第3話
授業中に飲んでいた珈琲を飲み干し、どのエナドリを買うか考える。
「そいやあの会社、なんかキャンペーンやってたな……」
対象商品は出来るならカフェイン量のある奴がいいなぁ、と考えているとモモカがやってくる。
「ハクちゃん、帰ろ〜」
「おう、帰ろー」
出しっぱなしの日焼け止めクリームを仕舞い、階段の踊り場からモモカの元に飛び降りる。フワリと着地するとモモカが手を伸ばしてくる。
「はいはい、手を繋ぐのね」
夕方は、日傘をささずに済むため片手が空く。だから小学生のように手を繋ぎ、下駄箱のあるフロアまで下っていく。
「ハクちゃん、今日夕飯作りに行っていい〜?」
「お、マジで? モモカの料理好きだから嬉しいな」
ボクは
のんびりと下駄箱までくると、なんか知らん男子が待ち構えてた。
「ごめん津名さん、昼間の話なんだけど……」
お、告白系のやつぅ? モモカは可愛いからなぁ、そりゃモテるよな〜。
「あー……ごめん、その話今じゃなきゃダメかな?」
うわ、モモカがすっげー今嫌な顔してる。何かあったかこれ。
「いやその、連絡先だけでも交換出来ないかなって思ったんだけど……」
「昼休みも言ったけど、そういうのはちょっと~……」
やーい、もう断られてやんの。でも諦めないの凄いなコイツ。
「SNSでもいいからさ! お願い!」
「なおさらちょっと……」
流石にしつこいし、ちょっとキモいぞ。口つっこむか。
「あのさ、モモカ嫌がってるし一旦諦めない? 今だと絶対チャンス無いと思うよ?」
「ぐっ……お前には関係ないだろ!」
いや関係あるが? 夕飯遅くなったらモモカが寮に帰る時間遅くなっちゃうだろ。モモカもキッパリ断れよ、ボクが介入して嬉しそうにすんな。
「そんなこと言ってると、余計に連絡先なんて貰えないんだからな、気をつけろよ」
ぺしぺしと男子の二の腕を叩く。ハーン、ソシャゲの好感度選択で鍛えたボクを舐めるな。
「……俺が悪かった。だから叩くなよ」
振り払うために軽く振られた腕が肩に触れ、その反動でよろめき壁にぶつかってしゃがみ込む。
「嘘だろ!? 大丈夫かおい!?」
「ちょっと! ハクちゃんになんてことすんの!!」
あー違うんだ、君は悪くない。ボクが血を飲んでいないから、普段から踏ん張る力がないんだ。吸血鬼は、壁にぶつかった程度じゃ怪我なんてしない。
だから大丈夫だよ。そう言おうとした時、口内に少しだけれど血を感じた。転んだ拍子に頬を噛んでしまったんだろう。途端に胃の奥から酸っぱい何かを感じる。落ち着け、心配をさせるな。
「ハクちゃん!? ハクちゃん! しっかりして!」
かけ寄ってきたモモカが、優しく支えてくれる。モモカ、大丈夫だから。
「も……か、らい……から……」
あぁ、ダメだ。呂律が上手く回らない。血の味を鮮明に思い出し、だんだんと呼吸が掠れ、動悸が激しくなる。
「ご、ごめん! 俺が押し「うるさい! いいからさっさと保健室の先生呼んできて!」」
狭まる視界の中、ボクのために怒ってくれるモモカをみて、なんだか安心してしまった。良かった、君が怯えなくて。でもごめんね、心配かけて。
加速し続ける心臓の鼓動が、ドクンドクンと耳にこびり付く。指先に力が入らず、血の気が引いていく中、モモカが呟く。
「わたしとハクちゃんの世界を邪魔しないでよ……」
幼馴染の悲しげな声を最後に、ボクの意識は途切れた。
じんわりと滲む汗、ゆっくりと吐き出される息、少し重い左腕。瞼を何度かぱちぱちさせると、意識が覚醒しきる。
「寝てた……いや気絶か」
意識が途切れた時を思い出し、溜め息をつく。
周囲をよく見ると、自宅の寝室だった。てっきり保健室かと思っていたけど、時計を見ると21時半。こんな時間じゃ当たり前か。
「そしてこれかぁ」
ボクの左腕を、枕変わりにしたモモカが可愛らしい顔で寝ている。
「看病ありがとう、モモカ」
モモカと2人だけの空間。ボクを看病してくれたであろう幼馴染の献身に、愛らしさを覚える。このまま一緒に寝てしまおうか。
「イチャついてるとこ悪いんだけどよ拍、うちは不純同性交遊も禁止だからな?」
「おひょうぉう!?」
第三者の登場に素っ頓狂な声が出た。ちょっと! 今のでモモカ起きちゃったじゃん!
「な、なんでボクの家にクマ姉がいるのさ!」
「養護教諭だからな、連れてきてやったんだよ。つか、
勝手にゲーミングチェアへ座りながら、親戚でもある養護教諭がジトリと睨んでいた。
「あ~、クマ先生もハクちゃんもおはよ~」
寝ぼけ
「おはようモモカ」
「おう起きたな津名」
やっとか、とクマ姉……久間先生がゲーミングチェアから降りる。
彼女の名は『
「寝なおすなよ津名、寮に帰るぞ」
「うぇえええ、ハクちゃんち泊まる~」
寝足りないのか、左腕に縋り付いてくる姿は、診察を嫌がる小型犬のようだ。
「明日は学校休みだし、外泊許可とか出せないんですか?」
今は先生なクマ姉に生徒として尋ねる。
「駄目だ、理由はお前だよ荊。トラウマがあるとは言え、万年血液不足の吸血鬼が血を求めないとは言えないからな」
言われてみればそうか。本能がトラウマに打ち勝つ可能性もゼロじゃない。
「血液不足な吸血鬼なんて稀だからな。どこまで血を吸っちまうんだろうな」
ニヤリと笑うクマ姉の一言で、全身に嫌な汗をかき始める。彼女は僕の親戚、つまり吸血鬼である。そんな先輩吸血鬼の助言は、最悪な未来を描くのに十分過ぎた。
「……ほら、気を付けて帰りな」
名残惜しくもモモカを引っぺがし、帰らせる準備をする。
「うぇー……わたしは大丈夫だよ~」
「んなら明日デートでもすりゃいいだろ」
「はい! 急いで帰ります!」
クマ姉の発言に、テキパキと変える準備を終わらせる。変わり身がすごいよ。にしてもモモカとデート、デートかぁ……。思わずニヤリと綻んでしまう。
「せめて帰ってからニヤニヤしろ、見える所でイチャついてんじゃねぇ」
「うぐっ……じゃあモモカ、明日9時にうち来て、準備しとくから」
頬が赤くなっているのを感じながら、玄関まで2人を見送る。
「うん! 明日ね~」
「んじゃ、体調に気をつけろよ荊」
あーなんかめっちゃ恥ずかし。というか顔が熱い、何を意識してるんだボクは。
「なんかお腹すいたなー……あ」
モモカの夕飯食べ損ねちゃった。ちくしょう、もうカップ麺でいいや。
「エナドリは……今日はやめとくか」
デートっていうなら体調は整えたいし、今日控えろってモモカに言われたし……うん。口内炎に変わった傷跡を、舌で確認しながら夕飯の支度をする。
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