第12話a

「はぁ……」

 過ぎていく街並みをタクシーの窓からながめ、深い溜め息をつく。

「モモカさん、どうかしました?」

「んー? ちょっとね~」

 不安そうな顔でもしていたのか、アカネちゃんに心配される。前髪で見えないものの雰囲気ふんいきは伝わってくる。

「もしかして……ハクさんのことですか?」

「あー……やっぱり、わかっちゃう~?」

 ハクちゃんだけがあの場に残されるのは、悪いことの前兆ぜんちょうに思える。だがそれを、アカネちゃんに話していいものか。

「……ハクちゃんはね、タタラグループが嫌いなの」

 少し迷った末、話すことに決めた。友人として、知っておいて欲しい感情もある。

「えっと、どうしてですか?」

「10年くらい前に、ちょっとしたトラブルがあったの。それ以降、吸血ができなくなったんだ、ハクちゃん」

 言葉を選ぶ、わたし自身を傷つけない為にも。10年経っても傷は深い。

「じゃあ血を苦手なのって……」

「うん、そのトラブルが原因」

 当時を思い出し、少しだけ血の気が引く。大丈夫、まだ平気。

「その、大丈夫ですか? モモカさん」

 冷えた手を暖かな感触かんしょくおおう。

「……ありがとう、アカネちゃん」

「うちには、これしか出来ませんから」

 申し訳なさそうにしているが、アカネちゃんのせいではない。

「……続き話すね。ハクちゃんは嫌がったけど、グループとしては当主の座を継いで欲しかった。でも、ハクちゃんの意思を尊重するべきって人も出てきた。そしたらグループ内で対立が起こっちゃって」

「なんかすごいですね……」

 実際あの時期はすごかった。それが原因で不眠症が発症したといっても過言ではないくらいに。

「それで、ハクさんはどうしたんですか?」

「当時嫌がらせしてきた人達をね、無理矢理じ伏せたの」

「む、無理矢理ってどう……」

 もちろん力任せである。当時5歳の女の子が物理的に建物を破壊していた。なんて言える訳もなく。

「いろいろだよ~」

 誤魔化ごまかす以外の選択肢はない。

「ハクさんってやっぱりすごいんですね……」

「すごかったよ~。解決してから、鑪場たたらばって名乗るのもやめたし、家出して久間先生と一緒に暮らしてたり」

 助手席からケッという悪態あくたいが聞こえる。あの時自分から提案したのに、クマ姉は素直じゃないんだから。

「絵本のお姫様と騎士みたいですね! 家出して一緒に暮らすっていう」

 言われてみればそう思えてきた。今度ハクちゃんと出かけた時、お姫様みたいな服を着せてもいいかもしれない。ありがとうアカネちゃん。

「まぁ一部の馬鹿が、嫌がらせを続けてきたんだがな。食料品を購入できなくしてきたり」

 わたしも知らない情報が出てくる。嫌がらせのいきを超えているような。

「ど、どうやって解決したんですか?」

「ハクが物理的にその店を壊した」

「「えぇ……」」

 2人して引く。だいぶ意味が分からない。ふと思い返すと、当時不自然に無くなったスーパーがあった気がする。

「その……どうしてタタラグループは、そこまでハクさんを当主にしようとしたんですか?」

 もって当然の疑問、別の吸血鬼を当主にするだけで解決する話ではある。

 助手席から、久間先生がOKサインを見せている。話ても良い様だ。

「アカネちゃんはさ、吸血鬼の始祖って知ってる?」

「始祖……聞いたことないです」

 つい最近まで、吸血鬼社会に居なかったのだから当然か。

「そしたらさ、酒呑童子しゅてんどうじってわかる?」

「それなら知ってます! 絵本で読みました。鬼を退治した神様みたいな人ですよね!」

 おや、わたしの知ってる話と違う。というか、絵本なんてあったのか。

「伝承と椰織やしおりが言ってるのは別物だな。伝承の方は鬼……我らの始祖だ。それに退治された側だな」

「そうだったんですか……」

 しょんぼりとした雰囲気が伝わってくる。神様みたいと言っていたし、しかたないかもしれない。

「えーと、その鬼が今の吸血鬼のルーツになってて、力がとっても強かったんだって。だから強い吸血鬼が、当主としてみんなをまとめるとかなんとか」

「力ってことは……ハクさんみたいにですか?」

「ん~ちょっと違うかも。久間先生お願いします」

 わたしの聞きかじった知識には限界がある。詳しくは分かる人に任せる方がいい。

「ったくよぉ……。一応違いはある。我々は血を媒介ばいかいとすることで、力を使う。その血が濃ければ濃い程、物理的な力も強くなる」

 確かに、吸血をしていた昔の方がハクちゃんは力が強かった気がする。

「血を濃くするには、どうすればいいんですか?」

「簡単だ、吸血しまくればいい。一応言っとくが無作為むさくいな吸血はするなよ?」

「もうやりません!」

 ハクちゃんが昔言っていた、吸血鬼が多くの人にバレたら終わりだと。それが滅びを意味するのか、別の意味を指すのか人間のわたしにはわからない。

 ふと外に視線を移すと、わたし達の寮が見える距離だった。



 伊吹いぶき寮。寮と名は付いているが、学校で所持している学生用マンション。3むねに別れており、生徒1人に1LDKが割り当てられるという贅沢な建物。

 タクシーから降り、マンションエントランスへ向かう。現在の時刻は10時を過ぎている。人通りはなく静まり返っている。

「じゃあアカネちゃん、おやすみ~」

「おやすみなさいモモカさん」

 階段の前でアカネちゃんと別れる。同じ棟なら、今度ハクちゃんと遊びに行ってもいいかもしれない。

 メッセージを受信し、スマホが震える。差出人はハクちゃんだった。

『終わった、今日泊まりになったわ』

 学生が出歩ける時間ではない為、当然である。

『お疲れ様~、今日は大変だったね~』

 当たり障りのないメッセージを送ると、すぐさま既読が付く。珍しい、いつもならソシャゲを優先するのに。

『もとへる、』

 意味不明のメッセージが飛んでくる。

『大丈夫? なにかあった?』

 すぐさまメッセージを送り返すも、先程と違い未読のまま。

 途中で電話をかけたり、ブロックされているかの確認、ゲームのログインチェックもしたが、全てに反応無し。

 この時間帯まで反応がないのは、やっぱりおかしい。

「あ、そっか……普通は寝てるよねこの時間」

 ハクちゃんの不眠が、日常化している自分に危機感を覚えながら、わたしも就寝することにした。



 目が覚めるとハクちゃんからメッセージが来ている。やっぱり寝てたみたいだ。

『ごめん寝落ちてたわ。じいちゃん先生の病院忘れんなよ』

 受信時間は午前4時頃。6時間も寝てるなんて珍しい。

 ハクちゃんに『おはよう』と送って出掛ける支度したくをする。大堂寺先生の病院はそこそこ距離があるから、早めに出ないと間に合わない。

 出る直前、メッセージを確認すると未読のまま。不審ふしんに思うも、今のわたしに確認している余裕はない。バスは待ってくれないのだ。ソシャゲのログインチェックはバス内でもできる。

 だが結局その日、メッセージが既読になることや、ハクちゃんが病院に現れることも無かった。

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