第17話

「2週間!?」

「えぇ、2週間ですいばらさん」

 目の前の医者は淡々たんたんと告げる。あの脱出から2週間という事実に、ちょっと思考が追い付かない。

「このまま問題無ければリハビリの後、退院という形になります」

 ほーん、なるほどね。待って、すぐに帰れないの?

「リハビリってどの程度……」

「やってみてになるかと。荊さんの事情はある程度把握はあくしてますが、我々にデータがある訳では無いので」

 それもそうか。じいちゃん先生の所と違い、この病院は吸血鬼も公平に診察しんさつしてくれるだけだ。タタラグループの息がかかっていない、純粋な病院。ボクのデータとかあっても困るわな。

「とりあえず今日からリハビリ始めましょうか。歩行器ほこうき無しで歩けるようになりましょう」

「はい……」

 とても陰鬱いんうつな気分におちいる。考えてみて欲しい、15歳の少女が歩行器を使う姿を。その理由が、力の使い過ぎによる自業自得ということを。信じられないくらい恥ずかしいんだこれが。 いやもうマジで、病室戻るのが辛い。

 髪を黒くする余力も無く、歩行器で支えなければ歩くこともままならない。そんな姿が、他の入院患者からは健気に映るらしい。そんな大層なもんじゃないんだが。

「そうだ荊さん。時間があるなら、こくさん……お母さんのお見舞いにも行ってあげてください」

 そうか、ここはお母さんが入院してる所か。でも、ここに来たのは始めてだった。

 お母さんは10年前……ボクが初めて吸血をした頃に、急な入院をしたと言われた。寝たきり状態と聞いているけれど、その病状を教えて貰えてはいない。

 10年ぶりのお母さんは、今のボクと会ったらなんと言うのだろうか。……起きていたらの話だけれど。



「ふぐっ……」

 腕がつってきた。力が入らないのがあまりにも致命的ちめいてき過ぎる。というか、お母さんの病室がそこそこ遠い。

「帰りたい……」

 寝たきりの人をたずねるのに、ボクはどうして弱った体を動かしているのだろう。もうお見舞い行かずに帰っていいんじゃないだろうか。

 そんな弱音を吐いていると、ようやく目的地へと到達とうたつした。

「あ”-疲れた……失礼しまーす」

 返事も待たずに入室すると、個室内に『××ガールズ・プリティーコネクト!』と、ゲームタイトルの読み上げが響く。

「へ?」

「ちょっとはく! ノックくらいして入ってきてよ!」

 寝たきりと聞いていた人物が、ベッドでゲームをやっている事象に全身の力が抜ける。どーなってんだ。

 感情が追い付かず涙がこぼれれ始める。

「珀!? 急に泣いてどうしたの!? お母さん何かしちゃった?」

 何もしてないから泣いちゃったんだ。



「いやーごめんね、何年か前から、寝たきりじゃなくなったのよ」

「なんでボクに教えてくれなかったの!?」

 あれから5分程経過し、そこそこ落ち着いたはずのボクを、お母さんがさぶってくる。

「ん~、理由はいろいろあるけど……珀には秘密☆」

 どうしよう10年ぶりの再会だろ言うのに喜べない。ボクの覚えているお母さんはこんなだっただろうか。

「冗談は置いておきましょう。会いたかったわ珀」

 幼い頃のように、腕を広げたお母さんに体を預けると、深く柔らかに抱擁ほうようされる。

「うん……ボクも会いたかったよ、お母さん」

 なつかしさを覚える暖かさと心音は、今のボクに一番必要だったものかもしれない。

「さて……お母さん疲れたから、ハグはもういいかしら」

「……今ボク弱ってて、動くの一苦労ひとくろうなんだけどダメ?」

「お母さんも長年の入院で弱ってるのよねぇ」

 なんで変な所で似てるんだこの親子。名残惜なごりおしさと貧弱な力でゆっくり離れる。なんか、こう顔を合わせると照れくさいな。

「やっぱりさ、寝たきりじゃなくなったのは教えてほしかったなって」

「そうね……お母さんも、今のハグをもっと早く味わいたかったわ。モモカちゃんに伝えてもらえばよかった」

 ちょっとまて、今聞き捨てならないワードが聞こえたぞ。

「もしかしてなんだけど、知らないのってボクだけ?」

「そうね、珀だけのはずよ。とわちゃんも知ってるし、モモカちゃんはよくお見舞いに来てくれるのよ~」

 ねぇ! ボクの知らない情報どんどん出てくるんだけど!? マジで情緒じょうちょが追い付かない。クマ姉もモモカも教えてくれたっていいじゃんか……。

「ふふふ、それだけ豊かに表情が変わってくれるなら良かった。ごめんね、10年間会えなくて」

「ううん、言えなくても理由があるんでしょ。またちゃんと話せるだけで、ボクは嬉しいよ」

「お母さんがいなくても、珀がいい子に育ってくれて良かった。さ、そろそろ自分の部屋に戻りなさい」

 お母さんは時計を確認すると、そううながしてくる。

「えー、まだ居たいんだけど」

「お母さん、ピックアップ期間が終わるまでに、対象キャラを5凸したいのよね」

 お母さんのソシャゲ事情とか聞きたくなかった……。

「ボクは別にガチャ引いてても気にしないけど」

「ダーメ、お母さんが気にするの。ほら、立って立って」

 むぅ、10年ぶりの親子の交流だというのに。ゆっくりと立ち上がり、歩行器に手をかける。

「また来ていいかな? お母さん」

「毎日じゃなきゃいいわよ。そうだ、モモカちゃんにお礼言っときなさいよ。看病と輸血してくれたのあの子なんだから」

「うん、いつも以上に言っとく」

 そうしてお母さんの病室を後にする。にしても輸血か……血液型違ったはずなんだけどな。

「……まさかね」

 脳裏によぎる、いつも手渡される血液カプセル。考えてもしゃーないか、病室もどろ。

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