒐ちゃんかな?」

 校門を通ると、蒐は金髪オールバックの男性に話しかけられます。どこかで見覚えはありましたが、思い出せません。

「あぁ、申し訳ない。私はこの学校の理事長をしている者だ」

 言われてみれば、パンフレットにっていたのはこの方だったかもしれません。

「えっと、なにか……」

「あぁ、気を使わせてすまない。君はまだ新しく入ってきた子だからね。何か手伝えることでも無いかなと」

 ニコニコと優しい笑顔を向けてくれますが、蒐を品定めする様な視線に恐怖を感じてしまいます。

「だ、大丈夫です。うちはこれで……」

「あぁ、怖がらせて申し訳ない。お詫びにこれを渡しておくよ」

 そう言って名刺を渡してきました。蒐は凄く嫌に思いましたが、断ることも出来ず、そのまま受け取ってしまいます。

「それじゃあ……また」

「はい……」

 そのまま蒐は校内へ向かいますが、見送る理事長……八雲の瞳が、宝石の様に薄ピンクになっていたことには気が付きませんでした。



 次に蒐が八雲に出会ったのはパーティーの時です。

「こんばんは椰織 蒐ちゃん」

「こ、こんばんは理事長さん……」

 八雲は少し思案すると、こう提案します。

「理事長だと堅苦しいだろうに。八雲と呼んでくれて構わないとも」

「そんな! うちにそんな度胸はありません!」

「そうか、それは残念だ」

 ヤレヤレと肩をすくめ、蒐をまじまじと見つめる八雲。

「ど、どうかしました……?」

「あぁ、良く似合ってると思ってね。その服は君が選んだのかい?」

 優しそうな笑顔でニコリと笑い、蒐をめますが、その笑顔はどこか作り物のようでした。

「ありがとうございます理事長さん。い、一応うちが選びました……」

「センスがあるんだね。娘に君みたいな友人が居て助かるよ」

「娘さんですか!? えっと……」

 娘と聞いてワタワタする蒐に、八雲は口をおさえて軽く笑います。

「あぁ、はくは私の娘なんだよ。今後ともよろしく頼むよ」

「う、うちの方こそハクさんにお世話になってばっかりで!!」

 蒐の言葉に、今度は大きく笑う八雲。何故か周囲はそれを意にかいしません。

「あぁ、失敬。アイツがそう思われてるのが面白くてね。……あぁそうだ」

 何かを思い出したかの様に蒐へ顔を近づけ、しばし宝石の様な薄ピンクの瞳で見つめます。

「このことは珀に内緒にしておいてくれ。それでは」

「……はい、八雲さん」

 この日以降、蒐は八雲と度々食事をする様になっていました。



「……ちゃん……蒐ちゃん、どうかしたのかい?」

 少し前を思い出し、ボーッとしていた蒐は、声を掛けられ我に返ります。

「大丈夫です、少しボーッとしてしまって」

「それならいいんだ。ほら、これでも飲んで落ち着くといい」

 そういって八雲は、グラスに並々と注がれた真紅の液体を差し出します。

「ありがとうございます。……美味しいですねこれ。いつ採ったんですか?」

 怪しむことなく口にした蒐は、嬉しそうに言います。

「最近、酸化しない様集める研究をしていてね。採ったのは数日前だが、美味しさは保たれているだろう?」

 恍惚こうこつした表情の蒐は、満足そうに飲み干します。

「はい! ごちそうさまでした」

「それじゃあ、もう1つ口にして欲しい物があるんだが、いいかな?」

 八雲は小さな真紅のカプセル錠を差し出します。

「えっと……」

「そのまま飲み込んでくれ。吸血鬼の力を高める薬の試作品だが、今の君ならさほど影響は無い」

「わ、わかりました」

 蒐はカプセル錠を少しの間見つめ、意を決して飲み込みます。

「そのまま、全身の血を制御して貰えるかな」

 八雲に言われるがまま、全身の血流を操作すると、突然心臓に痛みを感じ、蒐は床に倒れこみます。

「かはっ……!」

 呼吸はかすれ、頭痛で動けず、全身が弛緩しかんしていきます。

 30秒程経った頃でしょうか、何事も無かったかの様に蒐は立ち上がりました。

「……気分はどうかな? 蒐ちゃん」

 深呼吸を何度か繰り返し、紅く染まった瞳で蒐は答えます。

「とても良い気分です八雲様」

「それは良かった。何かしたいことはあるかい?」

 満足そうな笑みを浮かべた八雲が蒐に問います。

「うち、友達とお昼ご飯が食べたいです」

 先程お肉を食べたばかりだというのに、紅い瞳を輝かせながら嬉しそうに言い切りました。

「そうか、それなら行ってくるといい。まだ間に合うだろうからね」

「はい八雲様!」

「おっと、友達に合うなら着替えていくといい。おい、彼女を連れて行ってやれ」

 八雲が部下に命じると、そのまま蒐は退室していきます。

「ふむ、この結果なら悪くない。責任者……葉瀬はせだったか。君に感謝を」

 八雲は空になった皿を一瞥いちべつし、自身も部屋からいなくなります。



「本当に良いのですか、蒐様」

「はい、お昼に間に合いませんから」

 パーティーの時同じ、左サイドを三つ編みでまとめ、右目を露出した髪型に、ふんわりとしたシルエットのワンピースドレスを身に包んだ蒐。ドレスのブルーグレーが茜色の髪と対照的で、どこかお嬢様の様な印象を与えます。

「それじゃあ失礼します」

 ドレスの裾を摘まみ、軽く持ち上げ会釈えしゃくすると、爪先で宙へ飛びあがり、そのまま建物を足場に跳びながら学校へ向かいます。

「みなさんまっててください。うちも今行きますから」

 妖艶ようえんに笑うその顔は、友人を想うものではなく、捕食者ほしょくしゃの顔をしていました。






【後書き】

累計1000PVありがとうございます。

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