第18話

 院内を早歩きで目的地へ向かう。こんなにも早く意識が目覚めるなんて、どうか起きている時間帯であって欲しい。

「ハクちゃん!」

 扉の開け放たれた個室へ飛び込み、幼馴染おさななじみを呼ぶ。返事をするかのように読み上げられる『××ガールズ・プリティーコネクト!』の音声タイトルコール。目元に浮ぶ涙が引っ込んでいく。

 運ばれてきた際は重体であり、2週間という短くない意識不明。そんな状況で目覚めたと聞けば、もっと弱った状態を想像するものなのだが、現実は何故か呑気のんきにスマホを弄っている。

「お、やっほーモモカ。久しぶり」

 ひらひらと手を振ってくる。起きていてよかった、ではなく。

「久しぶりじゃないよ!  どれだけわたしが心配したと思ってるの!?」

「んやー、ごめんごめん。早退もさせちゃったみたいだし、悪かったなー」

 軽薄けいはくに言うが、浮かべる笑みに元気さ感じない。半ば呆れながら個室のドアを閉じに向かう。

「そう思うなら、大人しく寝ててほしいかな~……」

「暇だし寝れなかったんだよ。それに、お母さんがやってたこれ面白そうだったし」

 ベッドに腰かけたわたしに、スマホの画面を見せてくるハクちゃん。そっか、おばさんと話したんだね。

「……ごめんね、隠してて」

「大丈夫だよ、お母さんと話せたし。それに、共通の話題もみつけたしねー」

 なんとなく再開の場面が想像できてしまった。似た者親子とはこういうことか。

「それにしても、もう歩けるようになったんだね~」

 即日歩ける程回復するのは、吸血鬼の力なのだろうか。

「とは言うけど、それ無しじゃ歩けないんだぜボク……」

 歩行器を指さす。さとった様な遠い目で窓の外へ視線を向ける。気持ちはわからなくも無い。

「……切られてなかったら、違ったのかもね」

 肩辺りで雑に切られた銀髪を見つめる。ハクちゃんからしたら、ヒゲを失った猫と同じ状態なのだろう。未熟な吸血鬼の補助器官となる髪を、急に失ってしまったのだから。

「まーこれを機に、コントロールできればいいんじゃね?」

 ヘラヘラと笑い飛ばす態度に、ムカついてしまう。

「そんな嘘……つかないでよ!」

 つい声を荒げてしまった。力のコントロールには大量の血を必要とする。それは、今のハクちゃんにとって自殺行為と同じだ。

「……」

「……」

 互い沈黙ちんもくし、空気が重い。

「ごめん、わたし帰r「待ってモモカ」」

「ボクさ……モモカに謝らなきゃいけないことがあるんだ」

 真剣な表情で見つめてくる頬には、涙の跡があった。あぁ、ずっとわたしを待ってたんだとわかる。

「……うん、教えて?」

「えー、ボクとモモカが初めてあった頃さ、モモカの両親を探してたの覚えてる?」

「うん、覚えてる」

 その話か。それならもう……。

「結局さ、見つからなかったじゃんか。でさ、その……ボクが……」

 言葉に詰まりポロポロと涙がこぼれ始めた。わたしはそれを見て、そっときしめる。

「……知ってるよ、どうなったか。ずっと前におばさんから聞いたの」

「ごめん、ごめんなぁ……うっぁああああ!」

 子供の様に泣き始めるハクちゃん。いいんだよ、もうとっくに許してるから。それに、1度はわたしを捨てた人達だ。もう両親とは思っていない。

「もう……嫌だ、吸血鬼なんて。人間になりたい」

 恐らくハクちゃんの本心なのだろう。胸の奥がズキリと痛む。

「……そんなこと言わないでよ」

「許されちゃダメなんだよ……あのまま消えるのが正解だった!」

 泣き止む様子はなく、貯めていたであろう想いが吐露とろされる。同時にそれは、私を深く傷つける。

「駄目だよハクちゃん、わたしがさせない」

「ボクがっ! モモカの血を飲める訳ないだろう! そんなの……無理だ!」

 すがる様に大きくまぶたと口を開く。縦に伸びた瞳孔どうこうに、ギラリと光る尖った犬歯キバが、人間とは違う存在であることを強調している。そんな状況に背筋が強張こわばる。

「嫌なんだよ、あのクソ親父と同じなんて。人間でいたいんだ……」

 消えていきそうな声にわたしの気持ちが爆発する。全力でハクちゃんの頬を強くはたく。響いた音は静かに消えていく。

「ふざけないでよ! そんな自分勝手な考え!」

「モモカ……」

「もうわたしの血は、ハクちゃんの体に流れてるんだよ?」

 みるみる顔が青ざめ、絶望の表情に変わっていく。黙っていてごめんね?

「それに……消えたいのはわたしだって同じ」

「な、なんで……」

 あぁ、ついに言ってしまった。ずっと隠しておきたかった気持ちを。

「わたしね、本当は吸血鬼が……ハクちゃんも怖いんだよ?」

「え……」

 わたしの根底こんていに根付いた恐怖。幼いハクちゃんに、吸血鬼に感じたそれは、今になっても拭うことが出来ない。

「昔から、ずっと吸血鬼が怖いの。自分はエサなんだって思い知らされる、あの視線が怖いの」

 思い出すだけで全身が冷たくなる、選定される恐怖。ハクちゃん達がわたしをそう見てないのは分かっている。それでもこの感情は消えてくれない。

「なら、ボクをこばめばよかったじゃんか……!」

 弱々しい力で押し倒される。零れる粒がわたしの服を濡らす。

「無理だよ……だってハクちゃん、優しいから」

 涙をぬぐう様に頬をでると、あふれる雫が腕を伝ってくる。

「わたしはね、そんなハクちゃんにあこがれたし、ひかかれていったの」

 いつからか芽生えていた、ライクではなくラブの感情。それは誤魔化ごまかし様のない事実。

「んぇ……へ?」

「好きだから、怖くても一緒に居たんだよ? ふふふ、わからなかった?」

 呆気あっけにとられた顔が面白くなり笑ってしまう。

「いや、あの、えっと、ボクは」

 驚いた拍子ひょうしに泣き止んだ、ハクちゃんの口に指を充てる。代わりにわたしから涙が零れていく。

「わたしはね、ハクちゃんに血を吸われて死にたい。それが叶うだけでいいの」

 その覚悟はもうできている。好きな人に恐怖を感じなくなるし、わたしの血はハクちゃんの中で生き続ける。これ以上、互いに傷つかなくて済む。

「だからお願い……」

 あの時は恐怖で拒んでしまった吸血行為。抱きしめる様にハクちゃんの顔を首元へと近づける。これで楽になれる。ありがとう、ごめんね。

「モモカ……ごめん」

「!?」

 突然キスをされる。ちょっと待って、思考が追い付かない。ついばむものとは違う、恋人同士の深い接吻。

「ん”!?」

 酸素を取り込もうとわずかに口を開くと、舌がじ込まれた。甘い唾液がわたしを麻痺させていく。

 探る様に舌をからめられる。押し返そうとすることで、より絡み合う。少しずつ酸欠になるのを感じながら、キスのことで、脳内が埋め尽くされていく。

「プハッ……」

 限界を感じ、ハクちゃんの口が離れた。とてつもなく長い時間、互いを味わっていた様に感じる。

「ハァ……ハァ……」

 呼吸が乱れ、思考にもやがかかりっぱなしで、言葉が出てこない。

「ボクだって、モモカが好きに決まってんだろ!」

 耳まで顔を紅に染め上げたハクちゃんが言い切る。その言葉は、わたしの胸に染み込んでいく。

「好きな人に……居なくなられてたまるもんか」

 子供の様に照れて視線をらすも、わたしに手を絡ませてきた。

「でも……いろんな問題とか」

「同性だの、種族なんて知ったことか。文句あるならまたキ……チューするぞ」

 おおいかぶさる様に顔を近づけてくると、互いの鼻先が触れ合う。あ、どうしようこれ、すごく恥ずかしい。

「そ、その……舌はどうかと……思います」

「え”っ”!?」

 あまりに照れくさくなり、思わず敬語になってしまった。というか、わたしのファーストキスこれでいいのだろうか。

「えっと……ハクちゃん」

「はい……」

「り、両想いということでいいのでしょうか」

「そう……ですね」

 そのまましばらく沈黙が流れた。恐怖とは違う感情に、心臓が鳴りやまない。

「もう1回いいかな、モモカ……」

「う、うん……」

 バクバクと心臓がねる。吸血鬼じゃなくてもわかる、全身の血流がいつも以上に動いている。ゆっくりと、互いの唇を重ね合わせようとした時だった。

「モモカ、鼻血!」

「へ?」

 鼻からドロリと液体がれる。ダムが決壊けっかいしたごとく、止まる気配がない。

「えっと……舐めてみる?」

「自分の状況考えような!?」

 そういってハクちゃんはナースコールを鳴らす。目まぐるしい状況に感情が追い付いてこない。ただ1つ言えるのは、あれだけ長年わずらっていた感情が全て塗りたくられてしまったことだ。

ハクちゃん、好きだよ。



 それから2日後、目覚めてから3日という驚異的きょういてきなスピードでハクちゃんは退院した。

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