第19話

「あっぶね、寝かけてた」

 手放しかけた意識をエナドリと共に飲み込んでいく。久々の学校に遅刻してらんない。正直言うと、極限に眠いんだけども。

 今ボクは、いつも以上の寝不足におちいっている。数日前の行動が脳裏をよぎる度、恥ずかしさでもだえ、全身が熱くなっていく。

 自分の行動が間違っていたとは思わないけど、過剰かじょうなことは自覚している。冷静になればなる程、唇の感触がよみがえってくるんだぞ!? ゲーム知識は呑みにするもんじゃないと、身をもって学んだよ……。

「ひょぉう!」

 モモカからのメッセージ音におどろき、変な声が出る。いろんな意味でドキドキしながら確認する。

『おはようございます。玄関前なので開けてください』

「……いつもは勝手に鍵開けてくるじゃん」

 チャイムも鳴らさないモモカの他人行儀さに、ついつい文句が出る。

 あの日以降、メッセージ越しで会話はするも、互いに敬語を使ったものになってしまう。いやだって、なんか恥ずかしいじゃんか! 発端ほったんを作ったのはボクだから、ある意味仕方がないのだけれど。

 変な距離間に後悔の溜息ためいきを吐き、モモカを招き入れに向かう。

「お、おはようございます」

 あ、可愛い。いつもと変わらぬ制服姿へ、そんな意識を向けてしまう。なんだか耳が熱い。

「オハヨウ……。ドウゾアガッテ」

 照れと緊張で何故かカタコトになる。

「オ、オジャマシマス」

 モモカにもカタコトが感染してしまった。



 テーブルに着き互いに顔を向かい合わせるも、どう話していいのかが分からない。登校タイムリミットまで後1時間、このいたたまれない空気をどうしろと。

「えーとその、ハクちゃんにお話があります」

 真剣な表情のモモカに、のどがゴクリと鳴る。

「わたし達って……付き合ってるんでしょうか!?」

 力んだ腕が、乗せていた太ももから滑り落ちる。え、ボク達付き合ってないの?

「お互いに好きとは言ったけど、付き合うってまだ……言ってないの!」

「へぇっ?」

 思わず素っ頓狂すっとんきょうな声が出る。そんな馬鹿な。可能な限り冷静に記憶を探る。

 えー、互いに気持ちをぶつけ合って、言いたいこと口にしたと。んで、ボクが押し倒してキスした。……うん、確かに言ってない。

「どう……しよっか」

 どうと言われても、あの流れで付き合わないとかあるのか? あーダメだ、なんかわかんなくなってきた。

 ボクはノロノロとテーブルを離れ、姿見の前に立つ。

「ハクちゃん……?」

 不安そうな声を背に、横の小棚からそれを手に取る。ペアのピンキーリング、右手の小指にめると、モモカへ振り向きそのまま差し出す。

「指切りしようモモカ」

「へ? え?」

 状況が理解できていないのか、混乱した声が返ってくる。まぁそれもそうだろう。

 じれったくなり、無理矢理に指切りをさせる。

「その……こういうことで」

 右手にペアリングを付ける時は『変わらぬ想い』の意味合いを持つらしい。てっきりモモカなら知っていると思たのだけど。

「その……今度は約束守るから」

 昔の指切りは約束をはたすことが出来なかった。だからこそ、今度は破らない。ボクなりのケジメの付け方。

「うっ……ハクちゃぁああん!!」

「ぐえっ!」

 勢い良く抱き着かれ、床に倒れ込む。力が弱ってるせいで受け身を取れなかった……。

「よかった……よかったよぉ!」

 ボクの小さな体を抱きしめながら、モモカは号泣していた。

「モモカ……」

「ありがとうハクちゃん……」

 違うよ、ありがとうって言いたいのはボクの方だ。吸血鬼であることを受け入れてくれてありがとう。愛してくれてありがとう。



「ホントにこの状態で切るの~?」

「うん、よろしくー」

「結構難しいんだけどな……」

 姿見に映る黒い長髪をしたボク。現在、モモカにカットをお願いしている所だ。

「ウィッグ切るの難しいよ~」

 そう、これは吸血鬼の力ではない。というか、そんな余裕はない。だからコスプレ用のウィッグで登校することにしたのだ。

「なんか固定したら切りやすくなるとかない? どっかで読んだけど」

「わたしはそれ知らないよ~」

「両面テープ家にあったかなぁ」

 ふと、鏡に映るモモカの右手に気づく。あれ、さっきは付けてなかったような。

「いつの間に付けたのそれ?」

 右手のリングは、自己主張するかの様に室内灯LEDを反射していた。

「んー? いつも持ってるよ~」

 ……学校にもってことだろうか。てか何処どこに付けてたし。

「見つかったら、没収されると思うんだけど」

「え? なんも言われなかったよ?」

 おい、それでいいのか教育機関。私立といえど、限度ってもんはあるだろ。ボクもパーカーを着てるから、とやかく言われないのはありがたいんだけどさ。

「ねーハクちゃん、このままだと遅刻するよ~?」

 やっべ、さっさと両面テープ探さにゃ。ボクだけならともかく、モモカを遅刻させる訳にはいかない。

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