第5話

「はー、今日は助かった」

 パタパタと、手で顔を仰ぎながら一息つく。午前の天気は絶好の曇、日傘無しで登校できるのはありがたい。

「んじゃ、モモカ教室いってて」

「ハクちゃんどこか行くの? もしかして~……カフェイン?」

 モモカから、ジトリとした視線を感じる。まだ飲んでる途中の持ってるじゃんか。

「クマ姉に呼ばれたんだ、だもんで保健室行ってくるわボク」

「は〜い、いってらっしゃい~」

 モモカに手を振りながら教室とは逆方向へ歩く。吸血鬼の件だけなら、別に保健室じゃなくてもいいだろうに。

「すまなかった!」

 保健室に入ると急に謝られた。なんだ下駄箱男子じゃん。

「えっと、下駄箱での事? ありゃボクの都合だよ。キミは気にしなくていい」

「そりゃねぇだろ荊、お前の都合としても、目の前で女子が気絶してんだ。謝るのはある意味当然だ」

 む、確かにそうかも。ボクの体格も小さいから尚更かな。

「俺が不用意に動かなければ、荊さんを傷つけることはなかった。それに……いろいろと津名さんにも迷惑をかけてしまった」

 申し訳なさそうに、こちらと視線を合わせてくる下駄箱男子。案外誠実なんだな。

「まぁモモカにも伝えておくよ。えーと、下駄箱男子くん」

「下駄箱男子!? いやそうか、名乗ってなかった。俺は『宗像むなかた』だ、よろしく荊さん」

 なんかもうちょいツッコミを期待してたんだけど、まぁいいか。差し出された手を握り返す。

「うん、よろしく。別にさん付けしなくていいよ」



「休みの日か? 確かにそこには居たが、俺は一人で来たぞ?」

 宗像はそういうと、クマ姉の特製珈琲を啜り、余りの渋さに顔を歪める。吸血鬼が好むブレンドだからなそれ、普通の高校生が飲んだらそりゃそうなる。

「ホントに? 彼女といたりしてない?」

「失礼だな、彼女がいるなら津名さんの連絡先なんて聞かないだろ。というか、荊はなんでそんなこと聞くんだ?」

「あー……偶々たまたま見かけたんだよ。あの日はモモカと出かけてたからな」

 どうやら吸血された前後の記憶はないっぽい。にしてもマジで誠実だなコイツ。なんで連絡先は諦めなかったんだ。

「くっ、なんで俺は津名さんに気づかなかったんだ……」

「まぁ、今回は諦めるといい。ほれ、ミルクとガムシロな」

 宗像に2つのポーションを渡すと、クマ姉は僕の隣に腰掛け、珈琲を啜る。養護教諭がそんなんでいいのか。机あるんだから、ソファーじゃなくてそっち座れよ。

「ありがとうございます久間先生。流石にもう、無粋なことはわかってますよ。言ってみただけです」

 あははと乾いた笑いをする宗像。モモカのことは諦めたってことでいいのかな?

「百合の間に挟まる男はいらないんですよ。たとえそれが自分であってもです」

 ちげぇ、コイツ馬鹿なだけだわ。キメ顔で言うんじゃないよ、珈琲吹き出しかけたじゃないか。

「馬鹿だなお前は。さっさと珈琲だけ飲んで戻れ、ホームルーム遅れんぞ」

「お言葉に甘えさせていただきます。では、失礼します久間先生」

 一気飲みし、立ち上がるとそのまま去っていく宗像。なんか学級委員長とやってそうだなアイツ。丁度ホームルーム開始のチャイムが鳴りだした。

「……んで、どうだったクマ姉? 吸われた跡とか残ってた?」

「残っちゃいなかったな。焦ってもしっかり傷を塞ぐ辺り、吸血行為に慣れてるんだろうな。後、学校じゃ久間先生と呼べ」

「へいへい、わかりましたよ久間先生」

 通常、吸血行為は大きな傷跡きずあとを残す。皮膚ひふを噛み切って吸血するのだから当然だが、それだと吸血された側はそのまま失血死してしまう。だからボクら吸血鬼は、傷を治す効果の唾液だえきを分泌する。舐めることで傷跡を塞ぐらしいけど、ボクにゃわからん。

「にしても茜色ねぇ、集まりでも聞いた記憶がないね。可能性があるとしたら、日本のはしの方じゃないかね」

「端の方かぁ……でもそういうのってバレやすいんじゃなかった?」

「そうなんだよなぁ……はぁめんどくせぇ」

 溜息をつくと頭を抱えるクマ姉、また偉い人になんか言われるんだろうな。

 ボクらは伝承の吸血鬼と違い、若々しい見た目が人間よりも長い。ただそれは、狭い世間である程、吸血鬼とバレやすい。そのため、人の出入りが激しい都市部のが、人間に紛れて暮らすには適している。

「そうだった。荊、今週末時間空けとけ」

「今週? うげっ、もしかして」

 クマ姉がこう聞いて来る時は、いつも嫌な思い出しかない。

「おう、お察しの通りお前も集まりに出るんだ。さびしいなら津名も連れてきていいぞ」

 ニヤリと見透かしたような視線を送ってくるクマ姉。別に寂しいとかじゃないし、1人だと不安で嫌なだけだし。

「ま、今回は茜色の吸血鬼について、軽く話してもらうだけだからな。そこまで重く考えなくていいぞ」

「よ、よかった。あんまり行きたくないんだよね、あの集まり」

 ほっと胸を撫でおろす。ボクみたいな未熟な吸血鬼には、沢山の吸血鬼が集まる場所は気が重い。

「んじゃ、用事はこんなとこだな。担任には話してあるし、もうちょっと居てもいいが」

「いやいいよ。モモカ待ってるし、教室戻る」

 なんだかよこしまな視線を感じる。教室戻るだけなんだから別にいいだろ。

「あぁ、カップは片付けなくていいからな。人来ないと暇なんだわ」

「仕事サボんないでね、久間先生」

 嫌味だけ言って保健室から退散する。今日の1限目はなんだっけな。



 教室に戻ると、まだホームルームは続いていた。扉から覗くと、どうも転校生らしき人物を紹介しているようだった。

「この時期に転校生ねぇ……ん!?」

 転校生の姿に見覚えがあり驚愕きょうがくする。え、茜色のあの子じゃない? 髪こそ今は黒だが、背丈は見間違えようがない。ボクと同じくらいだし、髪型もあの時見たのと同じだ。

「世間って狭いんだな……」

 呆れた声のボクに呼応して、カバンが肩からずり落ちた。

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