第14話

 ぱちりと目が覚める。頭は重く、体の節々ふしぶしが痛い。なにか薬でも使われたのか、最悪な目覚めなことは間違い無さそうだ。

「あ"ー……どこだここ」

 見知らぬ天井に、うでまで伸びた細いチューブ。ベッドらしきものに寝かされているが、やわらかさは最低限しかない。

 病院かとも思ったが、病室にしては無機質な白い部屋に寝かされている。

「……逃げるか」

 どうせろくでもないトラブルに巻き込まれてるのは確かだ。なら逃げるが勝ちってもんよ。

「よっ! ……ん? ふっ! ……あれ?」

 四肢ししが持ち上がらない。起き上がろうともしたが、拘束具こうそくぐの様な物に押さつけられている。しゃーないな、本気出すか。

 深呼吸をし、酸素と共に血を循環じゅんかんさせる。両腕に力を込め、全力で振り上げる。

「……え?」

 上がらない。というか、いつもの力が出せない。

「どうなってんだこれ!?」

 血はあやつれるのに、力を発揮はっきすることが出来ない。どうにかならんものかと暴れるが成果は無い。

「なんだ、もう起きていたのか」

 頭の上から耳障みみざわりなクソ親父ドブカスの声がする。

「テメェ! ボクに何をした!」

「父親にそういうことは言うものじゃないよ」

 急に父親面してんじゃねぇぞ、気持ち悪い。つーか、視界に入ってこいよ、頭の上から声すんの嫌なんだが。

「とりあえずだが、今の君は一般と同程度の力しか出ないよ」

「……なにが目的? 昨日の話に関係あったりすんのか」

 それを聞くと突然とつぜん笑い出す。きっしょ、ヤバイもんでもやってんのかコイツ。

「それはもう一昨日の話だよ。後2日は眠ってもらうつもりだったんだけどね」

 つくづくコイツが嫌になる。人が丸3日寝る量の睡眠薬でも使ったってのか。ドブカス野郎が!

「この人でなし!」

「それはそうだとも。なにせ吸血鬼だからね」

 茶化されたことで力が入り、腕の拘束具が軽く持ち上がる。

「おぉ、やはり血は優秀だ。でも、今逃げられると困るんだよね」

 そう言って指を鳴らすと、急激に力が抜ける。つながれたチューブから何かが流れてきている。

「んにゃっ!? なんだこれ……!」

「あぁ、別に変な物じゃない。血流をおさえる効果があるだけだ。吸血をしない君には効果的だろう」

「ボクへの当て付けかよ……っ!」

 普通の吸血鬼は、血流を抑えても特に効果は無い。しかし吸血をせず、血の力が薄れているボクには、絶大な効果を発揮する。

「薄まっても、君の力は強過ぎるし、私は目的を邪魔されたくない。なら、拘束しておくのは利己的だと思わないかい」

 クソ野郎が。つーかなんでボクが拘束されにゃならんのだ。まて、目的ってもしかして。

「お前……アカネに何かするつもりか!」

「いいや? 彼女に対して何かをすることは無いよ」

 メリットがないと言い張るが、お前には信頼が無い。どう信じろと。

「始祖様に繋がる一歩だからね、丁重ていちょうな扱いをさせていただくとも」

「その始祖様に繋がるって、どんな意味なんだよ」

 何か思ったのか、しばし無言になる。

「うん、君に話せることは無いな。障害しょうがいになられても困る」

 軽率に話す、程馬鹿じゃ無かったか。これ以上探ろうとしても無駄だろうな。となると……。

不本意だがムカツクけど邪魔はしないでやるよ。ただ、拘束は解いくんてない?」

「ダメだ、ここで拘束されてもらう。君は何をするかわからない」

 逃げることも考慮こうりょされてそうだな。さーて、どうしたもんか。

「……なら、今進めてるプロジェクトあるんだけど、それの相談は?」

「ふむ……グループの利益に貢献こうけんするものなら良いだろう。でも、拘束は解かないよ」

 かかった。コイツはボク自身の行動や中身に興味が無い。子供だからって甘く見たな。

「なら、飲料開発部門の責任者を呼んで貰っていい? 試作品についてって言えばわかると思う」

「あぁ、問題無いよ。でも、変なことを考えられたら困る。だから眠っていてくれ」

 何か機械を操作する音が聞こえると、猛烈もうれつな眠気が襲ってきた。悪いなドブカス、もうボクの作戦は完了してるんだ。

 内心で勝ちほこるも、意識は直ぐに落ちていく。



はく様! ご無事ですか!?」

 眼鏡をかけ、ニットを着た女性がボクの視界に現れる。彼女は『葉瀬はせ』ボクと一緒に商品開発をしてる人間だ。下の名前は知らん。

「待ってたよー葉瀬。めっちゃ暇だった」

 夜中に目覚めると、周囲に誰もおらず、天井観察という、無為な時間を過ごしていた。せめてスマホかTVはくれよ、配信サービスとか使うから。

「それでその……体調の方は」

 ボクの姿に驚かないってことは、ある程度事情は知ってるっぽいな。

「んー、昨日よりも、力入らんかな」

 葉瀬は手を握ってくるが、ボクの弱々しい力に悲しそうな顔をする。

「そんな顔すんなって、頭痛に倦怠感けんたいかん、ちょっとした疲労感があるくらいだよ」

「それは貧血って言うんですよ珀様……」

 あれー、なんか呆れられてしまった。にしても貧血か……血でも抜かれたかな。この状態が続くのはよろしくないな。

「珀様!?」

「んぇ、どうかした?」

「髪どうしちゃったんですか!?」

 え、待ってどういうこと。

「綺麗な御髪おぐしが、肩の所でバッサリと……」

 なるほどな、なんつー嫌がらせを。腰まで伸びるのに何年かかったと。

「スッキリさせたいとは思ってたから丁度いいよ」

「あんなに綺麗な銀髪、勿体もったいないですからね!?」

 頭重くなるし、かすの大変なんだぞアレ。

「髪は置いといてだ。葉瀬、アレ持ってきてくれた?」

「えー……。ちゃんと持ってきましたよ、ハイプリミアエナジー」

 葉瀬は、まだパッケージのない飲料缶を取り出す。目論見もくろみ通りの物を持ってきてくれた、これが僕の秘策って訳よ。

「いやー助かる助かる。怪しまれたりしなかった?」

「はい、警備員の方にもおすそ分けしましたが、美味しいと言われました」

 となると、警備員は吸血鬼の可能性が高いかな。モモカの感想的に、普通の人間が好む味ではない気がしている。吸血鬼やカフェイン好きの人間じゃないと、美味しいなんて感想は出てこないはずだ。要は売れないってことなんだけど。

「悪いんだけどさ、飲ませて貰っていい?」

「そんなこともあろうかと、ストロー用意してきましたよ」

 プシュッと心地よい音を立て、空いた缶から独特な甘さが鼻腔びこうをくすぐる。差し出されたストローをくわえ、こぼれない程度口に含む。

 強めの炭酸が喉奥を刺激し、独特な味が口内に広がる。後を引く甘さで活力が沸き上がる。無理矢理血流を操作して、カフェインを体中に循環させる。

「さんきゅー。危ないからちょい離れてて」

 葉瀬が離れたのを確認し、集中する。全身に力を込め、全力で起き上がる。

「だっ……しゃあ!」

 力を出し切ると、ベッドを腰辺りで折り曲げる。よし、起き上がれた。四肢の自由も取り戻すと、先程までベッドだったものが、辺り一面に転がっている。

「んじゃボクは逃げるわ。あ、残りの奴全部ちょうだい」

「まとめて飲むのはやめてくださいね。では、お気を付けて珀様」

「りょーかい」

 開封済みも含め3本貰うと、入口とは逆の壁を、蹴り飛ばす。轟音と共に崩れていく壁。なんだ結構もろいな。音を聞きつけた警備員がやってくるが、ボクを止めれるようには見えない。

「悪いね、捕まってる暇なんてないんだ」

 開封済みを飲み干し、空き缶を縦に潰す。それじゃあ、ちょっと本気出しますか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る