第1話b
中指の先端に注射針を差し込む。一瞬チクッとした後に柔らかな痛みがやってくる。
10秒程で採血を終えると、ぷっくりと血液が出てくる。脱脂綿でふき、しばらく抑えると血は止まってくれる。
悪くならない内に、採血した血を専用の冷蔵庫へ納める。後は寮の先生がやってくれる。
高校に入った時に始まったわたしの日課。幼馴染の女の子の為に、毎日少量の血液を採取している。
「ふぅ……」
もう半年はやっているとはいえ、未だ慣れることはない。かといって嫌といった訳でもない。
少しボーッとしていると、ジリリリリとアラームが鳴る。
「やっば、もう出なきゃ」
冷蔵庫からピルケースを取り出し、2人分のお弁当も一緒にカバンへ詰める。
徒歩5分とはいえ、幼馴染のことを考えたら少し急いだ方がいいかもしれない。
わたしは速足で幼馴染の住むマンションへと向かった。
午前7時、幼馴染の部屋に付くとスマホゲームを起動する。
「最終ログイン時間は……うん、今だし起きてるね」
スマホを仕舞ってチャイムを鳴らす……が、反応はない。念のためもう1度鳴らし、合鍵を取り出す。
「起きてるのは知ってるんだから無視しないでよ〜」
昨日と似たやり取りをしながら部屋に入り、寝室を覗く。いつも通り幼馴染は布団に
「ほら〜学校行くよ?」
部屋のカーテンを開け、声を掛ける。
「……今日は休む」
「どうせ体育は休むんだから関係ないでしょ〜」
図星を突かれたのか、う”っ”といった鳴き声がする。
「……違うんだ、2台のスマホでの周回効率最適化が進んできたんだ」
意味の分からない言い訳に少しイラッとくる、どうせ寝れてないのだろう。
「ハクちゃん、わたしでも流石に怒るよ?」
「わかったよ……」
渋々と布団から起き上がる幼馴染の肢体に、腰まである透き通った銀髪が、陽の光を反射しながら絡まる。
幼馴染の名は『
ハクちゃんはかなりの不眠症を患っている、見ているこちらが辛くなる程の。
精気が薄れ、焦点の定まりきっていない紅い瞳が、髪の絡まった手を見つめている。
「どうしたのハクちゃん?」
「絡んで邪魔だから、髪切ろうかなって」
「ダメだよハクちゃん!」
食い気味に否定する。勿体ないという言葉を心に仕舞いながら、私は真っ当な理由を口にする。
「おばさんから、念押しされてるんだからね~。髪切ろうとしたら止めろ! って」
「あの母親は……はぁ」
本人が納得していなさそうだが、ハクちゃんにとっては一大事だ。
未熟な吸血鬼は、力のコントロールに大量の血液を必用とする。長い髪は、血液不足時の補助してくれる大事な器官……らしい。
十年近く吸血をしていないハクちゃんの力のコントロールは、幼稚園児のまま変わっていないと教わった。
なら、わたしはそれを守らないといけない。だって……。
「着替えるからちょっと出て、モモカ」
何かを感じ取ったのかハクちゃんが寝室から追い出してくる。
「……はーい、寝直さないでね」
わたしとしては寝てくれた方が嬉しいのだが、そう簡単にいくのならとっくに不眠症は解決してるはずだ。
寝室から出ると、机の上に置かれたピルケースが目に入る。
「あー、また1日分残ってる……」
3日分の血液カプセルが入るそれは、丸1日分余っていた。夜の分を飲んでないのかな。
自分が提供してることの虚しさを感じながら、ピルケースをカバンへしまう。
「冷蔵庫……なんかあるかな」
ハクちゃんの許可も取らずにチルド品の在庫を確認する。一応夜も食べてはいるみたい。今日は夕飯でも作りに行こうかな。
「ほい、お待たせ」
煮込みハンバーグとか喜ぶかな。なんにせよ血の事を考えると肉類をメインに添えたいな。血液を作ってくれるのには何がいいんだっけ。
「う〜ん」
「おい、ボクんちの冷蔵庫を勝手に漁るな」
いつの間にか着替え終わってたのね。夕飯を作りに行くことは内緒にしとこう。
「朝食なんか作ろうと思って〜」
「別に要らないよ」
むくれ顔で近づいてきたハクちゃんは冷蔵庫に手を伸ばし、いつもと同じ味のエナドリを手に取る。
「朝はこれって決めてるんだ」
「まーたそんなの飲んでー」
吸血鬼とはいえ、エナドリも寝不足に繋がると思うんだけどなー。
「たまには朝食食べようよ〜、ヨーグルトとかがいいんじゃないかな」
「乳製品だから嫌だってば……」
心底嫌そうな顔をされる。料理に混ぜてることは気付いてないんだろうなぁ。
「吸血鬼なのにね〜」
言ってから後悔した。血が苦手な原因を作ったのは自分なのに。
「あれ? モモカ、机にあったカプセルどこ?」
「あ、もう回収しちゃった」
しまった、回収したところで止まっていた。ピルケースを取り出し、新しい血液カプセルを手渡しする。
「折角なら新しい方がいいでしょ? はいこれ」
「ん、さんきゅー」
カプセル錠剤ってなんの味もなかったはずなんだけど、エナドリで流し込む程苦手意識があるんだろうか。
両手でエナドリを抱える姿を観察してて気づいた、昨日より顔色がいい。
「ハクちゃん、昨日は何時間寝れたの?」
「えー……だいたい3時間くらい? 寝落ちしたのは良かったんだけどね」
へにゃりと笑う様子にホッとした。徹夜じゃないだけまだマシだろう。
「そういうの飲むのやめないからだよ~。たまには飲むのやめたらどうかな」
眼をカッと開き、威嚇する猫の様な表情でこちらを見てくる。ハクちゃんのこういう所は結構かわいい。
「ボクにカフェインは必要なんだよどうしても。吸血衝動を抑えるにも役立つし、血が足りなくてもカバーしてくれるからね」
「それは分かってるんだけどね~。流石に寝て無さ過ぎて心配だもん」
まぁ多少なりとも寝れたのならそれはいい傾向なのかな。
「むぅ、それはもう諦めてくれ。ほら、学校行こうよ」
そういって目を瞑ると、ハクちゃんの髪色が銀から黒へと変わっていく。
ハクちゃんがそれを始めたのは小学校から。わたしがあんなことをしなければ、銀髪を隠しもせず、吸血行為を拒むこともなかったのだろうか。わたしの罪はきっと許されるべきではない。
「ほら! 行くよモモカ」
わたしよりも一回り小さい手で握られ、意識が現実に戻る。
「うん……行こっか」
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