第9話

「お待ちしておりました、荊 珀いばら はく様。以前よりも活力にあふれていらっしゃいますね」

 ホテル内で初老の男性から声をかけられる。吸血鬼では無いが、顔馴染かおなじみの存在だった。

「支配人さん、久しぶり。最近はわりかし元気だよ。今回の場所も、いつもと同じ?」

壮健そうけんそうで何よりです。場所は変わりありませんが、お連れの方共々、ご案内させていただきます」

 ニコリと笑みを浮かべる支配人さん。まだ子供なボクらにも、丁寧ていねいに接してくれる彼には好感が持てる。

「あ、あの、ハクさん。もしかしてなんですけど……」

 何故か小声で話しかけてくるアカネ。緊張きんちょうを感じ、こちらも釣られて小声になる。

「どうかした?」

「お、おじょう様……とかだったりするんですか」

「あー……形式上は?」

「す、凄い……!」

 凄いことだろうか。別にボク自身はなんもないぞ。

「ハクちゃんが尚更なおさらお姫様みたいってことでしょ〜」

「そうなんですよ! まるで御伽噺おとぎばなしのような……!」

 お姫様……ねぇ。思い当たる理由を視界のはしとらえる。ゲームによくある髪色だぜこれ。



 廊下の途中で、支配人さんがピタリと立ち止まる。

「会場はこちらのき当たりとなります。手前にスタッフと更衣室をご用意させていただきました。お好きなおめしし物を着用なさってください」

「あーい、支配人さん、ありがとう」

「いえ、仕事ですから……おっと、失念しつねんしておりました。津名つな様、こちらを」

 支配人さんは、装飾そうしょくほどされた紙袋をモモカへ渡すと、柔和にゅうわな表情で一礼し、この場から去っていった。

「相変わらず、丁寧でいい人だねぇ〜」

「え、え? 途中で戻りましたよ?」

 満足気なモモカとは真逆の反応をするアカネ。大丈夫、モモカも最初はそうだったよ。

「ちゃんと理由はあるよ。支配人さんは人間だからね」

「それはどういう……」

「ここから先は吸血鬼の縄張なわばりだから、下手に進めないんだよ」

 無言でモモカの手を取り、先へと進み始める。決してイチャつく為ではない。モモカが、他の吸血鬼に狙われない為にはこの方法しかないだけ。

 支配人さんが止まった理由も同じ、これ以上進むと命を落とすことになるからだ。

「じ、じゃあ、モモカさんが襲われないのはなんでですか?」

「今はボクが手つないでるから、チョッカイ出されないだけだね。まぁ着替えの時に見せるよ」

 紙袋を一瞥いちべつし、アカネへと視線を変える。ふむ……。

「アカネなら大丈夫だけど、怖いなら手繋ごうか?」

「お、お願いします!」

 空いている方の手を差し出すと、にぎられている手に爪が刺さる。あの、血が出るんで爪はやめてくださいモモカさん。

かといって、振り解いても困るので、怪我しないことを祈る。今気絶する訳にはいかないから。



 着替え終わり、壁の姿見で自分を確認する。黒を基調とした、体のラインが出るパーティードレス。肩から肘にかけてのシースルーと裾のフリルが、シンプルながらも可愛さを引き立てる。

「やっぱ慣れないな……」

 集まりの度にドレスを着るが、今日は誰がチョイスしたんだこれ。ボクはこういう服苦手なんだけど。

「珀様、いかがでしょうか?」

 着替えを手伝ってくれたスタッフから声がかかる。顔馴染みのスタッフだ。

「あーうん、多分いいと思う」

「お気にしたのなら、なによりです。張り切って選んだ甲斐かいがありました」

 そっかぁ、選んだの君かぁ……。センス悪いとかじゃないから良いんだけどさ。

「ハクちゃん終わった〜?」

「ちょうど終わったよ。そっちは?」

 モモカがパーテーションから体を覗かせる。その服装って……。

「えへへ〜、色違いだよ〜」

 ボクと同じ格好ではあるが、色合いは白を基調としていた。モモカによく似合う。スタッフの人がサムズアップしている。いい仕事だ……。おっと忘れてた。

「モモカ、首輪忘れてるよ」

「首輪じゃなくて、チョーカーって言ってよ〜。はい、ハクちゃんが付けて」

 手渡された首輪……ではなくチョーカーを、背伸びし抱きつくようにして装着する。

「……っ!」

「どうかした?」

「ううん、何でも無いよ〜」

 眼前にあるモモカの顔が赤くなっている。……ん”っ! 無意識な自分の行動に気づく。こっちまで恥ずかしくなってきた。

「な、何してるんですか、お2人共!?」

 真っ赤な顔で寄ってきたアカネのドレスは、ボクらと違ってふんわりとしたシルエットのワンピース。茜色の髪とブルーグレーのドレスは以外と違和感いわかんが無い。うん、似合うな。

「何って言われても〜」

「ひ、必要なものを付けてるだけだよ」

「な、なんの為にですか……?」

「このチョーカー、ボクの髪が使われてるから、付けてるとモモカが襲われなくなるんだ。人間を連れてる吸血鬼は、こういう装飾品で客人をまもらないとね」

「な、なるほど……」

 常にモモカと手を繋ぐ訳にはいかないし、装飾品で主張をしないと、モモカが他の吸血鬼に襲われる。何にも護られてない人間は、吸血鬼の巣窟そうくつではエサでしかない。 

御三方おさんかた割入わりいって申し訳ございませんが、お次はメイクをさせていただきます」

 先程とは別のスタッフが声をかけてくる。いつもなら断るけど……2人がいるし、たまにはいいか。



「「これがプロ……!」」

 キラキラとした目線を向けてくるモモカとアカネ。やめろ、恥ずかしいからマジマジみるな。恥ずかしさを誤魔化ごまかす為に、2人を観察する。

 髪型こそ普段と変わらないが、強調されたアイラインに、薄い口紅やアクセサリーがモモカをいろどっている。この間のデートとも印象が違ってドキリとする。大人っぽくて綺麗だ。

 アカネはヘアメイクが主体の様だった。モサモサとした髪型は丁寧にかされ、左サイドが三つ編みで纏められていた。前髪も整えられ、普段は隠れている右目が見える。オシャレで清楚な印象を受け、マスコット感は無い。

 ボクはと言うと……どちらのメイクもされた。顔は目元のくまを消され、口元には薄ピンクのグロスが引かれている。髪の方はハーフアップというのにされた。

 お嬢様を全面に押し出したかの様な全体的なまとめかたが、なんだか照れくさくなってくる。

「ハクさん、今まで以上にお姫様みたいです……!」

 やめてくれ、ちょっと気にしてるんだから。

「えぇ、珀様は、我々のお姫様ですから」

 間髪かんぱつ入れずにスタッフが言い切る。

「へ? ……え?」

「あ! ちょっ!?」

 静止しようにも間に合わず、スタッフがドヤ顔を浮かべ続ける。

「吸血鬼をべるタタラグループの御息女ごそくじょであり、時期当主と成られる方『鑪場 珀たたらば はく』様は我々のお姫様です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る