睡眠不足の吸血姫

Ω(おめが)

第1話a

 温度管理のとれた部屋で目が覚める。

「クソッ、目覚めちゃったな……」

 口元を拭い、時計を見ると時刻は午前3時半。もう一眠り出来る時間帯だ。飲みかけのエナジードリンクで喉を潤す。

「んー……眠くなるまで周回でもするか」

 ゲーミングチェアから布団へと潜り込み、2台のスマホでそれぞれ別のゲームを起動した。



 午前7時。来訪を告げるチャイムが鳴る。

「……別にいいか」

 再びのチャイム。無視をしていると鍵を開ける音が聞こえた。

「起きてるのは知ってるんだから無視しないでよ〜」

来訪者は口を尖らせて入ってくる。

 おっとりとした顔立ちに、肩まで伸ばした茶髪をナチュラル風に整えた美少女だ。彼女の名前は『津名 萌々果つな ももか 』ボクの幼馴染だ。毎日のようにボクを起こしてくれる。

「ほら〜学校行くよ?」

 部屋のカーテンを開けながら、モモカはボクへと呼びかける。

「……今日は休む」

「どうせ体育は休むんだから関係ないでしょ〜」

 図星を突かれ、周回中の手が止まる。

「……違うんだ、2台のスマホでの周回効率最適化が進んできたんだ」

「ハクちゃん、わたしでも流石に怒るよ?」

「わかったよ……」

モゾモゾと布団から這い出でると、腰まで伸びた髪がうっとうしく手に絡んでくる。

「どうしたのハクちゃん?」

「絡んで邪魔だから、髪切ろうかなって」

「ダメだよハクちゃん!」

急接近してきたモモカの勢いに驚き、起き上がったそばからベッドに倒れ込む。

「おばさんから、念押しされてるんだからね~。髪切ろうとしたら止めろ! って」

「あの母親は……はぁ」

ボクの為なんだろうが、なんだかうんざりしてため息が出た。

……考えたってしゃーない、学校に行く準備でもするか。

「着替えるからちょっと出て、モモカ」

「はーい、寝直さないでね」

 部屋から出たのを確認し、起き上がる。寝巻き代わりのジャージとTシャツを脱ぎ捨て裸になる。

一般的な上下セットの下着を身に付け、Yシャツに袖を通し、スカートを履く。ブレザー羽織ると立派なJKになる。

「はん、立派ね」

 小柄な自分を鼻で笑いながら、更に紺色のパーカーを着込む。

「ほい、お待たせ」

「う〜ん」

 生返事をする幼馴染を見ると、冷蔵庫を荒らしていた。

「おい、ボクんちの冷蔵庫を勝手に漁るな」

「朝食なんか作ろうと思って〜」

 チルド品やエナドリばかりの冷蔵庫を漁っても何か出てくる訳でもないだろうに。

「別に要らないよ」

モモカの隣から手を伸ばし、気に入った味のエナドリを取り出す。

「朝はこれって決めてるんだ」

「まーたそんなの飲んでー。たまには朝食食べようよ〜、ヨーグルトとかがいいんじゃないかな」

「乳製品だから嫌だってば……」

 乳製品が苦手というよりも、血を感じる飲食物を体が軒並み受け付けない。刺身とかもダメ、少しでも血を感じると戻してしまう。

「吸血鬼なのにね〜」

 そう、ボクは吸血鬼だ。血が吸えないってのに。人は誰しも1つや2つ、苦手なものはあるもんだ。

ボクはたまたまそれが血だったってだけに過ぎない。それに吸血衝動を抑える物だってある。

「あれ? モモカ、机にあったカプセルどこ?」

「もう回収しちゃった。折角なら新しい方がいいでしょ? はいこれ」

 鞄からピルケースを取り出し開けると、新しい血液カプセルを手渡してくる。

「ん、さんきゅー」

 そのまま受け取り、エナドリで流し込む。しっかり胃まで流れたことを感じ取り、一息をつく。

 モモカの渡してくれたカプセルは、血液を閉じ込めた物。現代の吸血鬼に無くてはならないが、代用品の域は出ない。

吸血鬼は満足に血を摂取出来ないと、不眠や飢餓に襲われ、最終的には身体の維持が困難となり消滅する。それを防ぐためにも、こういった物は手放すことができない。

 いやまぁ、定期的に吸血さえ出来ればこんな物いらないんだけどさ。

「ハクちゃん、昨日は何時間寝れたの?」

「えー……だいたい3時間くらい? 寝落ちしたのは良かったんだけどね」

「そういうの飲むのやめないからだよ~。たまには飲むのやめたらどうかな」

 マイフェバリットフレーバーになんて事を。この味がないと生きていけないというのに。

「ボクにカフェインは必要なんだよどうしても。吸血衝動を抑えるにも役立つし、血が足りなくてもカバーしてくれるからね」

「それは分かってるんだけどね~。流石に寝て無さ過ぎて心配だもん」

「むぅ、それはもう諦めてくれ。ほら、学校行こうよ」

 目を瞑り、血の流れを意識する。頭の中で、血液に命令を走らせる。

姿見で髪が黒くなっている事を確認し、髪を仕舞ってパーカーのフードを被る。

「……ほら、行くよモモカ」

「うん……行こっか」

 少し辛そうな顔をした幼馴染の手を取り、玄関へ向かう。

……今日は日傘をささずに済むとラッキーかな。

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