第6話

 授業合間の休み時間、自分の席から転校生を眺める。

 当面の問題は2つ。クラスメイトに群がられる転校生との会話手段。もう1つはボクを玩具にしてくる幼馴染の対処。

「ね〜ハクちゃーん。こっち見てよ〜」

 さっきからずっと、モモカがペンで二の腕を刺してくる。痛みはないけど、同じ場所ばっかはやめて欲しい。

「あーもー、わかったってば」

「だって〜、ハクちゃんが構ってくれ無いんだもん」

 頬を膨らませ子供のように不満を露わにする。はいはい、ボクが悪うございました。軽く溜息ためいきをつきモモカをジッと見つめる。

「えへへ〜、ハクちゃんこっち見た」

 コイツ、教室でそういうことするのは辞めろって。変な目で見られるだろ!

「(またやってる、あのバカップル)」

 またとはなんだまたとは。というかバカップルって何!? まだ付き合ってないからなボクら!?

「どうかしたの?」

 キョトンとした顔を浮かべるモモカ。どうやら聴こえてなかったらしい。

ペアリング買って以降ずっとこうなんだけど、ボクはどうしたいいんだ。

 モモカの対処をしていると、ガラリと扉を開け先生が入ってくる。うーん、このままだと転校生に接触する暇がない、放課後までにどうにか出来ればいいんだけど……。



「あの! 保健室の場所って教えて……貰えますか?」

「う、うん。大丈夫」

 体育前の休み時間、教室を出ようとした所で転校生から話かけられた。思いもよらないタイミングで、問題解決できちゃったぞ。

「えっと、激しい運動が出来ないから、体育に出れなくて……」

「あー、ボクもそうなんだ。大変だよね」

 互いに苦笑いをし、会話が終わる。ダメだ話題がねぇ。顔見知り以外とコミュニケーションをとるのは苦手なんだ。

「と、とりあえず、案内するから着いてきて貰っていいかな? えーと……」

「あ、自己紹介の時居ませんでしたね。うちは『やしおり あかね』って言います」

「ボクは荊 珀いばら はく、よろしくね」

 ペコりとお辞儀をする転校生。胸元の名札には『椰織やしおり』と書かれていた。言われないと読めない名前だわこれ。

 まじまじと椰織を観察する。ボクと同じくらいの身長に、目元が隠れる前髪、まとまりなく伸びた髪がボサボサであり、クセッ毛によるシルエットが、内向的ないこうてきな印象を与える。

 宗像むなかたを吸血してた時こんなんだったか……? もうちょい髪型は整ってたような。

「あの……荊さん?」

「あぁ、ごめんごめん。行こっか保健室」

 あっぶね、変な目で見てたのバレたかな。にしても保健室か、これは吸血鬼の信憑性しんぴょうせいが増した。

 吸血鬼の高い身体能力は、人間とはあまりにもかけ離れている。スポーツがいい例だろう。ちょっとでも力が抑えきれないと、世界記録がかすんでしまう。

 だから、体育の時間は自習せざるを得ないのだ。ただ、毎度保健室に行かなきゃならないのがめんどくさいんだよなー。

「あの、荊さんはうちにいろいろ聴いたりしないんですか?」

 無言に耐えられなかったのか、やる気なく歩くボクに、椰織が声をかける。

「んー、特に理由は無いけど、別にいいかなって」

 実際、吸血鬼のうたがいさえ無ければ1mmみじんも興味は持てなかったと思う。

「ホントですか? さっきうちのこと見てたような」

「転校生だし、そりゃ見るでしょ」

 流石にバレるか。まぁそこまで怪しまれて無さそうだし大丈夫だろう。

「ほい、ここが保健室。体育の時とか怪我した時にお世話になると思うよ」

 目的地へと到着する。よし、道中は楽しく話せたな……多分。会話弾まない上に、教室から大して距離ないんだぞ。どうしろってんだ。

「ありがとう荊さん」

「別にいいよ。んじゃ失礼しまーす」

 ガララとドアを開けると、頼みの綱が居なかった。クマ姉……いつも居るのになんで今に限って。

「あの、勝手に入って大丈夫なんですか?」

顔馴染かおなじみだし、後でもヘーキヘーキ。あ、自習課題って貰った?」

 椰織をソファのある方へ案内し、机に課題プリントと筆記用具を広げる。

「はい、ちゃんと貰いました」

 ボクの反対側に座ると、同じようにプリントをやり始めた。

「あー……、なんだかお腹すきませんか?」

「また急だね、まだ3限だよ。ちょっとはやいんじゃない?」

 椰織は、課題を始めてすぐに会話を振ってきた。楽しくないのは分かるんだけど、せめてもう少し頑張ろうぜ。

「なんだか、今朝は物足りなくて」

 えへへと、照れ笑いをする。まぁそれなら仕方ないのかもしれない。

「……だからいいよね」

 ボソリと呟くと、椰織はボクの両腕をつかみ、顔を近付け、見つめてくる。

「えっ、ちょっ、なに!?」

「うちね、お腹空いちゃったんです。だから……ごめんね荊さん」

 先程とは違い、椰織の瞳が、宝石の様な薄ピンクに変化している。

本来なら、抵抗出来ないよう、催眠か何かををかけているんだろう。吸血鬼確定だなこれ。

「いただきます」

 鋭く尖った犬歯が、ボクの首元に向かって突き立てられて……たまるか!

 拘束中の腕に血を巡らせ、力任せに振りほどくと、勢いはそのままに脇腹へ向かって両平手で叩く。

「かふっ!?」

 椰織はヨロヨロとボクから数歩引き、腹を抱えてソファに座り込む。

「許可なく血を吸うんじゃない! 世間にバレるでしょうが!」

 ボクだって、血が不足してるとは言え吸血鬼だからな。あの程度の拘束なんて軽いもんよ。でもスマン、ちょっと強くやり過ぎた。

「な、なんで魅了が……」

「いや、人間用の魅了が吸血鬼に効くわけないだろ」

 血に命令を走らせ、偽装用の黒髪を元の銀髪に戻す。家の外でやりたくなかったけど仕方がない。

「そ、その髪……」

「改めて自己紹介だ。ボクの名前は荊珀。これでも吸血鬼だぜ」

 腕を組み、見下ろすように椰織を睨みつける。まぁくまだらけのボクに威厳は無いだろうけど。

「まるで、お姫様みたい……!」

「はい?」

 予想外の回答に、素っ頓狂マヌケな声を出すことしかできなかった。

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