第3話

 授業中に飲んでいた珈琲を飲み干し、どのエナドリを買うか考える。

「そいやあの会社、なんかキャンペーンやってたな……」

 対象商品は出来るならカフェイン量のある奴がいいなぁ、と考えているとモモカがやってくる。

「ハクちゃん、帰ろ〜」

「おう、帰ろー」

 出しっぱなしの日焼け止めクリームを仕舞い、階段の踊り場からモモカの元に飛び降りる。フワリと着地するとモモカが手を伸ばしてくる。

「はいはい、手を繋ぐのね」

 夕方は、日傘をささずに済むため片手が空く。だから小学生のように手を繋ぎ、下駄箱のあるフロアまで下っていく。

「ハクちゃん、今日夕飯作りに行っていい〜?」

「お、マジで? モモカの料理好きだから嬉しいな」

 ボクは週3でたまにモモカの夕飯をごちそうになる。既製品だけだと栄養が偏るからとのことなのだが、週3たまになら甘えてもいいだろう。

 のんびりと下駄箱までくると、なんか知らん男子が待ち構えてた。

「ごめん津名さん、昼間の話なんだけど……」

 お、告白系のやつぅ? モモカは可愛いからなぁ、そりゃモテるよな〜。

「あー……ごめん、その話今じゃなきゃダメかな?」

 うわ、モモカがすっげー今嫌な顔してる。何かあったかこれ。

「いやその、連絡先だけでも交換出来ないかなって思ったんだけど……」

「昼休みも言ったけど、そういうのはちょっと~……」

 やーい、もう断られてやんの。でも諦めないの凄いなコイツ。

「SNSでもいいからさ! お願い!」

「なおさらちょっと……」

 流石にしつこいし、ちょっとキモいぞ。口つっこむか。

「あのさ、モモカ嫌がってるし一旦諦めない? 今だと絶対チャンス無いと思うよ?」

「ぐっ……お前には関係ないだろ!」

 いや関係あるが? 夕飯遅くなったらモモカが寮に帰る時間遅くなっちゃうだろ。モモカもキッパリ断れよ、ボクが介入して嬉しそうにすんな。

「そんなこと言ってると、余計に連絡先なんて貰えないんだからな、気をつけろよ」

 ぺしぺしと男子の二の腕を叩く。ハーン、ソシャゲの好感度選択で鍛えたボクを舐めるな。

「……俺が悪かった。だから叩くなよ」

 振り払うために軽く振られた腕が肩に触れ、その反動でよろめき壁にぶつかってしゃがみ込む。

「嘘だろ!? 大丈夫かおい!?」

「ちょっと! ハクちゃんになんてことすんの!!」

 あー違うんだ、君は悪くない。ボクが血を飲んでいないから、普段から踏ん張る力がないんだ。吸血鬼は、壁にぶつかった程度じゃ怪我なんてしない。

 だから大丈夫だよ。そう言おうとした時、口内に少しだけれど血を感じた。転んだ拍子に頬を噛んでしまったんだろう。途端に胃の奥から酸っぱい何かを感じる。落ち着け、心配をさせるな。気丈きじょう振舞ふるまえ。

「ハクちゃん!? ハクちゃん! しっかりして!」

 かけ寄ってきたモモカが、優しく支えてくれる。モモカ、大丈夫だから。

「も……か、らい……から……」

 あぁ、ダメだ。呂律が上手く回らない。血の味を鮮明に思い出し、だんだんと呼吸が掠れ、動悸が激しくなる。

「ご、ごめん! 俺が押し「うるさい! いいからさっさと保健室の先生呼んできて!」」

 狭まる視界の中、ボクのために怒ってくれるモモカをみて、なんだか安心してしまった。良かった、君が怯えなくて。でもごめんね、心配かけて。

 加速し続ける心臓の鼓動が、ドクンドクンと耳にこびり付く。指先に力が入らず、血の気が引いていく中、モモカが呟く。

「わたしとハクちゃんの世界を邪魔しないでよ……」

 幼馴染の悲しげな声を最後に、ボクの意識は途切れた。



 じんわりと滲む汗、ゆっくりと吐き出される息、少し重い左腕。瞼を何度かぱちぱちさせると、意識が覚醒しきる。

「寝てた……いや気絶か」

 意識が途切れた時を思い出し、溜め息をつく。

 周囲をよく見ると、自宅の寝室だった。てっきり保健室かと思っていたけど、時計を見ると21時半。こんな時間じゃ当たり前か。

「そしてこれかぁ」

 ボクの左腕を、枕変わりにしたモモカが可愛らしい顔で寝ている。

「看病ありがとう、モモカ」

 モモカと2人だけの空間。ボクを看病してくれたであろう幼馴染の献身に、愛らしさを覚える。このまま一緒に寝てしまおうか。

「イチャついてるとこ悪いんだけどよ拍、うちは不純同性交遊も禁止だからな?」

「おひょうぉう!?」

 第三者の登場に素っ頓狂な声が出た。ちょっと! 今のでモモカ起きちゃったじゃん!

「な、なんでボクの家にクマ姉がいるのさ!」

「養護教諭だからな、連れてきてやったんだよ。つか、久間くま先生と呼べ、クソガキ」

 勝手にゲーミングチェアへ座りながら、親戚でもある養護教諭がジトリと睨んでいた。

「あ~、クマ先生もハクちゃんもおはよ~」

 寝ぼけまなこなモモカは、まだ僕の左腕を枕にしている。

「おはようモモカ」

「おう起きたな津名」

 やっとか、とクマ姉……久間先生がゲーミングチェアから降りる。

彼女の名は『久間くま とわ』通ってる学校の養護教諭で、ボクの親戚。小さい頃から知ってるため、ボクはクマ姉って呼んでる。今の恰好は保健室で着ている白衣のまま、先生としてここに来てるってことね。

「寝なおすなよ津名、寮に帰るぞ」

「うぇえええ、ハクちゃんち泊まる~」

 寝足りないのか、左腕に縋り付いてくる姿は、診察を嫌がる小型犬のようだ。

「明日は学校休みだし、外泊許可とか出せないんですか?」

 今は先生なクマ姉に生徒として尋ねる。

「駄目だ、理由はお前だよ荊。トラウマがあるとは言え、万年血液不足の吸血鬼が血を求めないとは言えないからな」

 言われてみればそうか。本能がトラウマに打ち勝つ可能性もゼロじゃない。

「血液不足な吸血鬼なんて稀だからな。どこまで血を吸っちまうんだろうな」

 ニヤリと笑うクマ姉の一言で、全身に嫌な汗をかき始める。彼女は僕の親戚、つまり吸血鬼である。そんな先輩吸血鬼の助言は、最悪な未来を描くのに十分過ぎた。

「……ほら、気を付けて帰りな」

 名残惜しくもモモカを引っぺがし、帰らせる準備をする。

「うぇー……わたしは大丈夫だよ~」

「んなら明日デートでもすりゃいいだろ」

「はい! 急いで帰ります!」

 クマ姉の発言に、テキパキと変える準備を終わらせる。変わり身がすごいよ。にしてもモモカとデート、デートかぁ……。思わずニヤリと綻んでしまう。

「せめて帰ってからニヤニヤしろ、見える所でイチャついてんじゃねぇ」

「うぐっ……じゃあモモカ、明日9時にうち来て、準備しとくから」

 頬が赤くなっているのを感じながら、玄関まで2人を見送る。

「うん! 明日ね~」

「んじゃ、体調に気をつけろよ荊」

 あーなんかめっちゃ恥ずかし。というか顔が熱い、何を意識してるんだボクは。

「なんかお腹すいたなー……あ」

 モモカの夕飯食べ損ねちゃった。ちくしょう、もうカップ麺でいいや。

「エナドリは……今日はやめとくか」

 デートっていうなら体調は整えたいし、今日控えろってモモカに言われたし……うん。口内炎に変わった傷跡を、舌で確認しながら夕飯の支度をする。

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