第13話

 渡された用紙には、血液の様々なデータが並んでいる。記された数値の中に、基準値を超えるものは無く、いたって平均的だ。

「うん、とても健康だね。このまま血液提供は続けて貰って問題ないよ」

 大堂寺先生が、わたしの健康状態を保証してくれる。今回も問題無くてよかった。 わたしの血が理由で、ハクちゃんに影響があったら困る。

「ありがとうございます先生」

「……その割には嬉しそうじゃないね」

 わたしの心情を察してくれる先生。まぁ理由は明確なのだが。

「だって……ハクちゃんが連絡くれないんですよ!」

「うわぁ……」

 未だに未読状態のメッセージ履歴を見せると、先生から呆れた声が漏れる。

 スタンプを50回程連投しただけでそんな反応をされても……。未読のまま連絡を返さないハクちゃんが悪い。

「先生は心配じゃないんですか? 今までこういうこと、無かったですし」

「そうだねぇ……来ないにしても連絡はあったから、何かしらのトラブルに巻き込まれてるとは思うんだけど」

 でもいばらさんだし、と先生は続ける。確かにそうだ。ハクちゃんの身体能力なら、並大抵の問題は片付けられる。

 だからこそ不安になるのだ。取り返しのつかないことにならないといいのだけれど。

「とりあえず、過度かどな不安はストレスの元だよ。もし必要なら、処方箋しょほうせん出しておくから」

「はい……」

 ニコニコと優しい笑顔を向けてくれる先生に、わたしは不貞腐ふてくされた返事しか出来なかった。



 人がまばらの待合室内、バラエティ番組の内容がにぎやかしとなっている。程々の雑音は、読書に集中できる。

 不安を紛らわせる為に買ったものだが、中々面白い。映画にもなったというだけはある。

津名 萌々果つな ももかさーん、お会計です」

「は~い」

 章の区切りを読み終えた所での、呼び出し。ちょうど良いタイミング。

 会計を済ませ、病院から出ようとした時に声がかかる。

「こんにちは、萌々果ちゃん」

 ぞわりと背筋に寒気さむけが走る。わたしをそう呼ぶのは1人しか居ない。苦手だから、出会いたくはないのだけれど。

「……お久しぶりです、八雲やくもさん」

 ゆっくりと体を向け、深く礼をする。

 声の主は、金髪をオールバックでまとめた若々しい男性。とても40代後半には見えない。

 彼の名は『鑪場 八雲たたらば やくも』ハクちゃんのお父さんにあたる人だ。

「えっと……今日はどうしてここに?」

「いやなに、君に会いに来たんだ」

 ニコリと貼り付けた様な笑顔におぞましさを感じる。その視線に耐えきれず、呼吸がかすれ、パニックを起こしそうになる。

「それは……どうしてでしょうか」

 こわばる体から声をしぼり出す。徐々に視界の端がブレていく。

 周囲を確認すると、八雲さんは耳元に近づきささやくように告げる。

「君の血が必要になるかもしれないんだ。私と一緒に来て貰えないかな」

 恐怖で心臓がねる。体を動かすことが出来ない。助けてハクちゃん……。

「やぁ八雲くん、君はうちの病院で何をしているのかな?」

 わたしに伸ばしていた八雲さんの腕を、大堂寺先生がつかむ。

「これは大堂寺先生。彼女が辛そうだったので介抱かいほうしてあげようと」

「それは君の仕事では無く、医者の仕事だよ。過度な干渉はひかえて貰えないかな」

 いつも通り笑顔で喋るが、先生の目は笑っていない。いつもと違い、怒っているのがわかる。

「もし僕に用事があるのなら、また後日に来てくれ。そうじゃないのなら……技術提供の停止も1つの手だよ。それに、今は他の患者さんの迷惑になる」

「……仕方ありません。また後日にうかがいます」

 話している間掴まれていた腕を、さすりながら八雲さんは去っていく。助かって良かった……。

「津名さん、大丈夫かい?」

「はい、先生! あの……ありがとうございました」

 深々とお辞儀じぎをする。先程までの緊張が解けたのか、涙がほほを濡らす。

「……珈琲でも良ければ飲むかい?」

「はい……ありがとうございます」

 助けてもらった上に世話までかけさせてしまい、申し訳なさを感じるが、今はその好意に甘えることにした。



 登校中の足取りは重い。月曜日になっても、ハクちゃんとの連絡はつかなかった。

 もしもを期待しむかえにも行ったが、人の気配すら感じず、1人さびしく学校へ向かっている。

「ハクちゃんどうしちゃったのかな……」

 ハクちゃんの身を案じながら歩みを進めるが、牛歩にならざるを得ない。教室に行ったらハクちゃんがいるなんてことが、あったりしないだろうか。

「津名さん危ない!」

「へ?」

 突如とつじょとして腕を掴まれ、後方へ引っ張られる。直前までわたしの立っていた場所で、急停車する車と強く鳴らされるクラクション。

 不注意でひかかれかけていたことを自覚し、体の震えが止まらなくなる。指先から熱が消え、心音と呼吸音が耳の中で反響し続ける。

 成長することで理解する死への恐怖が、わたしの意識を刈取かりとりにくる。

「津名さん、大丈夫か!?」

 恐らく、助けてくれた人物から声がかかるも、反応出来ずに意識が落ちていく。その寸前に何故か、泣きじゃくる幼い頃のハクちゃんを思い出した。

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