第21話

「おう、来たか」

 わたし達を呼んだ養護教諭ようごきょうゆは、疲れ切った顔で珈琲コーヒーを飲んでいた。

「珍しいですね、久間先生のそんな状態」

「忙しくて寝れてねーんだ。身だしなみに回してる余裕がない」

 確かに髪はボサボサで、白衣には珈琲の染みがある。相当忙しいのがわかった。

「ぷぷ、クマ姉だっさ」

「てめぇと違って普通なんだよ、こちとら」

 ハクちゃんの軽率な発言に、久間先生は握り拳を作る。

「わー! 待って、暴力反対! というか教師としてダメだって!」

「わりぃな、流せるほど余裕ないんだわ」

 流石に今のハクちゃんが悪いと思う。仕方ない。

「先生~結局わたし達はなんで呼ばれたんですか~」

「あー……そうだった。馬鹿に付き合ってる暇はない。とりまソファ座れ、珈琲出してやっから」

 そういって久間先生は珈琲を入れにかかる。話がらせてよかった。



「2人に聞きたいことがあってな。椰織やしおりがどこに行ったか聞いてないか?」

 2人して顔を突き合わせ首をかしげる。何の話だろうか。

「やっぱ知らねーか……ほれこれ」

 差し出されたのは1枚の紙。丁寧ていねいに書かれた字は、アカネちゃんの物だ。

『久間先生へ、大丈夫ですでかけます。1週間くらい休みます』

 中身がない。何が大丈夫なのかも伝わらない。

「えぇ……なにこれ」

「これが、昨日部屋まで行ったら置いてあった。こっちが入室する前提ぜんていの書置きとか困るんだよ……」

 いくら寮長とはいえ、おいそれとプライベートに干渉することは無い。久間先生が部屋まで来るとわかっている辺り、なんだか嫌な予感がする。

「ったくよぉ……簡単に1週間も休むんじゃねぇよ。来週はテスト期間だろうが」

「え……? マジじゃん!? 復習キッツ……」

 どちらも溜息ためいきをつくが、ベクトルが違って思わず笑ってしまった。

「笑うなし、モモカ」

「えへへ。寝てる間に月変わっちゃったもんね〜」

 互いに見合い笑みがこぼれる。

「お前ら付き合ってんのか?」

 不純同性交遊は禁止つったろと、釘を刺してくる。どう答えたものか。

「ボクは黙秘権を行使します!」

 ハクちゃんが腕で大きなバッテンを作り拒否の姿勢を見せると、久間先生は嬉しそうにする。

「別にこれ以上聞くつもりはねぇよ。1つ言うならTPO時と場所わきまえろってことだな」

「ふむ? まぁそれならいいか」

 あぁ分かった。さっさとわたし達に付き合って欲しかったんだ。ありがとうクマ姉。

「失礼しまーす」

 扉が開き、知らない人間が入ってくる。ショートカットで薄紫の髪色に、色白の肌、制服の上からダボダボなセーターを着た、所謂いわゆるギャルと呼ばれるタイプの人間だ。

「お、いたいたバカップル」

「ん”な”っ!?」

 バカップルという単語で顔が赤くなるハクちゃん。正直わたしも少し恥ずかしい。

「あのさー、アカネちん休んでる理由知らない? あたし返信こないんだけど」

「ボクらも来てないよ。てかバカップルとか呼ぶなよ信楽しがらき!」

 え、なんでハクちゃんコイツの名前知ってるの? それともわたしが知らない関係?

「ねぇいばら津名つなさんにらんできて怖いんだけど。なにこれ」

「あぁ、悪いな。モモカは人の名前覚えないんだ」

 何故かわたしがあきれられてしまった。悪いのはハクちゃんだよ?

「あたしは『信楽 愛莉しがらき あいり』2人のクラスメイトだよー。よろしくー」

 悪いのはわたしだった。反省します……。

「でさー、2人に相談なんだけど、お昼食べない? いつメンも一緒で」

 確かにまだお昼を食べてなかった。うーん、でも今日は久々に、ハクちゃんとのお昼なんだけどな。

「ボクはいいぞ。アカネについて話あるんだろ?」

「わかってんじゃん~」

 わたしに断るのは無理そうだ。また明日もあるし仕方ない。



 今わたし達は、いつもの場所で昼食を取っている。わたしとハクちゃんに先程の信楽さん、もう1人は髪をミディアムにした褐色肌の『小津 弥子 おづ みこ』さんを含めた4人。クラスメイトらしく、なんとなく見覚えがあった。あともう1人いつメンが居るらしいけど、今日は部活で来れないとのこと。良かった、名前覚えるの苦手だから、一気に来られても困る。

「ねーねー、2人のこと下の名前で呼んでいい? もういつメンでしょ? あたしら」

 距離感が近い。人付き合いがそこまで得意じゃないわたしからしたら、別次元の人間としか思えない。

「愛莉、距離感間違えてる。普通はお昼一緒にしただけじゃならない」

 小津さんが助け舟を出してくれた。助かった。

「むー、ミコっちだって仲良くなりたいんじゃないの?」

「否定はしない。でも区別は付けるべき」

 信楽さんを言い包める図は、2人の仲の良さを表している様だ。

「にしても意外だな。アカネが信楽みたいなタイプと仲良くなるなんて」

「え~だってアカネちん可愛いじゃん?」

 マスコットみたいでと続く発言に、否定のしようが無かった。うん、わかるよ。

「確かに否定はしないけど~、アカネちゃんはそれでよかったのかな~?」

「なんだか受け入れていたよ。愛莉の勢いに押されたのはあるだろうけど」

 容易に想像がついてしまう。わたし達以外にも友人ができたようで良かった。

「大変だなアカネも。信楽みたいなタイプに振り回されて」

「そんなことないよ~アカネちんだって「うちがどうかしましたか?」」

 場の空気がこおる。開くはずのない屋上の扉から、連絡のつかない人物が現れたのだから、当たり前だろう。

 いつもと恰好かっこうが違う。パーティーの時と同じドレスに、整えられ片目が露出ろしゅつしている髪型。そして、宝石の様に光る薄ピンクの瞳。

「みなさんご一緒で丁度いいです。うちも食事に混ぜてください」

 ニコリと笑うその顔は、笑顔ではなく吸血鬼の……捕食者ほしょくしゃの顔をしてた。

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