第7話

 4限終わり、片付けの途中で前の席から声がかかる。

「ごめん、ボク先行くね!」

「うん、わか……ってもういない」

 わたしの返事も聞かず、ハクちゃんが教室から居なくなっている。エナドリを買いに行ったにしては少し様子が変だ。

 昼食……は、登校中に買ったから違うし、久間先生に呼び出されたなら保健室って言うはずだし……まぁ、行けば分かるか。先に行くと言ってたし、待っていることは間違いない。

 弁当袋でなくカバンを抱える。今朝は寝坊して、お弁当の用意が出来なかった為、菓子パンが昼食になる。わたしとしては構わないけど、ハクちゃんの体調を考えたらお弁当の方がいい。とりあえず、飲み物を買ってから行くとする。



「だ〜! こんなとこまで着いてくんな!!」

「ハクちゃん!?」

 下まで聞こえる声に焦り、屋上へ続く階段を上がりきると、踊り場でハクちゃんが、同じくらい小さな女の子とギャーギャーと喋っていた。子供の喧嘩にしか見えない。

「これは〜どういう状況の奴?」

「モモカ、いい所に! コイツしつこいんだよ!」

 見知らぬ子を眺めると、なんか見たことがある気がしなくもない。髪のモサモサ感がマスコットみたい。

「お願いですから、お姫様って呼ばせてください!」

 お姫様……とてもいい響き。そう呼ばれるのは普通に嫌だと思うけど。

 ハクちゃんがお姫様って言うのは、あながち間違いでは無い。何故ならわたしにとってお姫様なのだ。

「よく分からんこと考えてないで、こっち来て椰織やしおりを説得するの手伝ってくんね?」

 んー? 聞き覚えあるような無いような。今朝のニュースだっけ?

「……さてはモモカ、転校生が来たことすら覚えてないな?」

「い、いや〜? そんなことないと思うよ?」

 こういう時のハクちゃんはするどい。正確に言い当ててくる。というか、転校生の話って何、今日来たの?

「はぁ……悪いけど名乗って上げて」

「あ、はい。うちは椰織あかねって言います」

 マスコットちゃんが名札を見せながら自己紹介をしてくる。前髪で目元が隠れている為、表情をハッキリと確認することは出来ないが、悲しげな雰囲気が伝わってくる。い、いたたまれない。

「えっと、ごめんね椰織さん。わたしは津名 萌々果つな ももか。よろしく」

「よろしくお願いします。あのー、うちの自己紹介の時、津名さん教室に居ましたよね」

 当然の疑問。言い訳を思いつかずにうなっていると、ハクちゃんが助け舟を出してくれる。

「コイツ、興味無いことすぐ忘れるから、理由聞くだけ無駄だよ」

「あー……そうなんですね」

 椰織さんはこちらを向き、わたしの顔を凝視すると、伏せる様に視線を外す。

「と、ところで、なんで椰織さんは、ハクちゃんのことをお姫様って呼びたいの?」

 無理のある話の切り替え方をする。あーはやく、ハクちゃんと2人きりになりたい。

「だって! お姫様みたいじゃないですか! あの綺麗な銀髪!」

「だよね〜! ……え? あの、ハクちゃん!?」

 新たな賛同者に喜んだまではいいが、銀髪を知っているということは、吸血鬼だと言うのを知られてしまっている。

焦ってハクちゃんへと振り向くと、当人は呑気のんきにエナドリをすすっている。いつの間に。

「大丈夫、椰織も吸血鬼だからヘーキ」

「そうなんです。うちも吸血鬼なんです」

「そうなの!? それならよかった〜」

 ハクちゃんの秘密が漏れることが無いのを安堵あんどした。にしても吸血鬼。同年代はハクちゃん以外で初めて見た。

「それより分かってるよな椰織、モモカに手を出すなよ」

 椰織さんを睨み付け、ガンを飛ばしているハクちゃんだが、エナドリと目元のくまで威厳いげんは無い。

「やりませんよ。しばらく吸血行為は控えるよう、久間先生にも言われましたから」

「どうしても目立っちゃうからね~。先生に言えば、血液カプセル用意して貰えるよ〜。あ、ハクちゃん、これ夜からの」

 今朝、渡しそこねたピルケースを取りだす。学校に持ってくるものでもないが、渡し忘れると困る。

「ほいほい、んじゃ後で空の方返すわ」

 そんないつものやり取りを、椰織さんはおどろいた猫の様な表情で、口をポカンと開けている。

「あの、血液カプセルってなんですか……?」

「「え?」」

 ハクちゃんと二人で顔を見合わせ、椰織さんの方へ向く。

「今まで見たこと無い感じ? マジ?」

「はい……初めて聞きました」

 これは後で、久間先生の所に行かないと。



「へー、他の吸血鬼って初めてみたんだ~」

「はい、うちのお母さんは吸血鬼じゃなかったので、今まで苦労してました」

 昼食を取りながら椰織さんから身の上話を聞く。生まれた土地が、九州のどこかというのは中々面白い。戸籍とかだとどうなってるんだろう。

「なら何をキッカケうちの学校来たんだ? この時期に転校って相当だぞ」

「お母さんが見つけてくれました。体育に出なくて済む所なんてあんまり無いですし」

 椰織さんは、嬉しそうにはにかむ。こんな偶然ぐうぜんもあるものなんだね。

「そしたら、お母さんと一緒に住んでるの~?」

 椰織さんの昼食を見ながら問う。彼女のお弁当は、プラトレイにおにぎりと唐揚げの入った小さなもの。手作りとは考えにくい。

「いえ、うちだけりょうで暮らしてます。伊吹いぶき寮って所です」

「わたしもそこ住んでるよ~。偶然だね~」

 予測通りの解答。ハクちゃんと違い、血は足りていそうだけど、困ったら料理のアドバイスくらいはしてあげよう。

「偶然ねぇ……」

 ボソリとハクちゃんがつぶく。確かに、ここまでの経緯を偶然と説明するには、いささか不審な所が多い。だとしても、わたし達学生ができることはない。

「なぁ椰織。ひとつ聞きたいんだが、お前の名前はどんな漢字を書くんだ」

 唐突とうとつな疑問をぶつけるハクちゃん。それって今聞くものだろうか。

「えっと、ちょっと待ってください」

 ポケットからスマホを取り出すと、小さな手で操作する。変換が終わったのか、わたし達の前へと差し出す。

「これで『あかね』って読みます」

「まーた難読漢字を……」

 これを一発であかねなんて読めるのは、相当漢字に精通した人間だろう。

「それで、ハクちゃんはなんで聞いたの~?」

「まぁちょっと思う所があってね、確信は持てたよ」

「そうなんですか? なんでだろう……」

 姓名どちら難しい漢字は確かに苦労していそうだ。

「まぁ、そのうちわかると思うよ。んでだ、椰織」

「はい」

「アカネって呼んでいいか? 多分クラスメイトも、そっちのが馴染む」

 確かに椰織って名前は読めないし、呼びにくい気がしなくもない。

「大丈夫です。あ、あのうちも名前で呼んでいいですか……?」

「別にいいよ」

「いいよ~、アカネちゃん」

 パァと雰囲気が明るくなる、相変わらず、前髪で表情をちゃんと読めないけど。

「ありがとうございます、ハクさん、モモカさん!」



「今週末? わたしは大丈夫だけど、またどうして?」

 食後、血液カプセルについて聞く為、保健室を向かっている時、ハクちゃんが予定を聞いてきた。

ハクちゃんの為に、週末はいつも空けてある。今週は、金曜の夜に夕飯作りに行って、そのままお泊まりして、そのまま一緒に出ればいいか。

「集まりがあってね。アカネについて説明せにゃならんのよ」

「うちについてですか?」

 吸血鬼の集まり。といっても定例会的なもので、普段ハクちゃんが出ることはない。ハクちゃんのポジションを考えると、毎回出た方が正しいのだろうが、そこは学生という立場が壁になってくれている。

「一応いろいろとあってね。まぁ気にしなくて大丈夫だとは思うよ」

「なら安心しました。人前出るの苦手なので」

「大変だね~2人とも」

 わたしも行くから、そこまで他人事ではないのだが。

「モモカも予定忘れないでよ。金曜の放課後に行くんだから」

 あー、そっちの今週末。そういえば、集まりは毎度金曜日だった。この後、外泊許可貰おうと思ったのに。

「は~い……」

 少し面倒に思えてしまったが、ハクちゃんの為と自分に言い聞かせる。お泊まりはまた今度にしよう。

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