第20話

「間に合わなくなるよハクちゃん!」

「ま、ま"っ"て"く"れ"……」

 人生で初めて感じた、走ることによる疲労感。脇腹わきばらの痛みで呼吸がかすれる。今までどれ程、吸血鬼の力に甘えてたかを理解できたわからされた

 胃に妙な気持ち悪さを感じる。喉元のどもとまで吐き気がのぼってくる。うっぷ。

「ボクを置いて先に行くんだ……」

 心配で待ってくれているモモカに、ギブアップの意味でサムズアップを送る。いろいろともう限界、倒れたらそのまま地面と同化したい。

「もー! 変なこと言わないでよ~」

 そういってスポーツドリンクと小さな錠剤じょうざいを差し出してくる。震えるうでで受け取り、それらを勢いよく口にする。

「はぁ、助かった……」

 すぐに効くことはないが、気持ちがだいぶ楽になる。というか、スポーツドリンクはもっと早くくれ。

「ねぇハクちゃん、その錠剤ってどんなものなの?」

「あー……」

 この錠剤はカフェインのかたまりだ。流石に恋b……モモカとえど、隠した方が賢明けんめいな気がした。

「なんかボクの為の薬らしいよ? 吸収を速めるためにスポドリなんだってさ」

 嘘は言っていない。ただ全部を話していないだけ。

「ふーん……」

「ほら、早く行こうぜ。ボクのせいで遅刻してらんないだろ」

 めちゃくちゃあやしまれてる。いやだって、じいちゃん先生の指示なんだぜ!? カフェインをスポドリと一緒に飲むとか、滅茶苦茶めちゃくちゃ不安だからな。慰安のボクほぼ徹夜だし。



 結局、教室に着いたのはホームルーム開始5分前。あの後もスムーズに登校することは叶わず、だいぶギリギリになってしまった。

「あっぶなー、マジで遅刻寸前」

「ホントにね~」

 ボクらが来ると、ホームルーム前特有のガヤガヤとした雰囲気がピタリと止まる。え、なに、教室でも間違えた?

いばらさんもう大丈夫なの!?」

「へっ、一応は?」

 そのまま数人のクラスメイトが、呆気あっけにとられているボクを囲む。待ってボクなんかした?

「「よかった~」」

 あ、心配されてたのか。半月以上病欠だったクラスメイトが、普通に登校してきた時って、普通ビックリするよね。

「急に入院って聞いたからさ~」

「結構元気そうじゃん?」

「ねーねー、今度ヘアアレンジしていい?」

「どんな病気だったの?」

「太ももさわっていい?」

「ノート貸そうか?」

 一斉いっせいしゃべりかけられる。ちょっとまて何か居たぞ。

「ボクは聖徳太子じゃないんだが! せめて椅子に座れせてくれ!?」

「あーごめんごめん、普通に心配でさ。荊さんいつも体育休んでるし」

 たははと笑いかけてくれるクラスメイト、確か彼女の名は……。

「ありがとう天城あまぎさん。この通り元気だよ」

 ピースサインをしながら自分の席に向かう。あんま話さなくて覚えてるもんだな名前。

「ならいいんだけど。それで、何の病気だったの?」

「たいしたもんじゃないよ、持病の兼ね合いとかで」

 やっべー、そこら辺なんか言い訳でも考えとくんだった。こういう時は……助けてモモカ!

 周囲を見るとどこにもいない。え、待ってどこ行ったの。もしかして逃げた?

津名つなさんならカバン置いてどっか行ったよ? それより~その右手、どうしたのかなー?」

 ニヤニヤと天城さんが詰め寄って来る。なんなら周りのクラスメイトも同じ表情をしている。

 咄嗟とっさにパーカーの袖で右手を隠すと、余計にニヤニヤとされてしまう。

「なんで隠したのかな、教えて欲しいな~」

 顔が熱くなっていくのを感じる。言えるもんか。

「その指輪、津名さんも同じ……あ」

 助け船のチャイムが鳴り、担任も教室へやってきた。マジで助かった……。

「むぅ、後で教えてね、それの話」

 不満気ふまんげだが、天城さんは自分の席に行ってくれた。登校含めてどっと疲れた。

「ねぇ荊さん、一個だけいい?」

 後ろの席から声がかかる。

「うん? いいけど、どしたの小津おづさん?」

「ウィッグするなら、ヘアカラースプレーした方がいいよ、銀髪は目立つから」

「ひぇ……」

 なんかバレたんだけど。てか、謎に詳しいの怖いんだけど。

「内緒にしてあげる。だから私が言ったことも秘密ね」

「う、うん。わかった……」

 なんで今日は短時間で心身共に疲れにゃならんのだ。後でアカネでもモフろ……あれ? アカネ遅刻かな、席に荷物がない。

「津名さん、ホームルーム始りますよ」

「ごめんなさい~」

 どこかに行ってたモモカが戻ってくる。モモカは知ってるかな。



「どうしたんんだろうね~、アカネちゃん」

「連絡も付かないってのは不穏だよな……」

 脳裏にクソ親父ドブカスの顔がよぎる。まさかな……。

 現在は、授業合間の休み時間。クラスメイトの質問攻めから逃げるのに、いつもと同じ階段の踊り場へ来ていた。なんだか久々に来たなここ。

「む?」

 スマホにメッセージが届く。アカネかと思ったが差出人はクマ姉だった。

「モモカー、昼休み保健室来いってさ」

「経過観察かな~? 教室居るの大変だし丁度いいね~」

「確かに、またなんか言われそうで嫌なんだけどボク」

「あははー、わたしは遠くから見てるね?」

 恋人じゃなかったのかボクらは。まぁ、普段はこういう関係のままが楽かな。

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