第4話

 時刻を告げるアラームがスマホから鳴り響く。やべぇもう8時だ、残り1時間しかねぇ。

「あ"ー!服どうすればいいんだ!」

 時間が経って思う、デートって何すればいいんだ!? 普段遊ぶのと何が違うのか……。

「デート服とか調べてもわかんねぇよぉ……」

 蚊のような声で嘆く。全てのスマホで、何時間も複数のサイトを眺めているが、マジでどうしたらいいんだこれ……。

 気絶から目覚めた後、もうひと眠りしたものの、服のせいで安眠を得られることはなかった。

というか、クマ姉にデートって茶化されたけど、いつも出掛けてるのと変わらないのでは。

「はぁ……」

 散乱する服に埋もれ、深い溜息をつく。オシャレへ無頓着故に、服のバリエーションが少ない。しかし、モモカとの買い物にで服は知識だけが増え、それが迷走に繋がる。

「マジもう無理……」

 無意識の内にSNSを開く。脳死で更新されるTLタイムラインを眺め、無為な時間を過ごす。

「時間が迫ってるってのに、一体ボクは何してるんだ……ん? これじゃん!」

 バッと起き上がり、あがめるようにスマホを上にかかげる。ボクのデート服はこれで決まりだ……!



「ホントにこれでいいのか不安になってきた……」

 姿見の前で、何度もくるくると今の格好を確認する。

 黒いハイウエストスキニーパンツに、オフホワイトのオーバーサイズパーカー、インナーもオーバーサイズのTシャツで合わせてある。

「た、多少はオシャレに見えるんじゃないか?」

 TLに流れてきた画像まんまではあるんだけど。日頃から、楽さで普段着を選んで正解だった。さて、後は待つだけ。てか今何時だろ。

 スマホを確認しようとした瞬間、チャイムが鳴る。続けてアラームも。

「ぴょっ!?」

 緊張してるからか、少しびっくりした。アラームは止め、ドアスコープを確認する。モモカである事を確認し、迎え入れる。

「おはよ〜ハクちゃん」

「おはよう、モモカ」

 モモカの格好は、いつも出掛ける時とあまり変わらない。黒のリボンブラウスに、チェック柄のフレアスカート。

髪はセットされているが、服装は既に何回か見た事ある気がする。あれ? ボク空回りした?

「一旦入るね〜」

 モモカがドアを閉めると、ガチャリと鍵をかける。なんで鍵を閉めた!?

「ん〜! ハクちゃん可愛い! わたしのためにオシャレしてくれて!」

「ぐごふぅ!?」

 靴を脱ぐ間もなく抱きつかれ、玄関の段差に腰を落とす。

「……別にいいよ、デ、デートなんでしょ」

 デートという単語へ、嬉しそうにするモモカと相対的に、ボクは照れくさくてポリポリと頬をかく。

「てか、ボクはオシャレしたのに、モモカはいつもと対して変わらないじゃん……」

「だってわたし、いつもハクちゃんとデートするつもりの服だもん」

ア、ボクノマケデス。いつものボクがただダメなだけじゃんか。ん? いつもデートのつもり?

「「あ……」」

 2人して顔を真っ赤に染める。互いを見つめ合い、無言が続く。

「えーと、その、昨日よりも顔色とか良さそうかな? くまも薄いよ~」

 状況にいたたまれなかったのか、モモカから話題を切り出す。

「デー……出かけるから、頑張っていつもより寝てみたんだ。4時に目が覚めちゃったけど」

 気絶した時間合わせたら、実質8時間くらいは寝れてるんじゃないだろうか。

「それにちゃんと血液カプセルも飲んだよ。今回は余ってない」

 偉い偉いと、頬を揉まれる。肉付きを確認してるんだと思うけど、ちょっとハズイ。

「それは良かったよ〜。じゃあさ、今日は化粧して出かけない?」

「え"っ"、化粧したことないんだけど……」

 吸血鬼は種族柄、血液さえ飲めれば、化粧やスキンケアとは無縁なのだ。

「大丈夫、化粧してあげるよ〜」

 ニコニコと嬉しそうにするモモカ。化粧って1時間以内に終わるのかな……。



「うーん、こんなものかな?」

「思ったよりもかからないんだね」

とは言うが、30分以上モモカはボクの顔と格闘していた。化粧ってされるだけでも疲れるんだなー。

「ハクちゃんはくまを隠せば良いだけだから、そこまで時間かからないんだよ〜」

「そういうもんなの?」

 椅子から降りると、姿見で自分の顔を凝視する。確かに目立たなくなってる。化粧ってスゲー。

「ハクちゃんは、もっと自分の容姿を大事にしようね……」

 と言われてもなぁ、吸血するつもりはないし。でも、モモカと出かける時はくまを隠すのはありだな。覚えるかぁ化粧?

「ハクちゃん、1つ提案なんだけど~」

「んぇ? どっか行きたい場所でもできた?」

 いつも通り、映画でも見に行って買い物とかしようと思っていたんだけど、変えた方がよかったか。

「今日、髪そのままにしてみない?」

 はい? うん、えっと、銀髪のまま出かけるってこと?

「無理無理ムリムリむりむり!」

 全力で拒否をする。羞恥心の小さな幼い頃ならまだしも、高校生の今じゃ恥ずかしいし、目立つからヤダ!

「今日……デートじゃなかったの?」

「うぐっ……」

 お願いと、涙目で見つめられる。そうだ、今日はデートじゃないか。服も気合を入れ、化粧だってして貰った。ならボクがやるべきは……。

「わかった、いいよ。でも今回だけだからね」

「やった~」

 モモカが喜んでくれるなら、それに越したことはない。今日は羞恥心なんて捨て去ってやる。……多分。



「もう帰りたい……」

 モモカに隠れるよう縋り付きながら、泣き言を上げる。

「電車とかバスで目立ってたもんね~」

 ショッピングモールまでの道中、散々な目にあった。銀髪にみんな釣られ過ぎなんだよ。普段なら、ボクみたいなチビを凝視ぎょうしなんてしないくせに。

「ハクちゃん、ちょっと歩きにくい~」

 不満を上げるモモカだが、滅茶苦茶嬉しそうな顔してるのは見えてるんだからな。騙されんぞ。

「はぁ……よし」

 喝を入れ、モモカの手を取る。モモカに顔を近づけさせ、耳元で小さく囁く。

「デートなんだろ、行くよ」

「へ、あ、ハクちゃん!?」

 指を絡ませ握ると、目的地を映画館に定める。意表は突けたが、モモカの表情は確認できない。横を見れる勇気がボクにあると思うな。


「40分後か……」

「タイミングが悪かったね~」

 上映時間を見誤っていたのは、きっと緊張していたからだろうと言い聞かせる。服とか見るには少し時間が足りないし、どうしたもんかな。

「ねーねー、あのお店入ってみようよ~」

 モモカが指さしたのは、アクセサリーを扱う店舗だった。

「時間潰しにちょうどいいかもね。折角だからなんか買うよ」

「え~、チケット代も出して貰ってるのに、申し訳ないよ~」

「別にいいよ、いつも世話になってるし」

 お金に困ってるわけじゃないし、普段のこと考えたらお金に換算するのは野暮やぼだ。

「お~、結構安めなんだね~」

 学生向けの商品が多いのか、店内には学生と思わしき人が多かった。

「どれがいいとかある? ボクにはそこら辺のセンスないから任せる」

 ボクが喋ると何人かが注視ちゅうししてくる、やめろ見るんじゃない。

視線にいたたまれなくなり、店外に向かう。ホント勘弁してくれ。

「む……あれは昨日の」

 昨日下駄箱で待っていた男子がボクと似た身長の少女と歩いていた。うーわ、アイツ彼女居んのかよ。ならなんでモモカの連絡先知ろうとしたんだ。

 下駄箱男子は少女に手を引かれるように歩いており、そのまま非常口のある方へ消えていく。

「あ、怪しい……! 着いてってやろ」

 ニヤリと悪い笑みを浮かべる。悩んでる時のモモカは15分以上悩む。2人の後を着いて行っても戻ってくる時間は余裕であるだろう。連絡用にメッセージだけは飛ばしておく。

「こっちの方だとは思うんだけど……お、居た居た」

 コッソリと壁に隠れながら2人を観察する。何やら話している様だが、ちょっと聞こえない。

「わぉ」

 マジかよあの子大胆だな。少女が急に抱きついたと思ったら、首元にキスを始めた。ん? 首元?

「っ!?」

 違う、あの子吸血鬼だ……! 下駄箱男子の方が蕩けた顔で腰砕けになっている。少女の髪が黒から茜色に染まっていく。髪色が変わるのは、本気で吸血行為をしている証拠。少女の吸血行為が止まる様子もない。

 あの下駄箱男子がヤバイ。このままだと死んでしまう。

そんな時だった。ピロンと軽快な音を立ててモモカからメッセージが届く。

「!?」

 突然の音に少女は焦りだし、一瞬で影のように消える。よ、よかったこっちに来なくて。下駄箱男子の様子を確認すると、惚けた顔こそしているが、無事なようだった。

これならこのままでも大丈夫そうだな。



「ハクちゃん、わたしこれがいい!」

 戻ってくるなり、モモカが指さした商品には『ピンキーリング』と書かれていた。どうも小指に付けるリングの事らしい。

「このセットの方でいいの?」

「うん~、ハクちゃんと一緒に付けたいから」

 なるほどペアリングって訳ね。人目に付かないならギリギリ恥ずかしくない。

「取り上げられるから学校には付けてかないでね」

「わかってるよ~」

 釘を刺し会計に向かう。モモカがペアリングを選んだ意図もだいぶ気にはなるが、今のボクはあの少女吸血鬼のことで頭がいっぱいだった。

 あんな茜色の髪なんて吸血鬼の集まりにいたかな……。相当目立つから覚えてないはずはないんだけど。どうも、この後の映画には集中できそうにない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る