第11話

「お疲れ様ハクちゃん」

 アカネちゃんが来るまで奮闘ふんとうしていた幼馴染をねぎらい、水分を渡す。

「あ"ー。あるが……ありら……ん」

 回らない呂律ろれつでの言語化をあきらめ、そのままのどうるおすハクちゃん。だが、腰に手を当て飲むのはいかがなものか。

「今日はその飲み方やめようよ~」

「はっ……いつものくせが……」

 ドレス姿ならなおのこと控えて欲しい。乙女の自覚はあるのだろうか。

「とりあえず……あそこ座んない?」

「いいよ~?」

 ハクちゃんは周囲を一瞥しいちべつすると、一組の椅子を指す。聞く程のことだろうか。

「モモカからどうぞ」

「? うん~」

 言われるがまま腰ける。

「よいしょ」

「み゜」

 自分から謎の言語がれる。

 ハ、ハクちゃんがわたしの膝に座っている……! 高鳴る鼓動に、上昇していく体温。動揺で声と手が震える。

「な、なんでわたしのひ、ひざに?」

「アカネの分も必用だろ? 戻ってきたら座るだろうし」

 そう言ってアカネちゃんをへと視線を移す。沢山の吸血鬼に囲まれており、しばらくはあのままだろう。ハクちゃんの優しさが光る。

 でも、わたしは今それどころでは無い。鼻腔びこうをくすぐる髪の匂いと、少し高めの体温が、よこしまな思考をうながしてくる。

 落ち着けわたし。同性とは言え超えてはいけないハードルはある。更にここは公の場だ。どうにか気をおさええろ。

はく様、御休憩中に失礼致します」

 目の前から声がかかる。眼鏡をかけたスタッフさんの介入により、邪念が引っ込む。煩悩ぼんのうほだされなくて良かった……。

「例のアレ、試作品をお持ちしました」

「ついに来たか……!」

「アレって~?」

「見ていただければわかるかと……」

 正直、ろくなものでは無さそう。

 スタッフさんは背に隠れていたワイングラスを取り出す。グラス内には鮮やかな真紅の液体。透き通る血液のようなそれは、ハクちゃんの表情を恍惚こうこつとしたものへ変えていく。

「もしかして……」

 血液。そんな思考が脳裏をよぎるが、ありえない。

「そう……これは、タタラグループの次期主力新商品(予定)『ハイプリミア・エナジー』!」

「はいぷ……なんて?」

 スタッフさんが眼鏡を持ち上げドヤ顔をするも、イマイチ聞き取れなかった。

「ふっ!解説しようじゃないか!」

 ハクちゃんがわたしの膝から降りると、大袈裟カッコつけたな動きをし始める。昔見た、劇の役者さんっぽい。

「いいかい? この『ハイプリミア・エナジー』には、凝縮ぎょうしゅくされたカフェインと様々な成分が血流を促進そくしんさせ、強炭酸による刺激が爽快感を与えてくれる! 更に! 血液のような見た目にすることで、疑似的な吸血行為を体験できるんだ!」

 早口で解説されても、半分以上は頭に入ってこない。

「えーと……何かいろいろすごいってこと?」

「そう! そうなんだよ! まさに神の雫ネクタルごとく!」

 なんだか仰々しい発言だが、ハクちゃんが満足そうならいいか……。

「そんな素晴らしい神の雫を……モモカに飲ませてあげよう!」

 え、普通に要らない……。栄養ドリンクとか苦手だから余計にいらない。

「ハクちゃんが飲みなよ~」

遠慮えんりょしないで! さぁ!」

 勢いよく眼前に突き出されるグラス。真紅の液体が合わせて揺れる。今回は謎に押しが強い。

「もー……1口だけね?」

 あきめて少量口に含む。瞬間、舌先に感じるしびれと、炭酸の苦味と混ざる薬のような味。後を引く人工甘味料の甘さ。

「お、美味しくない……」

「「え?」」

 控えめに言っても不味い。わたしが苦手というのもあるが、味が万人受けするものではない。これで次期主力商品は、自信過剰じしんかじょうではないだろうか。

「ち、ちょっと待ってくれ。本当に美味しくない?」

「うん……」

 わたしの素直な反応に、焦り始める2人。そして、そのまま冷静になったのか沈黙を始める。

「珀様……他の方にも振舞ふるまってきても?」

「あぁ、任せる。でもボクは嫌な予感がしてる」

「えぇ、私も同意見です」

 眼鏡のスタッフさんはそのまま去っていった。多分あの2人が特殊なんじゃなかろうか。

「えっと……そのモモカ、ごめん」

「味のこと~? 大丈夫ー」

 あくまでわたし好みでないというだけだ。そういうこともある。わたしとしては、ハクちゃんのしょんぼりした表情で無問題プラマイゼロだ。

「でも……」

「大丈夫。ほら、膝おいで~」

 流されるまま再びわたしの膝へ座り始めるハクちゃん。わたし、今日のことは絶対忘れない。

「取り込み中の所申し訳ないが、少しいいかい?」

 声の主は見慣れた顔だった。

「大堂寺先生!」

「久しぶりだね、荊さん、津名さん」

 若々しい口調ではあるが、白髪と立派な顎髭あごひげを蓄えたおじいちゃん先生。そんな大堂寺先生も吸血鬼だ。

「じいちゃん先生久しぶり。珍しいね集まりに顔出すの」

「それは荊さんも同じだろう? 君が来ると聞いたから、僕も参加したんだよ」

 指先で顎鬚を触り、にこやかにほほ笑む。昔から変わらない姿に安堵する。

「なるほどね。じいいちゃん先生は、ボクのことが心配だったのかな」

「そういうことだよ。元気そうで何よりだ。……さて」

 大堂寺先生の顔から笑顔が消え、真面目な表情へと変わる。あまり見たことのない顔だった。

「2人とも、急で申し訳ないが、明日時間はあるかい?」

「明日……ですか?」

 ハクちゃんへ視線を落とすと首を振って答えてくれる。

「大丈夫です。でも急ですね~、定期健診はもう少し先だったような」

「僕もその予定だったんだけどね。ちょっとした事情ができてしまったんだ」

 やれやれと肩をすくめると、顔に笑顔が戻ってくる。

「明日の14時までに、僕の病院へよろしくね」

「あいよー」

「わかりました~」

 先生は、わたし達の返事を聞くと満足そうに頷く。

「それじゃあ、僕はもう行くよ」

 そういうと、手を振りながら先生は去っていく。

「すぐ行っちゃったな」

「忙しい人だからね~」

 珍しさの余韻よいんひたっていると、ヘロヘロになったアカネちゃんがわたし達の前に現れる。

「お疲れー、ほらこっちの椅子に座りな」

 アカネちゃんは、消耗しょうもうしきった顔で倒れるように座り込む。

「つ、疲れました……」

「お疲れ様~」

 本来なら水分でも渡すのだが、如何いかんせん今は無理。もう少し幸せを享受きょうじゅさせてください。

「お前ら、何座ってんだ。そろそろ行くぞ」

 どこからか現れた久間先生から声がかかる。なんだか目まぐるしい。

「クマ姉、どこ行くん?」

「先生、うちはもう少し休ませてください……」

「アホ言ってんじゃねぇ、そろそろ10時になんだぞ。未成年は帰る時間だろうが」

 気が付かなかった。考えてみてば、ここに来たのは遅かったし、当然だった。

「一応、寮の管理してっからな。保護者としてお前らを帰さにゃならん」

「い、忙しい。どうして……」

 アカネちゃんドンマイ。着替えて帰る準備しないと。

「んじゃ帰ろうぜー、ボクも疲れたよ」

 膝から飛び降りるハクちゃん、温もりが恋しい……。

「いや、ハクだけ残れ」

「え”」

「当主様がお呼びだぜ」

 それを聞いてナマハゲのような顔になるハクちゃん。その……うん、頑張って。

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