第12話b

 あまりにも暇。エントランスの天井をながめ続ける位には、やることが無い。

 壁掛かべかけ時計を確認すると、モモカ達と別れてまだ5分しか経ってない。着替えてから来るんじゃダメだったかな。

「あ"ー……暇」

 虚無きょむ過ぎる待ち時間をなげき、床の模様をながめる。模様で迷路とか作れねーかな。

 少しの間、床を眺めているとあきれ声がする。

「君はなにしてるんだい?」

 あ、クソ親父ドブカスだ。おせーぞカス。

「あんたが呼んだんだろ。待たせんな」

「これでも主賓しゅひんなんだ、すぐにとは行かない。それに、予定通りの時間だとも」

 やれやれと両手で大袈裟おおげさにアピールしてくる。知らんわ予定時間とか。

「んで、何の用? どうせろくな話じゃないんだろ」

「私の話はどれも真面目だよ。君がどうとらえるかの問題だと思うけどね」

 いちいちしゃくさわる言い回しをされる。王様気分か? ……間違ってはないな。

 ドブカスは向かいのソファへ腰掛こしかけると、指を鳴らす。待っていたかの様に珈琲コーヒーが運ばれてくる。

「し、失礼致します……」

 ボクには震える声で珈琲が差し出される。視線を向けると、メイクの時のスタッフだった。

「ひっ……」

 恐怖をあらわにし、いそいそと去っていく。ちゃんと謝りたかったんだけどな……。

「君はあの子に何をしたんだい?」

「別に、勝手なこと言われたから怒っただけ」

「それは良くないね。あの子には後でおわびびを渡さなければ」

 どうせ、テキトーな人間から吸血させるだけだろうに。部下を思いやる雰囲気ふんいきを出さないでくれ、ムカつくから。

「んで、本題は何? さっさと終わらせてよ」

「せっかちだね君は。誰に似たんだか」

 そう言って、テーブルに両肘りょうひじをつき、両手を口元で組む。先程から、行動や発言が、ボクにストレスとして攻撃してくる。

「君が連れてきたあかね髪の少女、あの子はどう知り合ったんだい?」

 と言われても、偶然ぐうぜん見かけただけだし、スピーチで説明したぞ。

「スピーチ聞いてなかったの?」

「私はいそがしいからね」

 もう帰っていいか? ボクも虚無を味わう程、暇じゃないんだわ。

「はぁ……出会ったのは偶然。知り合いに吸血してたのを見かけたんだ」

「ほうほう、それで?」

「それだけ。後は転校してきてクラスメイトになった。それはあんたも知ってるだろ、理事長」

 白々しいとにらみつける。

 ボクらの通う学校は、コイツが運営に関わってる。生徒内ではボクとアカネだけだが、教師陣に吸血鬼が何人かいる。

どうせアカネの転校もコイツが関わってるんだろう。

「昔馴染なじみの願いでね、吸血鬼だったのは知らなかったよ」

 嘘つけ。気持ちのこもってない笑顔でバレバレだよ。

 ため息をつき、珈琲をすする。うーん、缶珈琲のが美味いな。

「それで……あの子、椰織やしおりちゃんの産まれとかは聞いたかい?」

「聞いたけど……なんでその話題?」

 なんだか気持ち悪さを感じる。名前知ってる時点で、やっぱ吸血鬼って分かってるなコイツ。

「確認だよ。一応のね」

「……九州の上の方とは聞いたけど、くわしくは本人も知らないってさ」

「そうか! そうか!」

 急にテンションが上がるの、ホント気持ち悪い。なんなんだコイツ。

「なに、私の説が正しかったというだけだよ」

 そう言うとソファから立ち上がる。

「……唐突とうとつだが、君は始祖様の伝承でんしょうを知っているかい?」

「始祖様……あぁ、大江山おおえやまの」

 微塵みじん尊敬そんけいしていない、始祖の伝承を思い出す。悪いことした結果、武士に討伐とうばつされたんだっけか。

「その始祖がどうかしたの? 実は生きてましたとかそういう話?」

「実はそうなんだ。生き延びて、九州の方まで逃げたという話があってね」

 眉唾まゆつばな話を持ち出され、呆気あっけにとられる。そんな都合のいいことある? 同時に嫌な予感もする。

「……ならアカネは、その子孫とでも言いたい訳?」

「そんな訳ないだろう。君は浅はかだね」

 予感を外し安堵あんどするも、すぐさまイラッとする。

「ただし、彼女が始祖様に近いのは事実だ」

「……は? どういうことだよ!?」

 机を叩きながら立ち上がると、くらりと視界がれ、ソファにもたれかかる。立ちくらみを起こしたようだった。

「……今夜はもう休むといい。部屋は用意してある」

「まだ話の途中だろ……」

生憎あいにく、私は忙しいんだ、君と違ってね」

 クソっ……ドブカス野郎が。立ちくらみのせいで、追いかける気力が出ない。



「お部屋はこちらになります」

「あぁ、ありがと」

 案内された部屋に入ると、綺麗きれいに畳まれた制服と、カバンが備え付けのテーブルへ置かれていた。制服洗濯してあるじゃん、短時間でよーやるわ。

カバンから連絡用のスマホを取り出し、モモカへメッセージを送ると、すぐさま既読が付いた。もう帰宅出来たのかな。

「あれっ……」

 突然、猛烈もうれつな眠気と脱力感におそわれる。せめてもの抵抗でベッドへ倒れ込む。

 微睡まどろむ意識の中、モモカにメッセージを送る。あぁ、もうダメだ。おやすみなさい。



「さむっ!」

 肌を刺す寒さで目が覚める。朝の寒さは驚異きょうい的だ。パーティードレスのままだから当たり前なのだが。あ……ドレスどうしようこれ。

 スマホを確認すると4時を少し回った所。モモカから、20件程連絡が来ていた。

「うーわ、めっちゃ誤字ってる。なんじゃこりゃ」

 謎の文字列は、過剰な心配を与えるのには充分だった。

「寝落ちてたわ、っと。シャワー浴びっかぁ」

 メッセージを送り、スマホをベッドに放り投げる。ソシャゲのログインは後でいいや。

「ふっ! くっ! ほっ! 届いた!」

 背中のチャックに苦戦し、ようやくドレスから解放される。うーむ、なんかあとになってそうだな。

にしてもドレスどうしたもんかなー、勝手にクリーニングされるとかない?

「へっぷち!」

 寒さで体が縮こまる。裸で考えごとなんてするもんじゃない。

 シャワーに向かおうとした時だった。プシューと部屋全体に何かが噴霧ふんむされる。

「!?」

 急いで口と鼻をおおうも、素手での効果は無いに等しい。力が抜け、立つこともままならない。

 両腕はダランと垂れ下がり、受け身も取れず床に倒れ込む。

「起きてるのは予想外だが、これでいい。運べ」

 うすれていく意識の中、ドブカスの声が聞こえた気がした。

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