第8話

「おい、そろそろ行くぞ」

 3人でダラダラと学校行事について話していると、クマ姉からお呼びがかかる。

「もう7時なんだけどー。外暗いし、お腹空いた」

 校舎内の灯りはほぼ落とされ、踊り場でたむろする訳にもいかず、保健室で怠惰たいだに過ごす以外やることがなかった。

「どうせ食べ放題なんだから、少しくらい我慢がまんしろ」

「え~」

「そうなんですか? うち、食べ放題ほうだい初めてです!」

 不満げなボクと違い、アカネは純粋に喜んでいる。

「わたしも、喜んだ方がいいのかな〜?」

「別にいいでしょ、何回も行ってる訳だし」

 食べ飽きた味を思い出し、あきれるような身振りをする。モモカの料理の方が美味しいんだよなー。

「そういうとこがクソガキなんだよ、お前は」

 ギロリとした視線を感じる。おお怖い怖い、これ以上クマ姉を怒らせると、何されるかわからん。

「おら、さっさと保健室から出て、校門で待ってろ」

「「はーい」」



「う"〜寒いよ〜」

「ギャー!ボクのポッケに手を入れるな!バカ!」

 パーカーのポッケに突っ込まれたモモカの手は、かじかんだのか芯まで冷えている。優しくにぎると、待っていたかのように握り返される。暖かいな。

「あのー、寒い中で2人でイチャイチャしないで欲しいです……」

「し、してないが!?」

 アカネに指摘され、2人してあわてて手を取り出す。

「完全に2人の世界入ってましたよ、特にハクさん。もしかして……ふ、普段から今みたいなことやってました?」

 照れた様な雰囲気でこちらへ視線を送るアカネ。違うんだ、ゲームの知識が自然とボクに行動を取らせるんだ。ボクは悪くない……!

「よく分かったな椰織やしおり、このバカ2人は普段からこうだ」

 白衣を脱ぎ、私服へ着替えたハク姉がやってくる。

「普段から……やっぱりつき合って……!」

 つき合ってないが!?モモカも嬉しそうにすんな!

「クマ姉!アカネに変なこと吹き込むなよ!」

「はたから見りゃ、つき合ってるのと変わんねーんだよ。……む、来たな」

 クマ姉がそう言うのと同時に、校門前へ黒い高級車が止まり、タクシーのようにドアを開く。

「こ、これってリムジ……!?」

 恐らく、実物を初めて見たアカネが、目を白黒させている。あー、モモカも昔こうだったかも。

「ようやく来たね〜」

「今回は長かった」

「冷えるんだからさっさと乗れ」

 おどろくアカネをスルーして、ボクら3人は高級車へと乗り込む。慣れたらタクシーと変わんないぞ。

「乗って大丈夫なんですか!?」

「そりゃ迎えの車だし。ほら、アカネもおいで」

 手で招き入れる動きをすると、恐る恐るアカネも搭乗とうじょうしてくる。

全員のシートベルトを確認すると、高級車は静かに走り出した。

「は、初めて乗りました……」

 アカネはふるええる声で車内をキョロキョロと見回している。まぁそりゃそうだろう。慣れたとは言え、高校生が乗るものじゃないし。

「お前らもなんか飲むか?」

 備え付けのクーラーボックスからお酒を取り出すクマ姉。

「ならカフェインある?」

「酒以外は珈琲しかねぇな、2人は?」

 缶珈琲がボクに投げわたされる。あっぶね、落としたらどーすんだよ。

「お茶あるし要らない〜」

「うちも大丈夫です」

「いいんだ2人とも」

 プルタブを開け、冷えたのブラック珈琲を啜る。寒い日に飲むもんじゃねぇなこれ。

「まぁ今日寒いもんな」

「いえ……珈琲飲めなくて」

 なん……だと!?

「えっと、甘かったらいけたり……」

「カフェインると寝れなくなっちゃうんです」

 再びの衝撃しょうげきがボクを襲う。馬鹿な……! 現代の吸血鬼がカフェインを摂取しないなんて!

「椰織は最近まで、定期的に吸血してたからな。下手にカフェインを摂っても過剰かじょうになるだけだ」

 なるほどね。なら、そのうち珈琲飲んだりするんだろうか。

「なるほど〜。先生ー、ハクちゃんも吸血できたら、アカネちゃんみたいになりますか?」

 モモカが軽く手を挙げ、質問をぶつける。え、まってボクに矛先ほこさき向くの。

「無理だな。コイツは手遅れだ」

 わー容赦ねぇ。流石にひどくない?

「そもそもだが、カフェインは吸血衝動しょうどう抑制よくせいの為に摂取する訳じゃない。吸血鬼の力を、補強ほきょうしてくれるからだ」

「補強……ですか?」

 気になったのか、大きく首をかしげるアカネ。あーそっか、吸血鬼のことあんま知らないのか。

「あぁ、吸血後と同等の効果を、カフェインは与えてくれる。身体能力の向上と血の消費量を低減出来る。吸血衝動の抑制は、ただのオマケだ」

「そ、そんな効果があったなんて……」

 申し訳なさそうな視線をモモカが送ってくる。前から言ってるだろ、ボクには必要不可欠だって。

「なら、うちも珈琲とか飲んだ方が良いんですか?」

「いいや問題ない。血液カプセルに少量入ってるからな。椰織なら今のままで大丈夫のはずだ」

 へ〜、アカネは大丈夫なのか。個人差とかあるんだなぁ、知らなかった。

「わかってるとは思うが、間違ってもカフェインの過剰摂取かじょうせっしゅはするなよ。そこの馬鹿が異常なだけだ」

 クマ姉、今日なんか当たり方強くない?もしかして、集まりが嫌だから八つ当たりされてるとかある?

「ハクさん……凄いんですね」

「別のベクトルだけどね……」

 なんか2人からあわれみの目で見られてるんだけど。

「普通、めるべきだと思うんだボクは」

 抗議こうぎをした所で誰も賛同してくれない。ただカフェインを人より多く摂取してるだけじゃないか……。



 目的地へ着き高級車が停止する。場所は見慣れたホテル。またここか、たまには場所変えようぜ。

「さて、降りる前に言っておこう。ようこそ、椰織 蒐やしおり あかね。我々は新しき同胞はらからを歓迎しよう」

結んでいた髪を解くと、クマ姉の髪色が茶髪から藍鉄あいてつ色に変わっていく。

 ここはボクら吸血鬼の縄張なわばり。髪色を隠す必要は無い。

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